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スーパーはくとが姫路折返しになったら「大阪ひだ」にも影響する?

京都~鳥取・倉吉を結ぶ特急スーパーはくと。これを京都始発ではなく、姫路始発にすることで増発を行う案が、自民党鳥取県連政調会から出されました(2022年6月のニュース)。

鳥取方面から姫路駅に到着するスーパーはくと。ここで折り返すという構想

この件については、当ブログでも以前に記事を書きました。「増発は可能か?」という切り口でしたが、今回は別の視点から記事を書きます。

京都・大阪エリアでは「気動車」は超マイノリティ

スーパーはくとは京都を始点として西へ向かっていきますが、この京都・大阪エリアでは、他にも大量の列車が走っています。

JR西日本を代表する新快速。ノーマル快速 & 普通列車もある。特急列車だと、サンダーバードやはるか……。

これらはいずれも「電車」です。屋根のパンタグラフで架線から集電し、電気の力でモーターを回して走ります。外部電源がないと走れないのですね。

これに対して、スーパーはくとは「気動車」です。自らが搭載したディーゼルエンジンの力で走ります。鳥取方面に向かう途中で、非電化路線──架線がない線路に入るため、電車では運行が不可能であり、気動車を使用しています。

京都線を爆走する気動車特急

何が言いたいかというと、京都・大阪エリアでは「電車」が圧倒的大多数で、「気動車」は超マイノリティだということです。本数の比率が100:1という感じですね。

スーパーはくとのために気動車運転士を用意する必要がある

こういう状況だと、面倒くさいことが一つあります。運転士の免許です。

みなさんご存じだと思いますが、鉄道車両を運転するには免許が必要です。そして、免許は車種によって違います。これはクルマと同じで、たとえば普通乗用車とトラックでは免許の種類が違いますよね。

同様に「電車」と「気動車」では免許が異なります。つまり、新快速(電車)の運転士が、スーパーはくと(気動車)を運転することはできません。

別の言い方をすると、スーパーはくと(一日7往復・現在はコロナ禍により6往復)のために、京都エリアに気動車免許持ちの運転士をわざわざ配備しないといけないわけ。

これはやはり、運用面や管理面で非効率的でしょう。飲食店に例えると、あまり品数が出ない料理に対して、専属の料理人を雇っているようなものです。

そうした観点からすれば、冒頭で触れた「スーパーはくと姫路折返し」は、なかなか良い案です。スーパーはくとが京都まで来なくなれば、少ない本数のために、わざわざ気動車運転士を配備しなくていいからです。

大阪ひだ スーパーはくと以外にも気動車特急がある

ところが、話はそう都合よくいかなくて……。実は京都~大阪間には、他にも気動車特急が走っています。大阪ひだです。

琵琶湖線を爆走する大阪ひだ

鉄道好きの方なら、スーパーはくとだけではなく大阪ひだもご存じでしょうが、簡単に説明しておきます。

ひだはJR東海の特急列車で、名古屋~高山・富山を結んでいます。ようは名古屋をホームグラウンドとする列車ですが、一日1往復だけ大阪発着があります。これが通称大阪ひだです。まとめると、↓図のようになります。

仮に「スーパーはくと姫路折返し案」が通って、スーパーはくとが京都・大阪から姿を消したとしましょう。しかし、大阪ひだが残っている以上、気動車運転士を配備し続ける必要があります。

スーパーはくとを消すと大阪ひだの存続に影響するかも

スーパーはくと・大阪ひだの列車運行図表(2022年7月現在ver)を描くと、以下のようになります。

実際は車両基地への回送や、気動車使用の「びわこエクスプレス2号」があるが省略

気動車はマイノリティとはいえ、現在はこれだけ本数があるので、わざわざ気動車運転士を配備する意味もあるでしょう。しかし、仮にスーパーはくとが消えると……

気動車列車がほぼなくなる

たったこれだけのために、わざわざ気動車免許持ちの運転士を京都エリアに配備するのは、さすがに効率が悪すぎです。JR西日本の立場からすれば、大阪ひだを維持するのはシンドイ、廃止したいなぁ……と思っても不思議ではないですね。電車と気動車を混在させる大変さがよくわかります。

JR西日本が「スーパーはくと姫路折返し案」をどう考えているかは不明ですが、もし実現した場合、セットで大阪ひだにも影響するかもしれません。もっとも、スーパーはくとの姫路折返し、少なくとも数年以内の実現は「ない」でしょうが。

特急しらさぎの再編時に動きがあるかも

あとは難しい話なので、鉄道好きの方だけどうぞ。

大阪ひだに影響を与える可能性があるのは、スーパーはくとだけではなく、特急しらさぎもです。しらさぎは、名古屋・米原~金沢を結ぶ列車。北陸新幹線が敦賀まで延伸した際は、しらさぎの運行体系変更が決まっています。

で、ひだとしらさぎの間にどのような関係があるかというと……

  • ひだの車両はJR東海所有 → JR西日本区間にも乗り入れる
  • しらさぎの車両はJR西日本所有 → JR東海区間にも乗り入れる

ようはお互いに車両を貸し合っているわけ。部外者の推測ですが、ひだとしらさぎで「車両使用料の相殺」をしているのではないでしょうか。よって、しらさぎの再編時に、ひだにも影響があるかもしれません。たとえば、しらさぎの本数が減った場合、その相殺のために「京都ひだ」に短縮されるとか……。

(2022/7/12)

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なぜ貨物列車が遅延した? KDDIの通信障害

2022(令和4)年7月2日、KDDIで全国規模の通信障害が発生。音声通話やデータ通信が行いにくい状況が24時間以上続いた。

巻き込まれた人も多いのではないでしょうか。私は利用しているのがKDDI系ではないので、ノーダメージでしたが。

今回の通信障害は、鉄道にも影響を及ぼしています。具体的には、JR貨物のシステムが通信障害に巻き込まれ、貨物列車に遅れが発生しました。

通信障害によってコンテナを貨車に載せる作業が遅れた

「通信障害で貨物列車に遅れ」と書きましたが、原因は、コンテナを貨車に載せる作業(=荷役という)が遅延したためです。荷役が遅れれば、貨物列車は定刻に発車できません。

みなさんは荷役作業を見たことがありますか? 黄色のフォークリフトトップリフターがコンテナを持ち上げて運び、貨車に載せたり降ろしたりしているアレです。

フォークリフト

なぜKDDIの通信障害で荷役作業が遅れるの? と思うでしょうが、まずは前提知識から解説します。

フォークリフトでコンテナを貨車に積む──ここで疑問を感じませんか。フォークリフトの運転手は、コンテナを貨車のどこに載せるかを、どうやって判断しているのか?

