現役鉄道マンのブログ 鉄道雑学や就職情報

趣味で鉄道好きな人はもちろん、就職・転職等で鉄道業界に興味がある人もどうぞ! 現役鉄道マンが、鉄道の雑学や裏話を語ります。

時間帯別運賃の課題② 紙のキップはどうする?

コロナでの売上減少を機に、JR東日本JR西日本が導入を検討している「時間帯別運賃」。
時間帯別運賃について考察するシリーズの第3回です。

 

第1~2回の振り返り


まずは簡単に、前回までのおさらいをしましょう。
第1~2回をすでに読んだ方は、飛ばしてください。

第1回の記事では、「なぜ鉄道会社は時間帯別運賃を導入したいのか?」を説明しました。

鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?

コロナでの鉄道利用減や、少子高齢化・人口減少に伴い、鉄道会社の売上は長期的に下がっていく。
それを補うためには値上げが必要。
採算性の低いラッシュ時に時間帯別運賃を導入し、売上アップを図りたい。



第2回の内容は、「時間帯別運賃の導入にあたって、どのような問題が考えられるか?」でした。

時間帯別運賃の問題① ダイヤが乱れたときはどうする?

ダイヤが乱れると、お客様は、意図せずして時間帯別運賃(割増)が適用される時刻に巻き込まれ、余計に運賃を支払わされるケースが発生するのでは?
そういう考察をしました。

今回の記事でも、時間帯別運賃の導入で、どのような課題があるか検証します。
テーマは、「ICカードではなく、紙のキップにはどう時間帯運賃を適用するか?」です。

本題に入る前に 用語や設定の説明


問題を検証する前に、記事内で使用する用語や設定を定義しておきます。

① ラッシュ時間帯・閑散時間帯の設定


本記事では、ラッシュ時間帯閑散時間帯を↓のように区切ります。

f:id:KYS:20200806112827p:plain

記事内での例え話などは、すべてこの時間帯区分によって進めます。
ご了承ください。

②「ラッシュ時間帯に値上げ」の方針で


一口に時間帯別運賃といっても、考え方は二つあります。
「ラッシュ時間帯に値上げする」か「閑散時間帯に値下げするか」です。

時間帯別運賃の目的は、値上げして鉄道会社の売上をアップさせることです。
そのため本記事では、「ラッシュ時間帯に値上げ」の方向で話を進めます。

同じ時間帯別運賃でも、「閑散時間帯に値下げ」は売上ダウンになるので、ここでは検証しません。
また、「閑散時間帯に利用したらポイント付与」というのも、実質的な値下げですので、取り上げません。

③ 割増運賃と通常運賃


ラッシュ時間帯に通常よりも多くとられる運賃を「割増運賃」、閑散時間帯の運賃を「通常運賃」と呼ぶことにします。

用語や設定の定義は以上です。

紙のキップに時間帯別運賃を導入するとどんな問題がある?


時間帯運賃の制度が、ICカードの利用を軸として組み立てられることは、まず間違いありません。
鉄道会社としては、将来的に紙のキップを廃止したい思惑もあるでしょう。

ただ、そうは言っても、現段階で紙のキップを完全に廃止することは難しい。

ICカードではなく、自動券売機で紙のキップを買って乗車する場合に、時間帯別運賃をどう適用させるか?
この問題は避けて通れないはずです。

一番シンプルな仕組みは、ラッシュ時間帯に券売機で紙のキップを買ったら割増運賃が適用される、という仕組みです。
割増運賃になるか否かは、券売機でキップを買う時刻で決まるということ。

一見、この仕組みで何も問題なさそうに思えます。
しかし、よく考えると不都合の生じる場面があります。

たとえば、みなさんは東京に住んでいるとします。
「明日は昼から仙台に出張だ。今日のうちにキップ(紙の)を買っておこうかな」。
そう考えたあなたは、会社帰りの18時にJR駅の券売機で、明日の昼に使うキップを買いました。

ところが、ラッシュ時間帯の18時にキップを買ったため、割増運賃を取られてしましました。

「実際に列車に乗るのは明日の昼なのに、割増運賃を取られるのはおかしい」と思いますよね。

キップの購入者がいつ乗車するかなんて、券売機には判別できません。
ようするに、紙のキップは購入してから改札に入るまでにタイムラグがあるため、こういう問題が起きるわけです。

ちなみに、ICカードには、こういうタイムラグがないですよね。
いってみれば、自動改札機にタッチして改札内に入る行為が、キップの購入に相当するからです。

解決策の案① 紙のキップは24時間固定の値段にする


そういう面倒があるなら、いっそ時間帯別運賃はICカードでの利用に限定して、紙のキップは24時間同じ運賃にすれば?

そうですね、そういう考え方もあります。
実際、ICカードと紙のキップで運賃が異なる仕組みは存在します。
たとえばJR東日本では、紙のキップなら150円の区間は、ICカード(IC運賃)ならば147円で乗車できます(電車特定区間・山手線内を除く)。

仮に、紙のキップを24時間固定運賃にした場合、三種類の運賃が存在することになります。

① ICカードの通常運賃
② ICカードの割増運賃
③ 紙のキップの固定運賃



こうなった場合、安い順に①②③と並べる必要があります。
たとえば↓のような値段設定はOKです。

OKな例① ICカードの通常運賃 147円
② ICカードの割増運賃 149円
③ 紙のキップの固定運賃 150円



↓のような値段設定はNGです。

NG例① ICカードの通常運賃 147円
② ICカードの割増運賃 157円
③ 紙のキップの固定運賃 150円


なぜNGなのか?
IC割増運賃より紙のキップが安いのはズルい、という話になりますよね。
そんなことになったら、ラッシュ時間帯には券売機で紙のキップを買う人が続出します。
こんな紙のキップを促進するような施策は、時代に逆行しています。

というわけで、「② ICカードの割増運賃 157円」を貫こうと思ったら、↓のように値段設定する必要があります。

① ICカードの通常運賃 147円
② ICカードの割増運賃 157円
③ 紙のキップの固定運賃 160円


これで不公平感がなくなり、万事解決——

じゃねぇぇぇよ!

「ラッシュ時間帯に値上げ」だったはずが、紙のキップで乗車する人にとっては、「閑散時間帯も値上げ」になってしまっています。
こそっと便乗値上げです。
キタネーゾコノヤロー。

結局のところ、↓のような値段設定で収めるしかなさそうです。

① ICカードの通常運賃 147円
② ICカードの割増運賃 149円
③ 紙のキップの固定運賃 150円


しかし、ラッシュ時間帯の割増運賃って、鉄道会社からすれば10円や20円は余分に取りたいですよね。
たったのプラス2円ではどうかなあ……。

解決策の案② 有効期限によって割増運賃か否かを決める


他に何か解決策はないのでしょうか。

「キップの有効期限によって、時間帯別運賃を適用するか否かを変える」という案はあるかもしれません。

たとえばJRの場合、営業キロが100キロまでのキップは、有効期限が1日(=発売当日のみ有効)です。
このような短距離キップは、券売機で買ってからすぐに使うことがほとんどでしょう。
ですので、券売機でキップを買った時刻が18時だったら割増運賃を適用する。

対して、有効期限が2日以上のキップは、18時に券売機で買ったとしても割増運賃を適用しない。

先ほど、翌日の昼に使う「東京→仙台のキップ」を18時に購入するという例を出しました。
東京→仙台は約350キロ。
キップ(乗車券)の有効期限は3日です。
この場合は、18時に券売機で買ったとしても割増運賃を適用しない。

こうすれば、複雑な仕組みを作らなくても、ある程度問題を解消できます。

有効期限が2日以上のキップは、それなりに長距離です。
鉄道会社からすれば、長距離を乗ってそれなりのカネを払ってくれるわけですから、ありがたいお客様。
それに対する見返りと思えば、割増運賃なしというのも納得できそうです。

今回の記事はここまでです。
次回はまた別の問題を検証してみます。


関連記事はこちら
鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?
時間帯別運賃の問題① ダイヤが乱れたときはどうする?

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時間帯別運賃の問題① ダイヤが乱れたときはどうする?

JR東日本JR西日本が導入を検討している「時間帯別運賃」。
前回の記事では、「なぜ鉄道会社は時間帯別運賃を導入したいのか?」を説明しました。

鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?