あれは、貨車が空いている場所をテキトーに選んでコンテナを載せている……のではありません。「このコンテナはどこに載せる」があらかじめ決まっており、それに従って載せています。旅客列車に例えれば、「誰がどこに座る」すなわち指定席が割り当てられているのです。

コンテナを載せる場所は決まっており、フォークリフトの運転手はそれに従ってコンテナを貨車に積む。まあ当然の話ですね。

IDタグでコンテナを読み取り作業指示を出す仕組み

もう少し具体的に言うと、フォークリフトの運転台にはモニターがあります。そこに「いま抱えているコンテナは、貨車のどの場所に載せなさい」という情報が表示されます。運転手は、それを見て作業するのです。

JR貨物の荷役作業は、オンラインシステムで管理されています。以下のような仕組みです。

まず、「どのコンテナを貨車のどこに載せるか?」という情報をフォークリフトに送信します。そして、各コンテナにはIDタグが付いています。

JR西日本の京都鉄道博物館より

たとえばフォークリフトが100番のコンテナを持ち上げると、IDタグを読み取って「こいつは100番」と認識。

フォークリフト側では、コンテナを積載すべき位置のデータを持っていますから、それと照合して、100番コンテナはあそこに載せろ! とモニターに表示する。こういう仕組みが迅速な作業を可能にしています。

通信障害でデータが送れずフォークリフトの作業が遅れた

で、今回の通信障害に話を戻すと……

初めて知りましたが、JR貨物は、コンテナのオンライン管理にKDDI系を使っているようです。通信障害によって、フォークリフトに「どのコンテナをどこに載せるか」の情報を送信できなくなった → 荷役作業の遅れ → 列車の遅れ、という事態になってしまいました。

作業自体が完全に止まったわけではなく、遅れで済んだようです。おそらく、ファックス(固定電話回線)などで情報をやり取りし、作業指示を出したのでしょう。いわゆる昔のやり方ですね。人海戦術になるので、営業担当者などは総動員されたはず。

以上のように、JR貨物の作業は高度にオンライン化されています。ですので、通信障害が起きると列車が遅れてしまうのです。貨物列車の本数や積載量が少ない土曜日だったので、まだ不幸中の幸いでしたが……。

ちなみに、通信障害により荷役作業が滞って貨物列車遅れ、という事態は初めてではなく、実はときどき起きています。今回のような長時間にわたるトラブルは、初めてかもしれませんが。

【余談】コンテナの位置はGPSでわかる

あとは余談。

貨物の現場作業というと、泥臭いイメージがあるかもしれませんが、実はスマートな技術がいろいろ導入されています。一例として、人工衛星でリアルタイムの位置を検出するGNSS(の一種であるGPS)を使っており、「コンテナがどこにあるか」も把握できます。

たとえば、その列車に載るはずのコンテナの位置を調べ、すべてが貨車の上に位置していれば、積み込み作業が完了したとわかりますね。すなわち、もうすぐ出発できると判断できます。

こうした位置管理システムが導入される前は、コンテナの棚卸しをしていたと聞いたことがあります。コンテナが積まれた現場(貨物ターミナル)に直接出向いて、一つ一つコンテナの番号を拾っていくという、なんとも地味な作業。暑い夏なんかは大変だったとか。

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スーパーはくとを「1時間1本に増発」は現実的なのか?

自民党鳥取県連政調会が、鳥取の鉄道利便性向上のため、「特急スーパーはくと」の運行区間やダイヤについて再編案をまとめた。(2022年6月のニュース)

京都~鳥取・倉吉間で運転される特急スーパーはくと。関西圏と山陰を結ぶ代表的な特急列車ですね。

JR西日本と第三セクターの智頭急行が連携して運行している点も特徴的。北陸路の特急はくたかが消えた現在、JRと三セク鉄道が共同運行する特急列車の中では、もっとも成功していると言ってよいでしょう。

はくと姫路発着案には批判が多い模様

2022年6月現在、はくとは上下6本ずつの運転。おおむね2~3時間に1本運転されています。これを1時間1本に増発し、鳥取県への鉄道アクセスを向上させるのが政調会の案です。

ただ、単純に増発すると車両が足りなくなります。そこで、京都発着をやめて、より鳥取に近い姫路発着(姫路折り返し)に改める。運行区間を短縮することで、車両数そのままで増発に対応しようという目論見。

しかし、この案に対しては批判的な反応が多いようです。私もおおむね同意です。

① 姫路発着では大阪方面からの利便性が落ちる

はくとは大阪方面まで直通してこそ意味がある。鳥取に向かう列車では、京都からはともかく、新大阪・大阪・三ノ宮からの乗車がけっこうある。

姫路発着の場合、大阪方面からの利用客は姫路まで新快速で行き、はくとに乗り換えることになる。大きい荷物があれば乗り換えは面倒だし、姫路までの新快速で着席できるかも不明。

新快速もスピード面では特急に引けを取らないが……

はくとの長所は大阪方面から列車一本・座りっぱなしで行ける点なのに、姫路発着だと利便性が落ちるのは明白で、高速バスに客を取られるのでは。

② 1時間1本を必要とするほど需要があるのか?

利用客が見込めるのか? 現行では2~3時間に1本のはくとだが、1時間1本にしても利用者が倍にはならないだろう。そこまで需要がないのに、供給を増やす必要があるのか?

③ 車両使用料の減少を智頭急行が受け入れるか?

姫路発着にすると、智頭急行は減収になる可能性が高いが、それを智頭急行が受け入れるか?

はくとに使用される車両は、JR西日本ではなく智頭急行の所有。智頭急行は自社車両をJR西日本に貸しており、その見返りに車両使用料を貰っている。貸した車両がJR線をたくさん走れば、それに比例して車両使用料もたくさん貰える。しかし、姫路発着にするとJR線の走行距離が減るので、貰える車両使用料も減る。
(逆に言うと、JR西日本側は支払額を減らすことができる)

他の列車をどかせば1時間に1本ねじ込めないこともなさそうだが……

これ以外に、ダイヤ的な問題もあります。早い話、「智頭急行のダイヤに、はくとを1時間1本ねじ込めるだけの余裕があるか?」です。

↓図は、智頭急行のダイヤ(列車運行図表)です。私は指令員なので、これくらいは余裕で自作できますよ ( ー`дー´)キリッ 画像サイズがデカいので注意。

青線がスーパーはくと。黄線が岡山~鳥取を結ぶスーパーいなば。黒線が智頭急行の普通列車です。特急が爆走する陰で、「間を縫うように」という表現がピッタリの普通列車。

今回の焦点は特急列車なので、はくと & いなばだけを抜き出したのが↓図。

はくと、確かに2~3時間に1本ですが、いなばが間を埋めています。乱暴に言えば、はくと・いなばが1時間おきに走っている感じ。

はくとを1時間1本に増やそうと思うと、いなばが邪魔です。いなばの本数を減らすか、脇にどかすか。個人的には、「1時間に1本はくとをねじ込めないことはない」という印象ですが、いなばや普通列車のダイヤが改悪されて著しく不便になることは避けられないでしょう。まあ現実的ではないですね。

言い換えると、現行ダイヤを維持したまま1時間に1本はくとを走らせるのは無理。やるのであれば、抜本的改正が必須です。

単線ってダイヤ組むのがシンドイんだよなぁ……。

三セクの智頭急行には、岡山県も出資しています。いなばが不便になる = 岡山からの利便性が損なわれる施策には、岡山県も難色を示すはず。強行した場合、岡山県が桃○郎を派遣し、関係者を闇討ちする可能性も。

岡山~鳥取を結ぶスーパーいなば

また、普通列車が不便になると、沿線市町村も怒るでしょう。「我々も出資しているのに、地元住民が恩恵を受けられないダイヤにするな!」と。

運用計画 車両・乗務員があってこその列車運行

そして、仮にダイヤが成立しても、それだけで列車を走らせることはできません。「車両や乗務員が足りるか?」を考える必要があります。列車の運行とは、ダイヤ・車両・乗務員の「三位一体」で成り立っているからです。

なお、作成したダイヤに車両や乗務員を割り当てていくことを運用計画と呼びます。

報道によると、政調会の案は運用計画にも触れています。それによると、「全体で必要な乗務員数は変わらない」「JRの大きな負担にはならない」そうです。

運用計画は複雑です。車両運用だと、いつ・どこで検査や清掃を行うかの問題が、乗務員運用だと、休憩や連続乗務時間といった制約が生じます。外部の人間が、鉄道会社の協力なしに調べることは難しいです。

ということは、政調会がJR西日本に話を持って行き、案を作ってもらったはず。けっこう喰い込んだ調査をしたのですね。

智頭急行側の乗務員は足りるのか?

で、問題は、「全体で必要な乗務員数は変わらない」というのが智頭急行にも当てはまるのか?

JR西日本部分では、京都ではなく姫路折り返しにすれば、距離短縮のぶん乗務員に余裕が生まれるので、本数増にも対応できるでしょう。ようは、増える部分もあれば削れる部分もあるので、帳尻合わせは可能と。

しかし、智頭急行線内では純粋に本数が増えます。いなばや普通列車を削らない限り、もう絶対に必要乗務員数は増えるのですが、それを補えるか?

まあ「1時間1本ダイヤを2~3年後から始めます!」といった急な話にはならないので、足りない乗務員を増やす時間的余裕はあるでしょう。

ただ、先ほど少し触れたように、はくとを姫路発着にすると、智頭急行は減収になる可能性が高いです。会社の売上が落ちるのに、人件費を増やす方向に舵を切るのは難しいと思います。

「はくと1時間1本案」には鳥取県の平井知事も難色を示しているようですが、そのあたりも原因でしょうね。はくとは、智頭急行(と出資者の自治体)からすれば“売れ筋商品”なので、中身を変更するのはリスキーという判断が通常の感覚です。

本記事で触れたような中身をトータルすれば、あまり現実的ではないと私も考えます。

(2022/6/23)

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【泣き別れ】南海電鉄での脱線事故 プラレールで原理を解説

突然ですが、まずは動画をご覧ください。プラレールを使った脱線の実験です。時間は10秒ほど。

なんじゃこの脱線? と思うでしょうが、現実世界でも、これと同じような事故が起きています。脱線というと、高速すぎてカーブを曲がり切れずに飛び出す……みたいなイメージが強いかもしれませんが、それとは全然違う形の脱線です。

2022(令和4)年5月27日、南海電鉄の車両基地で脱線事故が発生しました。どうやら、この動画に近い形の脱線だったようです。

今回の記事では、こうした事故の起きる原理を説明します。

南海電鉄での脱線事故 概況

南海電鉄で起きた脱線事故、公式発表によると、以下のような流れとのこと。

運転士が赤信号を見落として発車。正しい方向に切り替わっていないポイントに、誤って進入した。その後、ミスに気付いた運転士はバックして元の位置に戻ろうとしたが、その過程で脱線が起きた。

①まず赤信号を見落として誤進入。②その後、ミスを帳消しにしようとして勝手にバックしたところ脱線。つまり二重のミスがあったということです。

うーむ。最初のミス──赤信号を見落として突っ込んだ後に冷静になって正しい処置をしていれば、脱線までは至らなかったと思いますが……。

赤信号を見落としてポイントに突っ込んでもセーフの場合

ただし、赤信号を見落として(無視して)突っ込んだら、必ず今回のような事故が起きるわけではありません。たとえば↓図を見てください。

いま、赤信号を見落として発車した列車が、ポイントに突っ込んでいくところです(=左から右に向かって動いている)。この後、何が起きるかというと……

何も起きません。ポイントに導かれて列車は左に曲がっていくだけで、別に脱線はしません。バックすれば、元の位置に戻ることも可能でしょう。

もう一例。今度はポイントが直進方向になっています(↓図)。

赤信号を見落として発車した列車、このままポイントに進入したら何が起きるかというと……

ポイントの方向通りに列車が直進するだけです。やはり脱線事故は起きません。

進入する方向が違うとどうなる?

今度は、逆方向から列車を進入させてみましょう。↓図では、赤信号を見落として突っ込んだ列車に何が起きるか?

はい、やっぱり何も起きません。列車はポイントに導かれて直進していくだけ。

事故になるケースとは? ポイントが開通していない状態

赤信号を見落としてポイントに突っ込んでも、全然事故は起きないじゃん。そう思った人──本題はここからです。↓図ではどうなるでしょうか?

ポイントが列車を導く方向になっていないのが、おわかりでしょうか? これが「ポイントが開通していない」という状態です。

あ~ ポイントの方向が違う!