コロナでの鉄道利用減や、少子高齢化・人口減少に伴い、鉄道会社の売上は継続的に下がっていく。
それを補うためには値上げが必要。
採算性の低いラッシュ時に時間帯別運賃を導入することで、売上アップを図りたい。

前回の記事は、だいたいこのような内容でした。

さて、どんな仕組みでも新しく導入する際には、何らかの問題・課題が発生することが普通です。
時間帯別運賃の導入にあたっては、どのような問題が考えられるか?

私がパッと思いつくのは、「ダイヤが乱れたときに、時間帯別運賃をどう適用するのか?」という問題です。
今回の記事では、これを検証します。

 

本題に入る前に 用語や設定の説明


問題を検証する前に、記事内で使用する用語や設定を定義しておきます。

① ラッシュ時間帯・閑散時間帯の設定


本記事では、ラッシュ時間帯閑散時間帯の区切りを↓のようにします。

f:id:KYS:20200806112827p:plain

記事内での例え話などは、すべてこの時間帯区分によって進めます。
ご了承ください。

②「ラッシュ時間帯に値上げ」の方針で


さて、一口に時間帯別運賃といっても、考え方は二つあります。
「ラッシュ時間帯に値上げする」か「閑散時間帯に値下げするか」です。

時間帯別運賃の目的は、値上げして鉄道会社の売上をアップさせることです。
そのため本記事では、「ラッシュ時間帯に値上げ」の方向で話を進めますね。

同じ時間帯別運賃でも、「閑散時間帯に値下げ」は売上ダウンになるので、ここでは検証しません。
また、「閑散時間帯に利用したらポイント付与」というのも、実質的な値下げですので、取り上げません。

③ 割増運賃と通常運賃


ラッシュ時間帯に通常よりも多くとられる運賃を「割増運賃」、閑散時間帯の運賃を「通常運賃」と呼ぶことにします。

用語や設定の定義は以上です。

ダイヤが乱れて列車が遅れた場合はどうする?


時間帯別運賃の制度を運用していくには、ICカードの活用が必須です。
ICカードを自動改札機にタッチした際、「改札に入った時刻」または「改札から出た時刻」を読み取り、ラッシュ時間帯の利用だったら、割増運賃を引き落とす。

おそらく、こういう仕組みになるでしょう。

このような仕組みでは、次のようなケースで問題になると予想されます。

乗車中に列車が遅延し改札を出るのが遅れたケース


たとえば、みなさんは16時に改札に入って列車に乗りました。
目的地までは10分ほど。
割増が始まる17時までには改札を出られますよね。

ところが……

「この先の駅で人身事故が発生したため、列車の運転を見合わせます」

しばらくして運転が再開されましたが、列車が遅れたせいで、改札を出たときには17時を過ぎていました。
そのため、ICカードを改札機にタッチしたら、割増運賃が引き落とされた。

これ、納得できます?

「人身事故じゃあ仕方ないなぁ」と思った人、運転見合わせの原因が信号機故障や車両故障だったら?
絶対納得できないですよね。

駅に行ったら運転見合わせ中だったケース


出場時刻(17時過ぎ)を割増運賃適用の判定基準にするからいけない。
だったら、入場時刻の16時を判定基準にすればよいのでは?

しかし、それでもダメなケースが出てきます。

みなさんは16時の列車に乗るため、駅に行きました。
本来なら、割増運賃を払わなくてもよい時間帯ですよね。
ところが……

「車両故障により、列車の運転を見合わせています」

運転再開がいつになるか分からないので、改札内に入るのは躊躇われました。
結局、運転が再開されたのは17時過ぎ。
そこから改札内に入ったため、割増運賃を取られました。

「本当だったら通常運賃で乗れたのに……これって絶対おかしい」と思いますよね。

解決策の案① 精算窓口で駅員が処理する


結局、改札の入場時刻・出場時刻、どちらを割増運賃の判定基準にしても、ダイヤが乱れれば問題になります。

で、「このような問題が予想されるので検討が必要。以上」で終わっては、無責任記事ですよね(笑)
当ブログでは、私なりに解決策も考えます。

まず思いつくのが、ダイヤが乱れた場合、自動改札機にタッチして出入りするのではなく、駅員に申し出て、精算窓口でICカードを処理してもらう方法。
駅員は精算窓口にて、ICカードから割増運賃ではなく通常運賃を引き落とす、というわけ。

しかし、この方法では窓口にお客様が殺到するでしょうから、駅員の負担が大きすぎます。
また、近年は無人駅が増加していますから、そもそも駅員がいないケースも多い。

というわけで、この解決策はあまり現実的ではないです。

解決策の案② ダイヤが乱れたら改札機の設定を変える


他の解決策を考えましょう。

ダイヤが乱れたときには、時間帯別運賃をやめてしまうという方法があります。

具体的には、ダイヤが乱れたら指令員が各駅に「割増運賃はやめ」と指示を出す。
指示を受けた駅員は、自動改札機の設定を変更して、7~9時・17~19時を「割増運賃の時間帯」ではなく「通常運賃の時間帯」にする。
そうすれば、自動改札機で出入りする場合に通常運賃で処理される、という具合です。

ただ……この解決策も100%ではありません。
「ダイヤが乱れた」をどう定義するかが難しいです。

たとえば、3~4分の遅れはダイヤの乱れと扱ってよいのか?
3~4分の遅れでも、割増の時間帯になる・ならないが違ってくるケースがあるでしょう。
これはもう、どこかで「遅延とは〇分以上」と線を引くしかないでしょうね。

時間帯別運賃には、こういう問題があります。
これを解決していくことが必要です。

今回の記事はここまでです。
次回は別の問題を検証してみます。
テーマは、「ICカードではなく紙のキップで乗車する場合は?」です。


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鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?

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鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?

コロナによって鉄道会社の売上が減っていることは、みなさんご存知でしょう。

今後は、テレワークやウェブ会議の技術がますます発展するはずですから、鉄道利用の需要が減っていく可能性が高い。
また、仮にコロナ騒動がなかったとしても、少子高齢化・人口減少によって鉄道会社の売上が減少していくのは、長期的に避けられない。

ようするに、鉄道会社の売上減少は「一過性」ではなく「持続性」です。

その対策として、JR東日本JR西日本では「時間帯別運賃」の検討を始めました。
ニュースになっているので、ご存知の方も多いでしょう。

今日から数回にわたり、時間帯別運賃に関する記事を書いていきます。

・鉄道会社が時間帯別運賃を導入したい理由とは?
・時間帯別運賃の導入で起きそうな問題
・時間帯別運賃は通勤ラッシュ緩和に効果がある?


第一回の今回は、「鉄道会社が時間帯別運賃を導入したい理由とは?」です。

 

鉄道会社は「商売の原則」を外したビジネスをしている!?


いきなり「時間帯別運賃ってなんぞや?」の説明をしても、本質が理解できないと思うので、まずは前提の話から入ります。

そもそも、鉄道というビジネスは「商売の原則」を外している、ということはご存知でしょうか?
「商売の原則」とは、以下の二つです。

・需要に対して供給が少なければ、商品の値段を上げる
・需要に対して供給が多ければ、値段を下げる


これが基本ですよね。
(現代社会においては、この基本が当てはまらない場面も多いですが)

ところが……鉄道会社は基本と逆のことをしています。

鉄道というビジネスにおいて「需要に対して供給が少ない」とは、ラッシュ時のことです。

ラッシュ時には車内がパンパンになります。
それは、多数のお客様という「需要」に対して、列車本数や連結両数といった「供給」が少ない(足りない)からです。

ということは、商売の原則からすれば、ラッシュ時に乗車するお客様からは、高い運賃・料金をもらうべきですよね。

しかし、実際には真逆の状態なのです。
というのも、ラッシュ時のお客様は、大部分が定期券で乗車します。
定期券って、普通に乗車券を買って乗るよりも割安ですよね。

つまり鉄道会社は、「需要が多いときに商品の値段を下げている」のです。

定期券利用者の儲けは普通券利用者の半分!?