専門用語では、この状態を「ポイントを割り出す」と呼びます。

ただ、ポイント割り出し → 即脱線とまではいかないです。車両重量の勢いで、そのまま先の線路に進入します。そして、ポイント通過時におそらく異常な音が出まくります。異変を感じた運転士は、ブレーキを掛けて列車を止めます。

たぶん、こういう形で列車が止まります。運転士、めっちゃ動揺する。まさか信号は赤だったのか? 間違えて突っ込んだ? バックして元の位置に戻らなければ……。

この状態から元の方向へバックする(=右へ動く)と、どうなるか? それが冒頭の動画です。

別々の方向──右の車両は元の直進側・2両目はポイント左側──に進むことによって、編成全体がねじれて脱線しました。俗に泣き別れと呼ぶ現象です。

なお、同じ車両で「前の車輪」と「後ろの車輪」が泣き別れを起こすシチュエーションもあります(↓図)。

このまま右へ動くと、二つの車輪が別方向へ行ってしまう

南海電鉄での脱線も、今のところ、これに近い形で起きたと推測されています。今回発表されているシチュエーションで、最終的にああいう“脱線姿”になるのか、ちょっと疑問に思わない部分もなくはないですが。

いろいろな鉄道会社で同種の事故は起きている

ところで、この実験に使われているプラレール、どうしてJR西日本の車両(225系)なんだ? と思った人。

いや、別に他意はないです。南海電鉄のプラレールは持っておらず、手に取ったのが、たまたま225系だった

……と言いたいのですが、実はJR西日本でも、2019(平成31)年4月に同種の脱線事故が起きています(→和歌山県御坊駅での脱線事故)。そういう事情があったので、この車両を使わせてもらいました。嫌味っぽく感じるかもしれませんが、勘弁してください。

近年では、2016(平成28)年に九州の平成筑豊鉄道で、2022(令和4)年には京成電鉄でも同様の脱線事故が発生しています(→京成高砂駅での脱線事故)。よくある……とまでは言いませんが、決して珍しい事故ではないのですね。

先ほど少し触れましたが、この手の脱線は二重のミス──赤信号を見落とした + 失態を取り繕おうとして不用意にバック──によって引き起こされます。

いや、急いでバックしたくなる気持ちはわかるんですよ。リカバリーしたいという……。

しかし、そこで今回のように傷口を広げてしまうか、それとも冷静に対処して最小限のダメージで抑えるか。その分かれ目が、こうした過去事例を知っているかどうかだったりします。

ちなみに私は、列車の運行管理を行う指令という部署で働いています。この手の赤信号行き過ぎ(=専門用語では「停止信号を冒進した」と呼ぶ)が起きた場合、今回のようにポイントへ誤進入している可能性があるため、動かす指示を出す前に、位置関係は絶対に確認するよう指導されています。

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JRの2021年度決算から 「カネの切れ目が安全の切れ目」にならないか心配

2022(令和4)年度に突入して1ヶ月以上が経ち、ゴールデンウィークも終了。そんな中、鉄道各社の2021(令和3)年度決算が出始めています。

2021年度の流れとしては、「前半はコロナ禍からの回復傾向がみられたが、オミクロン株が出てきた後半は失速」でしょう。当初は黒字決算を見込んでいた会社も、オミクロンの影響で結局赤字、というケースがあったようです。

JR旅客会社の決算状況

2021年度決算、JR旅客会社の数字を見てみましょう。四国と九州はまだ決算が出ていないので、北海道・東日本・東海・西日本の4社の数字です。なお、数字とは比較してこそ意味があるので、過去の数字と並べます。

  • 上段 2018年度 コロナの影響なし
  • 中段 2020年度 コロナの被害甚大
  • 下段 2021年度 直近決算

という形で示してあります。

ドン底は脱したものの、コロナ前には到底及ばない、まだまだ悪い数字です。営業損益の段階ですでに赤字になっています。これは絶対的に収入が足りないことを示しています。コロナ禍による旅客減少は、どうしようもありません。

「修繕費」が大幅に減少 カネが厳しいので先送りしている?

JR東日本・西日本の決算書(損益計算書)を眺めて気になったのが、修繕費という項目です。ここ数年の数字を表にしてみます。

2021年度で金額がガクッと減っています。JR東日本は、毎年3,000億円程度で推移していたのが、直近の決算では約2,450億円。JR西日本は、毎年1,600億円程度で推移していたのが、直近の決算では約1,370億円。

もちろん、技術の向上でコスト削減できている面もあるでしょう。が、それだけでこんなに減らないはず。2021年度はいよいよカネが厳しくなったので、やむをえず先送りする案件が増えたのではないでしょうか。ウチの会社もそうですし。

知床観光船の事故は「カネの切れ目が安全の切れ目」ではないか

こうなってくると心配なのが、「安全維持のために必要な修繕がキチンと行われるのか?」です。

鉄道業界ではありませんが、たとえば4月に起きた知床観光船の沈没事故。この事故では、衛星電話が故障・無線のアンテナも破損し、必要な通信が満足に行えない状況にあったようです。また、以前の事故で生じた船体のヒビを放置していたという話もあります。

これ、結局は「カネがなかったから」ではないでしょうか。

私の勝手な推測ですが、会社側も好きで故障を放置していたわけではないはずです。カネがあれば、キチンと修理を行なっていたと思います。

それができなかったのは、現実としてカネがなかったからという可能性は低くありません。実際、知床観光船は資金繰りが相当厳しかったという情報もあります。

また、この事故では、天候が荒れ気味なところを無理に出航してしまったようです。コロナ禍で経営が厳しい中、せっかくの売上を逃すのが嫌だった心理もあったはず。経営状態が安定していれば、心に余裕を持って「出航中止」の判断を下せたかもしれません。

「カネの切れ目が安全の切れ目」が私の持論なのですが、知床観光船の事故は、これが原因の一つではないでしょうか。

安全はタダで確保できるものではない

「カネの切れ目が安全の切れ目」は鉄道でも同様だと思います。コロナ禍で厳しい経営状況が続けば、鉄道会社も同様の道を辿るかもしれません。財政状況が厳しい地方の鉄道会社で事故が多いのは、決して偶然ではありません。

カネが厳しいのはわかるけど、安全に関する部分はちゃんとやってよ。そう思う人もいるでしょう。しかし、線路工事を請け負う業者や、機器メーカーに対して次のように言えるでしょうか?

安全のために必要なので、工事や機器更新はちゃんと行います。ただし、ウチの会社は財政状況が厳しいので、無料でやってください。

これで「ハイそうですか、無料でやらせていただきます」と頷くバカな業者やメーカーはいないでしょう。いくら安全のために必要な措置とはいえ、慈善事業ではありません。安全確保のために先立つものはカネです。

また、カネがなければ社員も確保もできません。安全を担う人材の育成もできません。

社員のみなさん、安全のために必要なので、工事や機器更新はちゃんと行います。ただし、業者やメーカーに支払う費用が優先なので、みなさんの給料は遅配やカットもやむなしということでヨロシク。

これで「わかりました! 会社も苦しいからしょうがないですね」などと許容する社員もいないはず。

知床観光船も、退職する社員が増えて人手が厳しくなり、労働環境がブラックだった、なんて情報もあります。人手不足も、結局のところはカネの問題に行き着きます。

安全確保には健全経営が必要 一刻も早く以前の日常へ

赤字経営が続くと、結局は安全が脅かされていきます。そこで「カネが厳しいのはわかるけど、安全意識を持ってちゃんとやってよ」などと心の問題に落とし込もうとする方が、よほど安全軽視ではないでしょうか。