読者のみなさんは、通勤ラッシュに揉まれながら、「こんなにたくさんの人が乗っていたら、鉄道会社はさぞかし儲かっているんだろうなあ」と思っているかもしれません。

しかし、実際はです。
需要が多いときに値段を下げている通勤ラッシュは、見かけほど売上に貢献していません。

さらに、通勤ラッシュに対応するためには、列車をたくさん運行しなければいけません。
当然ながら車両・乗務員の手配も必要になるため、経費もかかります。

お客様の多くが割安な定期券で乗車するうえに、出費もかさむ。
ちょっと極端ですが、定期券利用者は一回の乗車あたり、普通券利用者の半分くらいしか儲けがないと思ってくれてけっこうです。
鉄道会社からすれば、通勤ラッシュは、費用対効果がまったく割に合わない時間帯といえます。

こんなことを書くと、通勤ラッシュって、鉄道会社とお客様、お互いが幸せになれない不毛な現象だなあという話になりますね……(^^;)

鉄道会社には通勤ラッシュを解消するメリットがない!


毎朝、列車内で人に揉まれながら、「通勤ラッシュを解消してくれよ」と嘆いている人は多いと思います。
が、こういう仕組みになっていることを知ると、通勤ラッシュの緩和が容易でないことがわかります。

通勤ラッシュを緩和するためには、列車の増発や増結が必要です。
しかし、ただでさえ儲からない時間帯のために、鉄道会社がそんなコストのかかることをするでしょうか?

ようするに、鉄道会社側に通勤ラッシュを解消するメリットがない(インセンティブが働かない)ので、ヤル気が出ないわけ。

時間帯運賃の目的は値上げ


結局は、「需要が多いときに商品の値段を下げている」のがいけないわけです。
ならばどうするか?

「需要が多いときに商品の値段を上げればいい」ということになります。
これが、時間帯別運賃の目的の一つです。

まあアレです、ようは値上げしたいってことです(^^;)

ちなみに、いま流行りの「着席保証の通勤ライナー」も、時間帯別運賃と同じく、「需要が多いときに値上げ」が狙いの本質です。
実際、どこの会社の通勤ライナーも、収益性は優秀らしいですね。
鉄道会社側の狙いがバッチリ決まっているといえます。

ちょっと話が逸れました。

時間帯別運賃の具体的な仕組みとしては、7~9時や17~19時の運賃を通常より高くする。
券売機でキップを買うときや、ICカードで改札を出るときに、余計に10円なり20円なりが掛かるようにする。
IC定期券を利用する人は、改札を出るときに10円を引き落とす。

技術が進歩し、ICカードが普及した現在なら、こういう仕組みが考えられます。

……とサクッと書きましたが、そういう仕組みの実現は、想像しているほど簡単な話ではないと私は思います。
次回の記事から、「時間帯別運賃の導入には、どのような障壁があるか?」を検証してみます。

続きの記事はこちら 時間帯別運賃の問題① ダイヤが乱れたときはどうする?


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人口減少時代を生き残るために鉄道会社は何をすべきか?
鉄道志望の就活生が「コロナでの利用客減」から学んでほしいこと

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JR東海 2020年4~6月は数百億円の赤字 今後の業績予測は?

JR東海、2020年4~6月の第一四半期決算を発表。
コロナによる利用客大幅減の影響で、昨年同時期に比べて運輸収入は5分の1以下に落ち込む。
営業損益(単体)は734億円の赤字、経常損益(単体)では918億円の赤字。


2020(令和2)年7月31日、JR東海が今年度の第一四半期決算を発表しました。
予想はしていましたが、これはキツい。
屋台骨の東海道新幹線が、コロナの影響をモロに受けたのが痛すぎました。

今回の記事では、この数字を検証します。
また、併せて今後の予想もしてみます。

 

4~6月の新幹線売上はたったの550億円! 目標値の17%


まず、売上の大部分を生み出す東海道新幹線に絞って数字を見ていきます。
在来線や関連事業の数字は含みませんので、ご注意ください。

資料によると、4~6月の東海道新幹線の売上合計は、約550億円です。

この数字がいかにヤバいか、おわかりでしょうか?

東海道新幹線の売上は、年間約1兆3,000億円です(2018年度実績)。
単純に12ヶ月で割ると、一月あたり約1,083億円。

もちろん、時季によって利用者の多い少ないがあります。
GWやお盆、年末年始の多客期は、月1,100億円以上の売上があるのでしょう。

単純計算では、3ヶ月で3,200億円くらいの売上がなければいけません。
それが550億円しかなかった……。
比率でいえば、目標値に対して約17%。

コロナでいかに大ダメージを受けたか、理解していただけると思います。

4~6月の月ごとの売上は?


この調子でいくと、今年(2020年)度の業績はどうなってしまうのか?
あくまで個人的な予想ですが、検証してみます。

4~6月の数字を今後の予想材料にするわけですが、4~6月の一括りで考えず、一ヶ月ごとに分解して考える必要があります。
緊急事態宣言が出ていた4・5月と、宣言が解除された6月では、旅客動向が違うからです。

報道によると、東海道新幹線の利用者の減少は、昨年比で↓の通り。

利用者減少率4月 85~90%減
5月 91%減
6月 72%減


4・5月は同じような数字で、ともにガタガタ。
6月はやや回復の兆しが見えます。

さて、先ほど書いたように、4~6月の東海道新幹線の売上は約550億円。
諸々の数字から推測すると、売上の「内訳」は、だいたい↓のような感じではないでしょうか。

売上予想4月 80億円
5月 70億円
6月 400億円


私、4月に投稿した記事で、「4月の新幹線の売上は50億円くらいでは?」と書きましたが、どうやら大きく外れたみたいです(^^;)
「定期外旅客」の減少幅を大きく見積もりすぎました。
今回も違ったら恥ずかしいですが、↑で出した「80億+70億+400億」という予想は、発表された諸々の数字から考えれば、それほど大きく外していないはずです。

今年度の東海道新幹線の売上着地点は?


で、考察の基準にしたいのが、6月の400億円という数字。

今後、コロナによる旅客動向がどのようになっていくか、予想は難しいです。
予想できるのは、昨年と同程度の月間売上に戻る「劇的な回復」はないだろう、ということくらいです。

毎月40億円くらい売上がジワジワ回復していけば、最終的な売上は、6,000億円くらいまでいきそうです。

6月と変わらない数字が年度末まで続けば、4,000億円くらいが着地点でしょうか。

再び緊急事態宣言が出され、4・5月と同じような落ち込みがあれば、3,000億円に届かないかもしれません。

私の勝手な予想としては、緊急事態宣言の再発令がなければ、5,500億円くらいが着地点と考えます。
どうだろう、甘い予測かなあ……。

これ以上傷が大きくなる可能性は低いと予想


仮に、東海道新幹線の売上が5,500億円でフィニッシュしたとします。
これに在来線や関連事業の売上を加えると、トータルの売上(単体)は6,500億円くらいになるのではないでしょうか。

あとは、どれくらい費用がかかるか。

費用(営業費用)は、昨年度が約8,000億円、その前が約7,800億円。
経費削減に努めるでしょうから、仮に7,500億円という数字で計算すると、

6,500億円 - 7,500億円 = 1,000億円の赤字(営業赤字)

冒頭で、「第一四半期だけで734億円の営業赤字」と書きましたが、東海道新幹線の売上が回復してくれれば、さらに傷口が大きく開くことはなさそうです。

ただし、ここからさらに「営業外費用」として借金の金利など数百億円を支払う必要があるので、最終的には2,000億円近い赤字(経常赤字)になるのではないでしょうか。

仮に決算がこの数字だとして、どう解釈するかは人によって異なるでしょう。
「コロナの影響のわりに頑張った」と見るか、「いやいや、もっと経営努力をして赤字を圧縮するべきだった」と見るか。

JR東日本は人件費削減で夏ボーナスを減額した


たとえば株主目線だと、JR東日本などに比べて、JR東海はまだ危機感が足りないと思われても仕方のない部分があります。

JR東日本の第一四半期決算の資料を見たところ、人件費のところに「賞与減」との記載がありました。
第一四半期の人件費、昨年は1133億円、今年は980億円。
約14%!も減っています。

JR東日本も列車本数を削減したため、休日労働や残業、深夜割増、はたまた乗務手当などの支払い額が減ったのでしょう。
ただ、それだけで人件費14%減という数字は出ないはず。
もしかすると、JR東日本の社員は、夏のボーナスが10万円以上減ったのかもしれません。