知床観光船の事故を契機に、罰則強化や監査の強化といった方針も打ち出されています。それはけっこうなのですが、国には「必要なところにカネが行き渡っているか?」も併せて考えてほしい。

コロナ禍による売上減少で、ボロボロになった会社は山ほどあるでしょう。安全に関する部分にカネを回せず、実はヒヤヒヤしている会社は少なくないはず。先ほども書きましたが、ウチの会社でも、カネが確保できずに機器更新先送りという案件があります。

一方で、「コロナバブル」も存在します。

たとえば、私はここ2年間、飲み会を一度もしたことがありません。たぶん、多くの人はそうでしょう。では居酒屋を運営する会社は、どこも客が入らず鉄道会社のようにボロボロかというと、そんなことはなくて、決算書を見ると「助成金収入」で黒字になっているケースが少なくない。

助成金(協力金)は、「入るはずだった売上の補填」という性格のカネですが、鉄道業界にはそんなものありません。

こうした配分が適正かどうか、ちょっと見直してほしいところです。

もっと根本的なことを言うと、いつまでコロナ騒ぎを引っ張るんだという感じです。今後も、「油断したら感染者がまた増えるぞ」「新たな変異株が出てくるかも。警戒を怠るな」という感じでブレーキを踏み続けるのではないでしょうか。

そうして経済の停滞が続き、鉄道会社の経営が傾いて、「カネの切れ目が安全の切れ目」になってしまわないかが心配です。そうならないためにも、いい加減、リスクに見合わない過剰なコロナ対策はやめて、通常生活へ戻る出口に向かうべきだと思うのですが……。

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長万部~函館間の並行在来線 貨物列車の運行をどう確保する?

この記事は『並行在来線の長万部~函館間 JR貨物は引き受けてくれる?』の続きです。

北海道新幹線の札幌延伸によって、JR北海道から経営分離される小樽~函館間。小樽~長万部間は廃線が(事実上)決定しましたが、問題は長万部~函館間をどうするかです。

この区間は貨物列車が通る大動脈なので、なんとか線路を残さなければいけません。が、沿線自治体が「不採算すぎるので鉄道いらねぇ」と路線の維持をあきらめる可能性は低くないでしょう。

もしそうなった場合、長万部~函館間の線路を保有する会社が(おそらく)なくなってしまいます。つまり、貨物列車の運行がピンチになってしまうわけですが……何か良い案はないのでしょうか?

「三線軌条を長万部まで伸ばす」という構想

ネット上で見かけたのが、「三線軌条区間を長万部や札幌まで伸ばせば?」という案です。

鉄道に詳しい人なら三線軌条をご存知でしょう。現在、青函トンネルは、新幹線と貨物列車の共用区間になっています。両者は使用するレール幅(軌間)が違うにもかかわらず、同じ線路を走行しています。

新幹線 = 1,435㎜
貨物列車 = 1,067㎜

レール幅が違うのに、同一の線路を走らせる──これを可能にするのが三線軌条です。

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津軽海峡線の三線軌条

↑の写真、上下線それぞれにレールが3本あるのがおわかりでしょうか。3本のうち、1本は新幹線・在来線の共用レール、あとの2本がそれぞれ新幹線と在来線の単独レールです。

写真右側の線路ですと、右から1番目のレールが新幹線・在来線の共用、2番目が在来線用、3番目が新幹線用。

現在、青函トンネルは三線軌条により、新幹線と貨物列車の共存を可能にしています。青函トンネルを出ると、それぞれ自分の線路に戻ります。この三線軌条・共用区間を、もっと北(長万部や欲を言えば札幌)まで延長する。そうすれば、長万部~函館間の在来線がなくなっても貨物列車は走れるでしょ、という案です。

ただ、結論として、これは無理な構想かと。

新幹線と貨物列車を共存させる難しさ 無理にやるとコストも増える

まず、新幹線と貨物列車ではスピードが違いすぎるので、ダイヤを組むのが大変。

高速道路の同じ車線で、前の車が100㎞/h・後ろの車が120㎞/hで走っていたら、いずれ追いつきます。前の車がMAX100㎞/hまでしか出せないとしたら、後ろの車が減速するしかありません。新幹線と貨物列車を共存させると、これと同じ現象が起こります。

現在、共用区間は青函トンネルとその前後の80㎞程度なので、なんとかなっています。これを長万部まで共存させるとなると、貨物列車が「逃げ切る」のは困難なケースが多々発生するはずです。

東北・北海道新幹線は、東京~札幌間を4時間台で結ぼうと、スピードアップに躍起になっています。いくら新幹線の車両性能や線路設備スペックを上げて時間短縮しようとしても、「前に貨物列車がいるので減速」という理由でブチ壊しにされたら、まあ怒りますよね。

ですので、退避線をいくつか作るしかないでしょう。貨物列車は、後ろから新幹線に追いつかれそうになったら退避線に逃げ込む。新幹線をやり過ごしたら徐に動き出す。そういうダイヤを組むしかありません。

しかし、退避線(信号場)を作るということはコスト増です。必要とする面積やレール本数も多くなります。

さらに、退避線ということはポイントで分岐させなければいけません。ポイントという設備は大雪に弱い(=雪が詰まって切り替わらなくなったりする)ので、対策が必要です。ジェットヒーターを設置するとか、スノーシェルターで覆うとか。とにかく、余計なカネがかかります。

新幹線と貨物列車の「すれ違い」問題 現在は新幹線が減速している

といっても、退避線やらなんやらはカネ次第でなんとかなる問題かもしれません。もっと難しいのはすれ違いです。

新幹線と貨物列車は青函トンネルを共用しています。しかし、新幹線が青函トンネル内を高速運転すると、貨物列車とすれ違ったときに、コンテナが風圧を受けて横転などの危険があると言われています。それを防ぐため、新幹線は青函トンネル内で減速運転していることをご存知の方も多いでしょう。

ようは、新幹線と貨物列車の共用区間では、新幹線は減速を余儀なくされてしまうわけ。少なくとも、現行の「すれ違い時は減速する」という安全確保の方法では。

現在、共用区間は80㎞ほどなので、新幹線側が減速しても、そこまで致命的なタイムロスにはなっていません。しかし、共用区間を長万部まで伸ばすと、その長さ約200㎞。すれ違い対策での減速ロスが大変なことになります。

青函トンネルを出て地上区間を走るなら、すれ違ってもトンネル内ほど風圧の影響が生じず、減速しなくても別に大丈夫では? と思うかもしれません。そのへんの物理的な話は、私もわかりません。

しかしそれはどうでもよくて、青函トンネルを出て長万部に着くまでの間にもトンネルがあるので、「トンネル内で新幹線と貨物列車がすれ違うシチュエーション」は発生してしまうのです。すれ違い時は減速しなければいけません。