対して、JR東海の決算書には、こういった動きがないです。

JR東海の第一四半期の人件費ですが、昨年は450億円、今年は444億円。
6億円(=1.4%)ほど減っていますが、先ほど述べたような、列車本数削減に伴う休日労働・残業・深夜割増・乗務手当の減少だと思われます。

「もしかすると夏のボーナス支給は7月以降で、まだ支払われていないだけ?」と思って調べましたが、「賞与引当金」という項目の数字を見ると、ちゃんと減っています。
数字の処理も、昨年と同じような感じです。

総合的に推測すると、JR東海では、夏のボーナスが満額出た可能性が高いかと……。

また、JR東海は、もともと社員の給料が高いです。
「人件費 ÷ 社員数」という単純計算をしても、JR東海の数字は、他のJRグループの数字を大幅に上回っています。

このあたりの事情は、株主からすれば、「コロナで大赤字なのに大丈夫か?」という話になるかもしれません。

個人的には夏ボーナスの満額支給を支持


ただ、これは株主目線での話。
当然、他の見方もあるでしょう。

給与が削減されれば、「ウチの会社は大丈夫か?」と社員は動揺します。
仕事へのモチベーションが低下したり、離職を招いたりする可能性も。
長い目で見れば、そういうマイナスの方が大きいかもしれません。

また、夏ボーナスの減額は、労働組合と交渉する時間も少なかったはず。
夏以降、コロナが終息して業績が回復する可能性もゼロではありません。

ですから、ボーナスを減額するにしても、夏はそのままにし、冬の方で調整する考え方はあります。
個人的には、夏ボーナスの満額支給はアリだと思います。

今後、コロナでの売上減が収まらなかったときに、冬ボーナスまで満額だったら、さすがに「おい」と思いますが。

コスト削減と給与の維持をどうバランスさせるかは、経営的な判断。
鉄道業に限りませんが、経営者は日々難しい判断を迫られているはず。
その苦悩がいかほどのものか、計り知れません。
早くコロナ騒動が終息することを祈るばかりです。


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コロナの売上減でJR東日本は資金繰りのピンチ!?

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緊急地震速報を受信! そのとき鉄道会社はどうする?

2020(令和2)年7月30日、関東や東海で緊急地震速報が流れました。

緊急地震速報が流れた際、鉄道の現場では何をするのでしょうか?
今回の記事では、それを紹介します。

 

緊急地震速報 or 実際に地震が発生したら全列車を停める


緊急地震速報を受信した場合、鉄道会社が最優先でやるべきことは何か?

「すべての列車を停車させること」です。

これは緊急地震速報の場合に限らず、実際に地震を感じたときも同様です。
どこの鉄道会社にも、「運転士は運転中に地震を感じた場合、ただちに停車すること」という類の規定があるはずです。

言うまでもなく、これは安全のための措置。
高速走行中にグラグラッときて脱線しようものなら、被害は甚大ですから。

停車の方法はさまざま 運転士の手動操作から強制ブレーキまで


では具体的に、緊急地震速報を受信したら、どうやって列車を停めるのでしょうか?

これは鉄道会社によって方法がだいぶ違います。
導入しているシステムや設備のレベルが異なるためです。
私が知っているものを、いくつか紹介します。

① 指令員が列車無線で停車を呼び掛ける


もっともアナログな方法。
列車の運行管理を行う指令員が、列車無線で全列車に対して、「緊急地震速報だからただちに停車しろ」と呼び掛ける。
それを聞いた運転士は、ブレーキを掛けて列車を停めるという方法です。

② 停車を指示する自動音声が列車無線から流れる


①の方法は、停車の指示が、指令員の肉声という「手動」でした。
これが「自動化」されている場合もあります。

緊急地震速報を受信すると、システムが反応して「緊急地震速報です。ただちに停車してください」という自動音声が列車無線で流れる。
これを聞いた運転士は、ブレーキを掛けて列車を止める。

運転士が最終的に手動ブレーキで列車を停めるのは、①と同じです。

③ 車両に「赤信号」を送信して強制停車させる


①②の方法は、運転士が手動でブレーキを掛けて列車を停めました。
しかし、もしかすると運転士のウッカリがあるかもしれません。
それを避けるために、自動的にブレーキが掛かる仕組みもあります。

たとえば、ATCという仕組みを導入している線区だと、車両に「赤信号」を自動送信して強制的にブレーキを掛ける方法があります。
緊急地震速報がATCと連動しているわけですね。

ちなみに、車両に赤信号を送信して強制停車させる方法は、地震以外の場面でも用いられています。
一例ですが、ホームに設置されている非常停止ボタンが押されると、付近の車両に赤信号が送信されて緊急停車する、という具合です。

④ 架線への送電を止める


列車を強制的に止める方法は、他にもあります。
電車に限られますが、動力源である「電気」を断つ方法です。

具体的には、緊急地震速報を受信すると、架線への送電がストップする。
車両側は、架線電圧ゼロを検知すると、自動でブレーキが掛かる仕組みになっている。

これは、新幹線で用いられているシステムです。

実際に地震が起きなかった場合はどうする?


で、今回の緊急地震速報ですが、誤報だったようで実際には地震は起きませんでした。

こういう場合は、様子見や情報収集のために5分くらい時間を置きます。
それで何も起こらなければ、運転を再開します。

誤報でしたが、これはこれでいい訓練になったのではないでしょうか。
ダイヤが大乱れしてお客様に迷惑が掛かったケースもあったようですが、それは誤報が悪いのではなく、鉄道会社側の“後始末”が下手だったという話で……。


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九州豪雨 被害を受けた鉄道会社に寄付をしてみては?

こんにちは、現役鉄道マンのKYSです。
令和2年7月豪雨で被災された方に、お見舞い申し上げます。

今回の豪雨で、鉄道会社も甚大な被害を受けました。
熊本県の三セク・くま川鉄道では、橋梁が流され、車両が水没したことは、みなさんご存知だと思います。

JR九州肥薩おれんじ鉄道でも、線路への土砂流入などにより、運休を余儀なくされている区間があります。
その影響で、JR貨物でも鹿児島貨物ターミナル発着の列車が運転できず、代行輸送を強いられています。

復旧には、大変な労力・時間・カネがかかります。

労力と時間は「外野」の我々にはどうしようもないですが、カネならば援助することができます。
そこでみなさん、今回の豪雨で被害を受けた鉄道会社に、復旧費用のための寄付をするのはいかがでしょうか。
(あくまでカネに余裕があればですが)

具体的には、くま川鉄道肥薩おれんじ鉄道では寄付を募っています。
ホームページに情報が掲載されています。

くま川鉄道のホームページ
肥薩おれんじ鉄道のホームページ

まずは言い出しっぺが行動するべきなので、私、銀行振込で寄付をしてきました。
コロナの定額給付金10万円を半分ずつ二社に振り込んでまいりました。
いやー、金額が金額だけにATMの操作は緊張した(笑)

ウチの鉄道会社もコロナの影響で売上が苦しいですが、給料はちゃんと出ていますし、ひとまず生活には困ってません。
コロナのせいで給料が下がったり(私の身内にもいます)、失職する人も少なくない中、本当に恵まれていると思います。
ですので、定額給付金の10万円は、困っている人に差し上げてしまってよいかなと……。

困ったときはお互いさまということで、金銭的に余裕がある方は、ぜひお考えください<(_ _)>

※注意 私はくま川鉄道や肥薩おれんじ鉄道の回し者ではありません(笑)


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阪神車庫での脱線事故 原因はブレーキの遅れ

2020(令和2)年6月22日に阪神電鉄の車庫内で発生した、車止めに衝突しての脱線事故。
「運転士のブレーキ遅れが原因だった」と発表されました。

この件については、以前の記事で原因を考察しましたが、結局は単なる操作ミスだったわけですね。
まあ、その可能性もあるとは思っていましたが……。

今回の記事は、この事故についての見解です。

 

事故の概要


まずは、事故の状況をおさらいしておきます。

車庫内の線路にて、リニューアル工事を施した車両の走行試験(試運転)をしていました。
360mの線路で、50km/hまで加速。
その後のブレーキ操作が遅れ、約20km/hで線路終端の車止めに衝突・脱線。

こういう流れです。

条件によっては免許なしでも運転できる


運転していた社員ですが、どうやら居眠りなどをしたわけではなく、「このあたりからこれくらいの強さのブレーキを掛ければ停まれる」という目測を誤っただけのようです。

「現役の運転士が、そういう“ブレーキ感覚”を誤るのは変じゃない?」と思う読者の方がいるかもしれませんね。

しかし今回、運転していたのは、免許を持つ運転士ではありません。
車両部門の社員(おそらく免許は持っていない)が運転していたとのこと。

「えっ、免許を持たない人が運転していいの?」と思うかもしれませんが、条件によっては、免許なしで運転してもOKなのです。
たとえば、以下のような場合です。

① いわゆる運転士見習が指導者同伴で運転する場合
② 本線を支障しない側線を運転する場合


①は容易に理解できるでしょう。
②ですが、「本線を支障しない側線」という難しい言葉が出てきましたが、ようするに車庫・車両基地のような場所のことです。
そういう場所での運転には、免許は不要です。

この話、自動車にたとえると理解しやすいです。
自動車って、公道に出ずに私有地内を走るだけなら、免許なしでもOKですよね。
それと似たようなことが、鉄道の世界でもあるというわけ。

そもそも車庫内で走行試験をすることが適切だったか?


さて、今回の事故、「運転していた社員は何をやってんだ」と責めるのは簡単です。
が、私の感想はちょっと違っていて、「そもそも車庫内で50km/hも出す走行試験ってどうなん?」です。

事故の起きた場所、報道では「車庫の試験線」などと書かれていましたが、ここ、別に試験線でも何でもないのでは……。
両隣の線路に他の車両がフツーに置かれていることから見て、昼間や夜間に車両を置いておくための、単なる「留置線」だと思われます。

いや、留置線で走行試験をすること自体は、別に問題ありません。
問題は速度です。

こういう留置線を含めた車庫内って、25km/h以下または45km/h以下で運転するのが、業界では標準的なルールです。
阪神電鉄では、もしかしたら50km/hで運転してよいルールになっているかもしれませんが。

仮に、車庫内の制限速度が25km/h以下または45km/h以下だった場合、50km/hでの走行試験をしていたこと自体に、そもそも問題があります。
(走行試験のための特例扱いだったかもしれません)

50km/hを出したければ、車庫の外、つまり「本線」で試運転する方が安全だったでしょうね。
再発防止のために、今後はそういう方針に切り替えるのではないでしょうか。

ATSを切って走行試験をしていた?


それから、今回の事故で気になるのは、「ATSを切っていたのではないか?」という点。

ATSとは、列車の安全を守るために、強制的にブレーキを掛ける装置です。
たとえば、

・赤信号や線路終端を行き過ぎそうになった
・カーブやポイントの制限速度をオーバーしそうになった
・線区で指定された最高速度をオーバーしそうになった


こういう危険な状況を回避するために、強制ブレーキを掛けるのがATSです。

ウチの会社では、車庫内での制限速度は25km/h以下に指定されており、速度オーバーすると、ATSが働いてブレーキが掛かります。

阪神電鉄の車庫内での仕組みがどうなっているかは知りません。
が、もしウチの会社と同じように、ATSによって車庫内25km/h以下の制限が設定されていた場合、50km/hでの走行試験は不可能です。
ブレーキが掛かっちゃうので。

仮にそうだとしたら、ATSを切って走行試験をしていたことになります。

ATSとは、(今回のように)人間がミスをした場合のバックアップ装置ですから、それを人為的に切って事故るというのは、鉄道会社にとって最大級の失態なんですね。

事故の再発防止に必要なのは「人ではなく事象を見ること」


阪神電鉄の細かい運転ルールやATSの仕様までは知らないので、ここで書いたことは私の憶測です。
詳しいことをご存知の方がいらっしゃったら、教えてください。

あとは、本事故から学べる教訓をまとめておきます。

運転士が事故を起こした場合、単に運転士を責めるのではなく、その背景まで探る必要があります。
もともと事故(ミス)の起きやすい背景があったとすれば、それを改善することが必要だからです。

今回の件でいえば、「そもそも車庫内で走行試験を行うのは適切なのか?」「走行試験の方法に問題はなかったか?」は見直すべきでしょう。

そこのところを間違えて、「〇〇がミスした? まったくアイツはダメだなぁ。もっとしっかり指導するか」という“属人化”の方向に進んでしまうと、事故の芽は摘めません。
いずれ、他の社員がまた同じような事故を起こすことになります。

別の言い方をすると、再発防止策を考えるときは、「人ではなく事象を見ること」が大切なのですね。
この考え方は、鉄道会社でなくとも業務に活かせるので、覚えておくと、みなさんの役に立つかもしれません。


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阪神車庫で山陽電鉄の車両が脱線 原因を考察する
2019(令和元)年8月21日 東北新幹線 走行中の車両のドアが開く

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阪神車庫で山陽電鉄の車両が脱線 原因を考察する

2020(令和2)年6月22日、山陽電鉄の車両が、乗入先の阪神線内で脱線。
車庫内で走行試験をしていたところ、ブレーキが効かずに車止めに衝突・脱線した。


サンライズ出雲・瀬戸の雑学をお届けするつもりでしたが、予定変更です(^^;)
今回の記事では、この事故の原因について考察します。

運転士のブレーキが遅れただけの可能性もありますが、ここでは考えません。
単なる操作ミスだとしたら、考察もクソもないので。

運転士は「ブレーキ操作をしたが、ブレーキが効かなかった」と述べており、車両に不具合があったものと仮定して話を進めます。

 

車両の仕組みを人体にたとえると理解しやすいかも


さて、一口に「ブレーキが効かなかった」といっても、考えられる原因はさまざまです。
専門用語を交えてしまうと、読者のみなさんが理解しにくいので、わかりやすく人体にたとえて説明しましょう。

突然ですが、私からみなさんに一つ指示を出します。

右手と左手を、それぞれチョキの形にしてください。

どうでしょうか、ちゃんと右手と左手がチョキの形になったでしょうか?
「なった」という人の身体では、次のようなことが行われたはずです。

・まず、脳が「右手と左手をチョキにしろ」と命令を出す
→その命令は、神経を伝わって右手と左手に届けられる
→命令を受けた右手と左手が、チョキの形を作る


私、医学は素人ですが、たぶんこんな感じでいいんですよね? (^^;)

ブレーキが効かなかった原因として考えられるのは?


逆にいうと、チョキが作れなかった場合、原因は①~③のどれかのはずです。

① そもそも脳が命令を出せていない
② 脳からの命令は正常に出されたが、途中で神経が切れていて、手まで命令が伝わらない
③ 手まで命令は届いたが、指を骨折しているなどのせいで、チョキが作れない


この例え話、「ブレーキが効かなかった」という今回の事故に、そのまま当てはめられます。

① 運転士はブレーキ操作をしたが、ブレーキの命令が出なかった
② ブレーキの命令自体は出たが、断線が原因で、命令が途中で切れた
③ 命令は伝わったが、実際にブレーキを作動させる部分が壊れていた

 

ブレーキ関係の部品破損のセンは薄い


今回の事故原因として、まず除外できるのは、③ 実際にブレーキを作動させる部分が壊れていたです。
さっきの人体の話なら、指を骨折していた可能性は薄いということ。

脱線した車両は6両編成。ブレーキ時は、6両それぞれに命令が伝わり、各車ごとにブレーキが掛かります。

仮に1両の部品が壊れていたとしても、残りの5両がブレーキを掛けるので、止まれるはず。
「ブレーキの効きが悪い」という話にはなりますが、「ブレーキが効かない」はないでしょう。

またまた人体の例え話なら、右手の指が骨折していても、左手が無事ならチョキは出せるでしょ、ということです。

もちろん、6両すべてのブレーキ部品が壊れていた可能性も微粒子レベルでありますが……まあないですね。

ブレーキ系の断線も考えにくい


続いて、② 途中で断線していてブレーキ命令が伝わらなかった。
うーん、可能性はありますが、ちょっと考えにくいです。

一般的に、鉄道車両は3系統のブレーキを搭載しています。

・常用ブレーキ
・非常ブレーキ
・保安ブレーキ

この3系統のブレーキ、命令を伝えるための「指令線」は別々になっています。
人体にたとえれば、脳→手の神経が1本だけではなく、複数本あるようなもの。
1本が切れても、他の神経が無事なら命令は伝わる、という具合。

今回の件、運転士はまず「常用ブレーキ」を掛けたはずです。
ところが、常用ブレーキが効かない!
慌てた運転士は、次の瞬間、ブレーキハンドルを「非常ブレーキ」位置にしたはずです。
ところが、非常ブレーキも効かずに車止めに衝突。

(ちなみに、あと一つの保安ブレーキは、たぶん使うヒマがなかったかと)

先ほど書いたように、ブレーキ命令を伝えるための「指令線」は、常用ブレーキと非常ブレーキでは別々です。
二つの指令線が同時に不具合を起こし、常用・非常とも効かなくなるのは考えにくい。

もちろん、ダメだったのは常用ブレーキだけで、実は非常ブレーキは無事だった可能性もあります。
常用ブレーキが効かない → 非常ブレーキを掛けたら効いた → しかし間に合わずに衝突、という流れだったのかもしれません。
ただ、運転士が「ブレーキが効かなかった」と言っているので、ここでは両方がダメだったと仮定します。

ブレーキハンドルに異常があった?