前述のように、東北・北海道新幹線はスピードアップに躍起になっていますから、減速区間は最小限にしたい。それを200㎞にわたって減速というのは、まあ許容できないでしょうね。

トンネルの改良や貨物新幹線の開発は難しいと思われる

もし三線軌条を長万部まで伸ばすのであれば、「すれ違い時に減速する」という方法は、新幹線のタイムロスが大きくなりすぎるのでダメです。

改良案としては、たとえばトンネルの断面積を大きくして、上下線をかなり離す。それによって、すれ違い時の風圧の影響を減らし、減速をなしにするとか……。

しかし、トンネルの断面積を大きくすると、コストが膨大になります。それに、もうトンネル工事には着手していますから、今から計画変更は無理でしょう。

あと考えられるのは、いわゆる貨物新幹線──貨物コンテナを積める新幹線車両を開発するくらいか。コンテナが剝き出しにならないようにすれば、高速ですれ違っても安全性に問題はなく、減速しなくてよくなります。

しかし、札幌延伸までに残された9年ほどで車両開発・実運用にこぎつけるのは難しいでしょう。しかも、車両だけを作れば済むのではなく、新幹線と在来線の積み替えをどうするか、そのための設備はどうするか。そういった地上側の課題もあります。

貨物列車の大動脈 地元だけではなく他の利害関係者の参加も

というわけで、三線軌条の延伸や貨物新幹線で対応、つまり、貨物列車が在来線区間を避けて走る形にするのは難しいでしょう。なんとしても長万部~函館間は残さなければマズい、という結論になります。

もし、沿線自治体が路線継続を断念し、JR貨物も引き受けてくれない場合、どうなるのでしょうか?

北海道の産業や物流に必要な路線なので、そっちの方向から出資を募って会社(第三種鉄道事業者)を作る。そうやってJR貨物の列車を通し、線路の保守はJR北海道に委託する。

沿線自治体が三セク鉄道を作って路線を引き受けるのか否か、いつ結論が出るかはわかりません。が、残り時間を考えると、もしものときはそういう落としどころしかない……ような気がします。

そもそも、貨物の大動脈である長万部~函館間をどうするかは、地元だけの話ではなく、全国レベルの問題です。存廃をどうするかは、沿線自治体だけではなく、もっと他の利害関係者も交えて議論する必要があるでしょう。
(水面下では話していると思いますが)

(2022/3/31)

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本記事の写真提供 tomoさん

本記事内の三線軌条の写真は、はてなブロガー・tomoさんが運営する『乗り物好きによる旅行ブログ』から拝借しました。写真使用の許可をいただき、ありがとうございました(^^)

『乗り物好きによる旅行ブログ』は、鉄道旅だけではなく、飛行機旅も取り上げているのが特徴です。記事のボリュームもちょうどよい感じで、文章もサクサク読めます。個人的には「宿泊記」のジャンルの記事が好きですね。ブックマも複数しています。

並行在来線の長万部~函館間 JR貨物は引き受けてくれる?

北海道新幹線の札幌延伸時に、並行する函館本線の小樽~長万部間は、廃止される見通しとなった。(2022年3月26日のニュース)

札幌まで新幹線が延伸すると、並行する在来線の小樽~函館間は、JR北海道の手から離れることになります。そのうちの一部・小樽~長万部間は鉄道を廃止し、バス転換されることが事実上決定しました。

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札幌延伸時(2030年度を予定)

長万部~函館間は貨物列車が通っている大動脈

このたび廃止が決まった小樽~長万部間については、本記事では触れません。今回考察したいのは、長万部より南側──長万部~函館間をどうするかです。

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本記事の焦点は「経営分離」と書かれている長万部~函館間

新幹線が札幌延伸すれば、函館~札幌を結ぶ特急も廃止されます。函館市街地と新幹線を結ぶ函館~新函館北斗間は、それなりに利用客がいるでしょうが、それより北側はガチなローカル線になります。現在でも、特急を除く普通列車の本数は、上下線それぞれ指で数えられる程度です。

じゃあ函館~新函館北斗間は残すとして、あとは廃線でいいんじゃね? と思う人もいるでしょうが、話はそう簡単ではありません。長万部~函館間はJR貨物の貨物列車が通るからです。札幌という北海道の一大拠点と本州を結ぶ大事な路線です。

ようするに、長万部~函館間は旅客営業的には微妙かもしれませんが、物流的には大動脈なのです。この区間は絶対に維持する必要があります。

沿線自治体が長万部~函館間を引き受けてくれるかは不明

「長万部~函館間は貨物列車のために維持する必要がある」と書きましたが、具体的には、どこかの会社が所有(と保守管理)しなければならないということです。では長万部~函館間、どこの会社が所有してくれるのか?

JR北海道が引き続き面倒を見ることは100%ありません。長万部~函館間は、新幹線が延伸したら経営分離というのは決定事項ですから。

今までの例では、新幹線が開業すると、沿線自治体(県や市)が出資する第三セクター鉄道が作られ、並行在来線を受け継いでいました。

しかし、今回は話が微妙でして……。新幹線が札幌延伸すれば、長万部~函館間の著しい不採算は明らかなので、沿線自治体がこれを引き受けてくれるかは不明です。

長万部~函館間をどうするかは案が複数あって ①三セク鉄道化 ②バス転換 ③函館~新函館北斗間は三セク鉄道・あとはバス転換。どれを採用するかは、まだハッキリ決まっていないようです。↓のリンクから会議の資料や議事録が閲覧できます。

もし沿線自治体がバス転換して、鉄道いらねぇという話になった場合、どうするか?

貨物列車は通さなければいけないので、貨物専用線として残す手も考えられます。旅客列車は運行しないけど、沿線自治体が出資して三セク鉄道を作る。線路設備だけを保有・維持して、貨物列車から通行料(線路使用料)をちょうだいする案です。

しかし、貨物列車オンリー・旅客列車ナシだと、地元住民としては鉄道の恩恵をまったく受けられないことになります。“部外者”の貨物列車のためだけに、設備維持費が発生する。そんな鉄道に自治体が出資するかは怪しいです。

JR貨物が路線を引き継ぐことはないと予想

一番明快なのは、長万部~函館間をもっとも使用するJR貨物自身が所有者になる(=難しく言えば第一種鉄道事業者になる)ことです。実際、「JR貨物に引き受けさせるべき」と結論している記事もあります。

しかし、JR貨物は首をタテに振らない可能性が高いです。なぜかというと、線路を自社所有するとコストが大幅に増えるからです。

ここでおさらいしておくと、JR貨物は、自前では線路を持たずに他社線──JR旅客会社や三セク鉄道を通してもらい、その見返りとして通行料(線路使用料)を払う形態が一般的です。