となると、消去法的に③ そもそもブレーキの命令が出なかったが浮かび上がってくるわけですが……。
人体にたとえれば、脳に異常があって、命令が正常に出せない状態です。

では、ブレーキ指令に関する「脳」はどこかというと、運転士が握っているブレーキハンドルです。
もし、ここに何かの不具合があれば、運転士がいくら操作してもブレーキ指令が出ず、ブレーキは掛からないわけです。

他社の事例を活用する姿勢が大切


……とまあ、車両の仕組みをある程度知っていれば、こんな感じで推測ができます。
もちろん、他にも細かいところで原因は考えられますが、あまり専門的になると難しくなるので、ここでは大雑把な話にとどめておきます。

で、こういう推測をいったい何に活用するかというと、「ウチの会社でも同じようなことが起きる可能性はないか?」という検証に使うんですね。

他社の事故を見て、「ふーん大変だなあ」で終わるのでは鉄道マン失格。
もちろん、現時点では断片的な情報しかありませんが、いろいろな可能性を考えて自社に当てはめ、安全のために活用する。
そういう考える姿勢が大事です。

ただ、そのためには知識が必要です。
「他社の事例を活用しよう」という姿勢があっても、元となる知識がなければ、考えようがありません。
本件でいえば、ある程度は車両の仕組みを知らないと、推測のしようがないですよね。

ようするに、考える姿勢と知識は、セットになってこそ初めて意味があるわけです。
どちらか一方だけでは足りないのですな。
別の言い方をすれば、知識をつけることそのものが目的になってはダメで、活用する意識を持って知識を身に付けるのが大切、ということですね。

まあ、「そこまでできているか?」と問われれば、私もあまり自信はありませんが……。


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2020(令和2)年3月18日 長良川鉄道が脱線 原因は「軌間の拡大」か?
2019(令和元)年9月5日 京浜急行の脱線事故

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JR外房線の脱線事故 置き石をした犯人が捕まる

2020(令和2)年5月8日にJR外房線が脱線した事故ですが、6月19日に進展がありました。
付近に置き石の形跡があったため、警察が捜査していたのですが、置き石をした10歳の男児が捕まりました(児童相談所に書類送致)。

報道によると、男児は「実験で置いた」という趣旨の説明をして、反省した様子を見せているとのこと。
また、過去にも何度か置き石をしたことがあり、だんだんと石の数を増やしていったそうです。

 

実験で置き石とかふざけるな! 私からの激おこメッセージ


まずは現役鉄道マンとしての怒りを吐き出させてください。
それをしないと収まりがつかない。
感情的な言葉を並べますが、まあ勘弁してください。


なにが実験だ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。
反省してる? だったらすぐに名乗り出てこいっつーの。

お客様は安全安定輸送に価値を感じて、鉄道を利用してくれている。
安全安定輸送を築き上げるために、鉄道会社は日々頑張っているんじゃ。
その努力をぶち壊すようなマネをするな!


当事者のJR東日本の社員も、きっと同じようなことを思っているでしょう。

私、鉄道の仕事が好きです。
カッコつけに聞こえるかもしれませんが、社会の役に立つ仕事だと実感しながら、プライドを持ってやっています。
今回のように、米びつの中に汚い手を突っ込んでかき回すような真似をされるのは、自分の仕事をバカにされたようで腹立たしい。

保護者は子どもをどう躾けていたのか。
私にも娘がいます。
もし娘が、今回のような事件を起こしたら……と想像すると、ゾッとします。

子どもが社会に顔向けできないことをしでかしたら、もう一緒に死ぬしかない。
保護者はそれくらいの覚悟を持って子育てするべきと思うのは、私だけでしょうか。

まだ置き石と脱線の因果関係確定には至ってない


さて、怒りを吐き出したところで、冷静に戻って話を始めます。

「脱線原因は置き石だった」と表現している記事もありますが、これは不正確。
現時点では、あくまでも「置き石犯を捕まえた」だけで、「置き石が脱線原因だった」と決まったわけではありません。

別の言い方をすれば、まだ正式には置き石と脱線との間に因果関係が認められてはいない、ということ。

列車が脱線しようがしまいが、置き石という行為自体は犯罪ですから、ひとまずは「置き石をした行為」だけに着目して捕まえたわけです。

ですから、現時点でJR東日本が男児の保護者に損害賠償請求するのは、まだ早い。
せいぜい、置き石事件調査のためにかかった人件費くらいしか請求できないはずです。

今後の流れは? 置き石と脱線の因果関係を調査


今後は、置き石と脱線との因果関係を調査し、「置き石のせいで列車が脱線した」との結論が出てから損害賠償請求、という流れになると思われます。

脱線などの事故の原因調査を行うのは、運輸安全委員会という組織。
置き石の影響はもちろん、車輪やレールに異常が無かったかも考慮して、結論を出すでしょう。

「置き石が脱線原因なのは確定なんだから、車輪やレールはもう調べなくていいじゃん」と思うでしょうが、事故調査というのはそういうものではないんですね。
「置き石が原因の一つなのはわかった。でも、その他にも脱線につながるような要因はなかったか?」という視点で調べるわけです。

意外や意外! 損害賠償の請求は難しい?


ただ……因果関係の立証および損害賠償の請求は、我々が思っているほど簡単ではないかもしれません。

常識的に考えれば、置き石が原因で脱線したに決まっています。
しかし最終的に、運輸安全委員会の結論は、「脱線原因は置き石で間違いない」という断定ではなく、「脱線原因はおそらく置き石だろう」という推定で終わると思われます。

それはなぜか?
理由を説明します。

以前の記事で書きましたが、線路上に故意に置かれた障害物で列車が脱線した事例は、実はほとんどありません。
公式な記録として残っているのは、以下の2件ぐらいです。

① 1980(昭和55)年 京阪電鉄での事故中学生たちがいたずらで、コンクリート製U字溝のフタを線路上に置いた。
それに列車が乗り上げて脱線した。

 

② 2003(平成15)年 近鉄での事故線路上にコンクリートブロックが置かれており、列車が接触して脱線。
コンクリートブロックの大きさは、34cm×13cm×15cm。
後日、次の犯行を行おうとした犯人が現行犯で捕まった。


これらの犯行で置かれた障害物の大きさは、もはや「置き石」と呼べるレベルを超えています。
ですから、脱線との因果関係が立証しやすかった。
そのため、京阪電鉄の事件では、犯人たちに損害賠償請求がされています。

では今回、10歳の男児が置いた石の大きさは、どれくらいだったのか?
直前でも運転士が発見できなかったことから、たいした大きさではなかったはずです。
つまり、過去に脱線事故を引き起こしたレベルの障害物とは程遠く、前例がない。

となると、置き石がどれくらい脱線に影響したのか、それを検証するのは容易ではないかもしれません。
ですから、「原因は置き石で間違いない」という断定ではなく、「原因はたぶん置き石」という推定で終わるだろう、と考える次第です。

JR東日本には、男児の保護者からキッチリ損害賠償を取ってほしい。
しかし、「断定じゃなくて推定だろ。置き石で脱線したと100%決まったわけじゃない」とゴネられる可能性がゼロとは言えません。
まあ、断定じゃなくて推定レベルでも損害賠償は取れると思いますが、ちょっと面倒かも。

追記 損害賠償うんぬんの見解については、読者様から詳しいコメントをいただいたので、下のコメント欄をご覧ください。


関連記事はこちら
2020(令和2)年5月8日 JR外房線で脱線
JR外房線の脱線原因は置き石? それとも……

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起床装置を使っても駅員寝坊 管理側にも不備がある?