この通行料ですが、アボイダブルコストというルールによって割安な金額に設定されています。国鉄民営化の際、JR貨物は経営基盤が弱いことが予想されたため、通行料の支払いが軽くなるように配慮されたからです。
(→アボイダブルコストルールの説明はこちら

逆に言うと、線路設備所有者たるJR旅客会社や三セク鉄道からすれば、自社線に貨物列車を通すのは割が合わないことを意味します。通してあげても、割安な通行料しか徴取できないので。貨物列車が走れるように、設備レベルを維持する負担の方が大きいわけです。
(→三セク鉄道には、採算割れを補うための貨物調整金という補助金が出る)

もっとストレートに言ってしまえば、JR貨物は自前で線路設備を持たず、他社の線路を借りて運行しているからこそ、コストが抑えられていると。

自前で線路を保有するとコストが上がるJR貨物 まず引き受けない

もし長万部~函館間の線路をJR貨物が所有するとなったら、この区間ではアボイダブルコストルールの恩恵を受けられなくなり、運行コストは確実に上がります。

また、自社所有となれば保守管理も自前で行わなければなりません。保守管理の実務はJR北海道に委託する手もあるでしょうが、いずれにしてもコスト増は確実。

あくまで個人的な印象ですが、JR貨物という会社、線路設備関係のコストが増えることに関しては、ものすごく嫌がります。悪く言うわけではありませんが、「他社が所有している設備を安く借りたい」「自分で持つのはヤダ」という姿勢が強い感じでして……。まあ、ずっとそれでやってきたので無理もありませんが。

ですので、JR貨物が長万部~函館間を引き受けることは、私の感覚では「ない」と即座に切り捨てるレベルです。もしそういう打診をしたら、めちゃくちゃゴネると思います。

しかし、長万部~函館間の線路がなくなると貨物列車が通せず、JR貨物は困ることも事実。落としどころを見つけなければいけませんが……。無理やりJR貨物に持たせて、その見返りとして補助金を出す? でもそれだと、今度は他の鉄道会社が「ズルい! 所有する見返りの補助金ってなんじゃ!?」と怒りそう。

非常に困った話ですが、次回に続きます。

(2022/3/28)

続きの記事はこちら 長万部~函館間の並行在来線 貨物列車の運行をどう確保する?

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経営統合して効果はある? えちごトキめき鉄道と北越急行

この記事は、『三セク同士が経営統合? えちごトキめき鉄道と北越急行』の続きです。

両社の経営統合話が浮上していますが、そもそも会社をくっつけるとは、何を目的にした行為なのか? 以下のような狙いがあるはずです。

  • 双方の経営資源を活用して相乗効果を生む
  • それによって売上・利益アップや抱えている問題を解決する

今回の記事では、両社が経営統合したとして相乗効果はあるのか、売上・利益アップや会社の問題解決につながるのかを考察します。

経営統合しても運賃は安くならないと予想

経営統合することで沿線住民がまず期待するのは、「運賃が安くなるか?」でしょう。

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えちごトキめき鉄道・北越急行の路線図

えちごトキめき鉄道と北越急行は、間にJR東日本が挟まりますが、途中で改札を出ずに乗り通せます。また、直通列車も運転されています。

2022年3月現在、えちごトキめき鉄道の妙高高原駅から、北越急行の六日町駅まで乗り通すと、運賃は2,190円です。経営統合で同じグループ会社になれば、値下げされるのか?

しかし、運賃が今以上に安くなることはないというのが私の予想。

両社とも大幅な赤字(営業赤字)です。前回の記事で説明したように、えちごトキめき鉄道は旅客収入が仮に1.5倍になっても赤字、北越急行は2倍でも赤字です。黒字転換は難しいとしても、赤字額を少しでも減らさなければいけません。

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北越急行の売上と費用、営業赤字の数字

赤字を改善するためには、「売上アップ」「経費削減」が必要ですが、経費削減はなかなか難しい。ご存じの方も多いでしょうが、鉄道という業態は、経費において固定費の占める割合が大きいです。つまり、利用者が半分になったからといって、経費も半分にはできません。

「経費削減」の方向が難しければ、赤字改善のためには「売上アップ」です。「売上 = 客数 × 客単価」の数式に従えば、客数か客単価のどちらか(あるいは両方)を上げる必要があります。

しかし、短期的にはコロナの影響、長期的にも人口減少や少子高齢化の影響で、客数を増やすのは難しい。値下げによって客数を増やすアプローチもあるでしょうが、多少値下げしたところで、客数が1.5倍とか2倍とか極端に増えることはないと考えるのが自然です。

となれば客単価を上げるしかない。つまり、運賃を安くするのは自爆行為です。……というか、両社とも近年すでに運賃値上げを実施しています。経営状況が苦しいからです。いったん値上げしておいてまた値下げは、まあ普通に考えて「ない」ですね。

運行体系の見直しやダイヤの利便性向上は?

運賃面では経営統合の効果はなさそう。では、グループ会社になったことで実質的に運行体系を一本化し、両線の間でもっと利便性を高めたダイヤにならないのか? 両線のつなぎ目である直江津駅での乗換待ち時間を減らすとか、直通運転の本数を増やすとか。

しかし、それも期待できないと思います。

そもそも、えちごトキめき側と北越急行側で、相互に行き来する需要がそれほどあるのか? という根本的な問題があります。

それは置いとくにしても、ダイヤを決める際の会社間調整が大変でしょう。えちごトキめき鉄道と北越急行は、JR東日本あいの風とやま鉄道しなの鉄道と接しています。えちごトキめき鉄道には貨物列車も通るので、JR貨物も利害関係者です。経営統合によって同じグループ会社になっても、両社の都合だけで好き放題ダイヤが組めるわけではありません。

というか、そのあたりの「ダイヤの最適化」は今でも両社間で行なっているはず。

車両の仕様が違うが運用の共通化は可能か?

以上のように、利用者目線だと、経営統合しても相乗効果はさほど生まれず、利便性が良くなる可能性は低いと予想します。

では、運行する側の目線だと? 相互に行き来する旅客需要は少ないとしても、たとえば両社の乗務員や車両のやりくりを共通化して、より柔軟・効率的な運用はできないか? それが双方の資源を活用した相乗効果では?

まず、乗務員の共通化について。運転のルールや取扱いが両社では違うでしょうが、そこは教育でなんとかなるでしょう。たとえばJR貨物の運転士は、JR旅客会社の境界をまたいで乗務することもあるので、各社ごとの運転取扱いを覚えているそうです。指導する側は大変らしいですが。

問題は車両です。

現在、えちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインと北越急行の間では、直通列車が運転されています。車両(電車)は北越急行のものを使用。これを逆に、はねうま側の車両(電車)が北越急行に乗り入れることは可能か?