世の中いろいろな仕事がありますが、寝坊が大きなニュースになるなんて、鉄道マンくらいのものではないでしょうか。

2020(令和2)年6月7日、JR九州で、駅員の寝坊により駅のシャッターが開けられず、始発列車に乗客が乗れなかった事案が発生。
当該駅員は、目覚まし2個+起床装置を使用していたにも関わらず、二度寝してしまったとのこと。


「なにも寝坊くらいでニュースにしなくても」と思う人もいるでしょうが、それだけ鉄道会社は社会的責任が重いということですね。

 

起床装置ってなに?


まず、「起床装置ってなに?」と疑問に思っている人へ、簡単に説明します。
「知っているよ」という人は読み飛ばしてください。

起床装置は、寝坊を防ぐために、空気でふとんを膨らませる装置です。
イメージとしては、ふとんの下に、空気の入っていない風船が仕込まれていると思ってください。

設定時刻になると、空気が入り始めて膨らんでいきます。
すると、ふとんで寝ている人は下から持ち上げられる。
その状態では(普通は)寝ていられないので、寝坊せずに目を覚ませるわけです。

ただし、今回は駅員が起床した後に二度寝してしまったようですが……。

「起床報告」があれば寝坊は防げる


もちろん、悪いのは二度寝した当該駅員です。
しかしこれ、管理体制の不備もあります。

どうやら、JR九州では「起床報告」という仕組みがないようですね。

近隣の駅を束ねる大きな「拠点駅」と、その管理下にある小さな「配下駅」。
配下駅に泊まる駅員は、朝起きたら「〇〇駅、起床しました」と拠点駅に連絡する。
もし、定められた時刻までに起床報告がなかったら、拠点駅は配下駅に確認の電話をする。

こういう体制なら、寝坊で駅のシャッターが開かないような事象は防げます。
というか、現にウチの鉄道会社はそうなっていますし。

「小学生じゃあるまいし、そこまで管理しなくても」という意見はあるでしょう。
しかし、今回は寝坊でしたが、もしこれが急病で倒れていたとしたら?

そういうことも考えると、やはり起床報告はあった方がよいと思います。

再発防止策は本人と管理側の両面から考える


ミスがあったときにやるべきは、本人を責めることではありません。
再発防止策を講じることです。

再発防止策というと、「ミスした本人に、どういう対策をやらせるか?」と考えるのが普通です。
今回の例でいえば、今後は二度寝防止のため、設定時刻を数分ズラした目覚ましを2個準備します、みたいな感じです。

しかし、そういうアプローチだけではなく、私が先ほど示した「管理体制に問題はなかったか?」というような考え方が必要な場合もあります。
小手先の改善ではなく、根本から大きく見直す発想も求められるということですね。


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鉄道会社はなぜ社員の遅刻に厳しいのか?
2019(令和元)年8月21日 東北新幹線 走行中の車両のドアが開く

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「鉄道は固定費が大半だから経費削減は難しい」は本当?

コロナウイルスの影響が少し弱まってきた感があります。
ですが、依然として各鉄道会社が売上激減により苦しんでいるのは、ご存知の通りです。

「どうせ利用客は少ないんだし、経費削減のために列車本数を減らせば?」という意見もあるでしょう。
そうした意見に対して言われるのが、

「鉄道は大部分が固定費、つまり変動費が少ないので、列車本数を減らしても経費削減効果はほとんどない」

というもの。

しかしこれ、本当に正しいのでしょうか?
実は、列車を運休させれば、それなりに経費が削減できる、ということはないのでしょうか?
それを考えるのが今回の記事の趣旨です。

 

鉄道会社ではどんな費用が発生する?


そもそも、鉄道会社の経費(決算書的にいえば営業費用)には、どのようなものがあるのでしょうか?

鉄道事業者の会計ルールを定めた鉄道事業会計規則というものがあり、費用の項目が細か~く決められています。
ただ、本記事ではそこまで踏み込むつもりはないので、大雑把な分類で考えましょう。

鉄道会社で発生する費用のうち、代表的なものは以下の4つです。

・人件費
・動力費
・修繕費
・減価償却費


もちろん、他にも費用はいろいろあります。
わかりやすいものだと、消費税や固定資産税などの各種税金でしょうか。
広告宣伝費とか、福利厚生施設の運営費とかもイメージしやすいと思います。
細かいところまで挙げれば、保険料、お偉いさんの交際費、出張時の交通費、研修の参加費、備品や消耗品の購入費……なども費用です。

ただ、このへんは列車運行には直接関係ない費用ですし、そこまで細かく触れる必要はないので、省略します。

大部分を占める費用とは? 費用の割合

 

・人件費
・動力費
・修繕費
・減価償却費


それぞれの費用は、全体の中でどれくらいの割合を占めているのでしょうか?
ここでは、JR北海道の例を見ていきましょう。
というのも、JR北海道は、ご丁寧にも費用の内訳を詳しく公表してくれているからです(^^)

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「あー、やっぱ人件費って高いんだな」とか「動力費の割合って少ないな」とか、そんな印象を受けるかと思います。
なお、「その他」の割合がそれなりに多いですが、上でザっと紹介した細かい費用たちです。

さて、4つの代表的な費用のうち、列車本数を減らして削減できる費用は「人件費」と「動力費」です。
残りの「修繕費」「減価償却費」は、列車本数を減らしても、基本的には節約できません。

以下では、JR北海道の数字で具体的な考察をしてみます。

① 人件費 「一時帰休」で40%カット


まずは、457億円(32%)と大部分を占める人件費の削減から解説しましょう。

列車本数を減らせば、必要な乗務員数も減るので、人件費を削減できます。
また、列車本数減にともなって削減できるのは、基本給の部分だけではありません。
乗務の対価として支給される「乗務手当」、22時~5時までの深夜労働に対する「割増賃金」も抑えることができます。

さらに、列車本数とは直接関係ないですが、利用客が大幅に減っているのであれば、駅員の数を減らすことも可能です。

といっても、列車本数が減って手持ち無沙汰になった社員をクビにするわけではありません。
通常は、社員を一時的に休業させる「一時帰休」という方法を使います。

労働基準法の定めでは、一時帰休させた社員を無給にすることは許されず、60%以上の給料を支払わなければいけません。
逆にいうと、40%まではカットできるわけですね。

さて、ここから具体的な計算。
報道によると、JR北海道は全社員6,648人のうち、1,450人を一時帰休させたとのこと。
この1,450人に対して、限界ギリギリの40%カットという血も涙もない措置をしたと仮定しましょう。

1,450人とは、全体6,648人のうちの21.8%です(1,450 ÷ 6,648 = 21.8%)。
単純計算で、人件費457億円のうち、1,450人分に支払われている分は約100億円です(457億円 × 21.8% = 99.6億円)

この100億円のうち40%をカットすると、削減額は40億円。

おおー、けっこう大きな金額になるんだなあ……と思いたいのですが、40億円とは、全体の1,397億円からすれば2.8%に過ぎません。
うーむ、1,450人の賃金を40%カットという大ナタを振るったのに、2.8%では虚しいですね。
しかもこれは、一時帰休を1年間続けた場合の数字で、1~2ヶ月の話だったら、10億円の削減にも至りません。

② 動力費 元々の割合が小さい費用


続いて、56億円(4%)の動力費を考えます。

電車でいえば電気代、気動車(ディーゼルカーなど)でいえば燃料代。
列車本数を減らせば、それに伴って削減できる費用であることは、容易に理解できると思います。

ただ、電気代だと、「基本料金」「使用量に応じた料金」の二段構えになっていることがありますよね。
電力会社との契約内容までは、さすがにわかりませんが、仮に「基本料金」が存在した場合、そこの部分は削減できない固定費ということになります。

……と説明してきましたが、そもそも動力費が全体に占める割合は、たったの4%。
これまた大ナタを振るって列車を運休させまくり、仮に動力費を30%くらい減らせたとしても、元々が4%ですから大勢に影響はありません。
しかも、あまり列車本数を減らし過ぎると、利用者の鉄道離れを招く恐れもあります。

③ 修繕費 安全のためにも簡単に減らせない


修繕費
とは、車両や線路設備の修繕にかかる費用。
これは列車本数を減らしても、基本的に削減できないと思った方がいいです。

たとえば、線路設備の修繕すなわち工事ですが、それこそ年単位で計画を立てて管理しています。
「ここ1~2ヶ月の財政状況が悪いから」で急に中止や変更できるものではありません。

いや、とりあえず中止することは可能かもしれませんが、結局はやらないといけないので、「費用の先送り」にはなっても「費用の削減」にはなりません。
むしろ、後で計画の調整がつかなくなる罪の方が大きいと思います。
それでなくても、安全運行に直接関わる部分ですから、簡単に先送りやコストカットはできません。

④ 減価償却費 車両を使わなくても計上される


減価償却費。これも列車本数減では削減できない費用です。
会計を勉強したことのある人なら、すぐに理解できると思います。

「会計わからん」という人、申し訳ありません。
ここでは詳しく説明している余裕はないので、ものすごくザックリ言います。

減価償却費とは、モノ(資産)を保有していると、それを使おうが使わまいが発生する費用です。
ですので、列車本数を減らし、車両を使わなかったとしても、費用が計上されてしまうのです。

結論 列車本数を減らしても費用削減は1~2%か


話をまとめましょう。
仮にナマハゲばりの大ナタを振るって列車本数を減らしても、結局は、人件費で40億円程度、動力費で20億円程度の削減しかできないと思われます。
費用全体(1,397億円)の割合からいえば、4%程度です。

人件費の削減は、社員のモチベーション低下や離職につながります。
動力費を削るために列車本数を減らしまくったら、利用者の鉄道離れを招きます。
目先の費用は削減できても、将来的なダメージが大きい。
それを考慮すると、4%の削減は非現実的な数字です。

実際には、費用全体を2%くらい削減するので精一杯ではないでしょうか。

ここではJR北海道の例を見てきましたが、費用の構造は、他のJRや大手私鉄と多少異なるかもしれません。
というのも、北海道は低温・積雪という条件により、車両や設備が「寒冷地仕様」になっており、余計なコストを強いられているからです。

といっても、そこまで極端に費用の構造や割合が違うとも思えません。
実際、ウチの会社でも、費用全体に占める人件費や動力費の割合は、JR北海道と同じような数字みたいです。

今回の考察は、他の鉄道会社にもおおむね当てはまると考えてよいでしょう。

というわけで、冒頭で疑問提起した「列車本数を減らしても経費削減効果は薄いのか?」は残念ながら本当です。
後出しの情報になりますが、JR東海も、「新幹線の本数を減らしても1%程度のコストカットにしかならない」と発表していました。


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JR外房線の脱線原因は置き石? それとも……

2020(令和2)年5月8日に発生した、JR外房線の脱線事故に関する記事です。

すでにニュースで報じられていますが、前月の4月に、置き石と思われる事象が二度あったとのこと。
そのため、今回の脱線原因は置き石の可能性もあるとして、警察が捜査をしています。

この事故に関する記事は以前にも書いたのですが、今回は補足見解を述べたいと思います。

 

置き石自体は珍しいことではない


4月に二度も置き石と思われる事象が発生している……。
読者のみなさんは、もしかすると、これはかなり特殊かと感じるかもしれません。

が、実は置き石自体はまったく珍しいことではありません。
毎日のようにある……とまではさすがに言いませんが、よくあることです。
カラスのいたずらか人為的なものかはともかく、ウチの鉄道会社だけでも毎年それなりの件数があります。

統計がないので断言はできませんが、全国合計だと、少なくとも年間に数百というレベルで発生しているはず。
ニュースバリューがないので、ニュースになっていないだけにすぎません。

置き石で脱線した実例は何件?


実際のところ、置き石が原因で列車が脱線した事例は、いままでどれくらいあるのでしょうか?
調べてみましょう。

脱線などの大事故が起きた場合、原因を調査するのは運輸安全委員会という組織です。
運輸安全委員会のホームページでは、調査結果の報告書を閲覧することができます。

『列車脱線事故』で検索すると、記録の残る2001(平成13)年以降、ヒット件数は191です。
(この記事を書いている2020年5月23日現在の検索数)
このうち、置き石が原因と推定されている事故は何件かというと……

1件

実例1 コンクリートブロックで近鉄が脱線


その1件とは、2003(平成15)年6月8日、三重県の近鉄で起きた脱線です。
線路上にコンクリートブロックが置かれており、運転士が発見してブレーキを掛けたものの、間に合わずに接触して脱線しました。

コンクリートブロックの大きさは、34cm×13cm×15cmだったそう。
みなさんが想像している置き石とは、ちょっとスケールが違うかもしれませんが……。

↓鉄道事故調査委員会(当時)の報告書
https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/2003-6-2.pdf

ちなみにこの事件は、2日後に現行犯で犯人が捕まったそうです。
この犯人は、20件近い列車妨害をやったのだとか。
↑の報告書にも、『最近、置き石の事件が続いている』という運転士の供述があります。

実例2 U字溝のフタで京阪電鉄が脱線


外房線の事故を受け、「置き石で脱線」の例としてネット上で盛んに紹介されているのが、1980(昭和55)年2月20日に起きた京阪電鉄での脱線・横転事故。

この事故は、中学生たちがいたずらで、コンクリート製U字溝のフタを線路上に置いたという極めて悪質なもの。
詳細はわかりませんが、障害物の大きさは、おそらく、先ほど紹介した近鉄事件のコンクリートブロックと同程度だと思われます。
また、発生時刻が夜だったことから、運転士も衝突直前まで気付かなかったのでしょう。

列車が脱線するなら相当大きな障害物


読者のみなさんは、置き石というと、バラストくらいの大きさの石を想像するかと思います。
その程度の石を列車が踏み潰した・跳ね飛ばした回数は、調査記録が残る2002年以降だけでも、千や二千どころではないでしょう。
京阪電鉄事故の起きた1980年以降でカウントすれば、それこそ数千~万になるかもしれません。

しかし、それだけ石を踏んでおきながら、脱線事故は起きていないのですね。

結局、列車を脱線にまで至らしめるのは、相当大きな障害物です。
上で紹介した2つの脱線事例からも、それがわかります。

大きな障害物の場合、運転士から視認でき、事故後もブツが現場に残っている可能性が極めて高いです。

しかし、外房線の事故では、そういう話は今のところ出ていません。
脱線列車の運転士も、「突き上げるような音と衝撃を感じて非常停止した」と供述しており、線路上に障害物を見つけてブレーキを掛けたわけではありません。
運転士が見落とした可能性もゼロではないですが、仮にそうだとしても、現場にブツが残っているはず。

それがないということは、置き石があったとしても、さほど大きくなかったということになります。
少なくとも、近鉄や京阪電鉄のようなレベルの置き石(というか障害物)があったとは、ちょっと考えにくい。

いくつかの要因が重なって脱線した?


では結局、外房線の脱線原因は何なのかというと、これはもう「単独の要因」ではなく「複合要因」ではないでしょうか。

単独では脱線を引き起こさないレベルの要素でも、それが足し算のように重なると、脱線に至ることがあります。
たとえばですが、

・車輪の整備状態 基準値内だが、やや悪い
・レールの整備状態 基準値内だが、やや悪い
・路盤がやや緩んでいたが、整備基準内
・現場が急カーブやポイント上


一つ一つの要素を見ればセーフでも、このように悪条件が重なると、脱線を引き起こす
ことがあります。
先ほど数字を挙げた191件のうち、約10件は、このような「複合要因」での脱線だと推定されています。

外房線の事故は、現在のところ、決め手レベルの原因が見つかっていません。
となると、複合要因を考えてみてもよいのではないでしょうか。

たとえば、車輪やレール、路盤の状態はすべて整備基準値内だったが、やや悪かった。
そこに、置き石が1個ではなく、3~4個もされた。

こういう場合なら、さほど大きくない置き石でも、脱線が起きうるかもしれません。
運輸安全委員会や警察の調査が待たれます。


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2020(令和2)年3月18日 長良川鉄道が脱線 原因は「軌間の拡大」か?

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