車両の相互乗り入れの際に問題になるのが、仕様の違いです。実は、両線の車両には大きな違いが一つあります。車体の高さです。

  • はねうまラインET127系 409㎝
  • 北越急行HK100形 362㎝

妙高はねうまラインと北越急行の車両、車高が50㎝近く違います。北越急行のトンネルは断面積が小さいので、車高を低く製造したのですね。はねうまラインで使用しているET127系が通れればいいのですが、はたしてどうなのか……。

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えちごトキめき鉄道ET127系

もしダメなら、北越急行の電車は自由にあちこち行けるけど、はねうま電車は走行区間が限定されることになります。それでは車両の共用による効率化に全然なりません。

運行本数が少ないが電化を維持する必要はあるか?

もし統合によって車両運用の共通化を、そして20~30年という長期スパンでのコスト削減も併せて見据えるなら、妙高はねうまラインも北越急行も、車両更新時に電車から気動車に転換する構想は考えられます。

運転本数が少ない路線だと、電車で運営するのは非効率的です。電力設備の維持にかかるコストと見合わないからです。電車から気動車に変えれば、電力設備は撤去できます。

両社とも運行本数は1~2本/時間で、今後さらに減便する可能性もありますから、選択肢としては変ではないと思います。たとえば、えちごトキめき鉄道が日本海ひすいラインで走らせているET122形気動車は、北越急行への入線実績があるので、これと同系統の車両を揃えるとか。

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ET122形-1000番台は「リゾート列車雪月花」として北越急行を走ったことがある

一般的に、気動車は電車に比べて高価なのがデメリットですが、共通化によって部品調達やメンテナンスのコストを削減する効果はあるでしょう。

もちろん、設備の撤去費用や運転士免許の問題(=電車と気動車は免許が異なる)、はたまた車両整備の問題等があるので、トータルで割が合うと見込めるのが前提ですが。

ただ、こういう大転換の決断は実際には難しいでしょうね。

えちごトキめき鉄道は電化を維持しなければいけない

さらに、この構想には大きな問題があって……。実は電力設備を撤去できるのは北越急行側だけで、えちごトキめき鉄道は電化を維持しなければいけません。貨物列車が通るからです。

日本海ひすいラインは、電気機関車が牽く貨物列車が走っており、通行料(線路使用料)を貰っています。

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えちごトキめき鉄道の収入は、JR貨物からの線路使用料が大半を占める

妙高はねうまラインには貨物列車は走っていませんが、非常時の経路として貨物列車が通れるようにしてあるそうです。その見返りとして補助金を貰っていると。

物流上必要な路線であり、さらに線路使用料・補助金収入という観点でも、えちごトキめき鉄道から貨物列車を締め出すことはできません。したがって、電力設備を撤去するのは不可能です。

日本海ひすいラインは交流・直流が混在しており、交直両用の車両を買おうとすると割高なので、現行でも気動車を使っています。が、少なくとも妙高はねうまラインでは、既存の電力設備を使って電車で運転した方が有利なわけです。

北越急行は気動車転換すればいいかもしれません。しかし、えちごトキめき側(妙高はねうまライン)はそれと合わせても、あまり得しないという話になります。

経営統合の効果はあまりないと予想

長くなりましたが、まとめます。

運賃値下げや運行体系の一本化など、利用客の利便向上につながるような施策は期待できない。コスト構造を抜本的に変えることも難しい。

したがって、経営統合しても売上・利益アップや経費削減につながらず、両社が抱える赤字問題はさほど改善しないのでは……というのが私の意見です。

一般的には、似たような会社をくっつけても相乗効果は期待できず、違う特色の会社を組み合わせることで1+1が3や4になる、と言われます。「営業は強いけど技術力の低い会社」と「営業は下手だけど技術はスゴイ会社」を組み合わせて「営業と技術の両方が強い会社」を作るみたいな。

しかし、こと鉄道に限って言えば、背景や仕組み・強みが違う会社を統合させても双方の経営資源が嚙み合わず、1+1=2にしかならない気がします。これは鉄道が「固定装置産業」であり、規格やシステムを柔軟に変更できない点が大きいのでしょう。

となると、経営統合の効果はなに? という話になります。事務部門の共通化はできるかもしれませんが、しかし、たとえば人事の業務ひとつとっても、両社の間では就業規則や給与体系が異なるので、やはり両社に担当者を置かないといけない。無理にまとめると、かえって非効率になるのでは、という気はします。

「いろいろ書いてっけど、結局アンタとしてはどうするのが良いと思う?」とか聞かれると非常に困るのですが……。

経費削減については、新しい技術を活用して、将来的に信号機や軌道回路といった装置を撤廃できればとか、両社ともトンネルが多いので、最先端の点検用マシンを1台共同で購入して一緒に使うとか、その程度の意見しか持ち合わせていません(^^;)

(2022/3/18)

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【外部リンク】鳥塚社長に聞いてみた「トキ鉄と北越急行って統合するんですか?」(マイナビニュース)

本記事の写真提供 エストッペルさん

本記事内の写真は、駅員経験のあるはてなブロガー・エストッペルさんが運営する『旅と鉄道の美学』からお借りしました。ありがとうございます。

『旅と鉄道の美学』は単なる鉄道旅の紹介にとどまらず、駅員経験を活かした記事や、安全管理の考え方にも触れています。「ここで記事が終わらず、もう一段階深く突っ込む」が特徴で、鉄道好きなら面白く読めるはずです。

三セク同士が経営統合? えちごトキめき鉄道と北越急行

新潟県の第三セクター鉄道・えちごトキめき鉄道と北越急行の両社に、経営統合の案が浮上。今後、協議を進めていきたいとのこと。(2022年3月10日のニュース)

今回の経営統合検討は、コロナ禍で両社の経営状態が悪化したことから出てきた話のようです。

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えちごトキめき鉄道・北越急行の路線図

検討されているのは「合併」ではなく「経営統合」

本題に入る前に一つ。検討されているのは「合併」ではなく「経営統合」です。合併と経営統合、同じような用語ですが、意味はまったく違うので注意。

合併とは、二つ以上の会社が一つになることです。吸収合併やら新設合併やら違いはありますが、ようするに、消滅する会社が発生します。

これに対して、経営統合では会社消滅は起きません。えちごトキめき鉄道も北越急行も、会社としてはそのまま残ります。

ではどうするかというと、新しく「新潟県三セク鉄道ホールディングス」みたいな親会社を作り、その下にえちごトキめき鉄道・北越急行が子会社としてぶら下がる形になります。これが経営統合です。実例として、阪急阪神ホールディングスという親会社があり、その子会社として阪急電鉄と阪神電鉄があるのと同じです。

改めて、今回の件は「合併」ではなく「経営統合」であることを間違えないようにしてください。間違えているサイト・ブログやツイートが少なくないです。

えちごトキめき鉄道 JR線から経営分離した路線

今回の記事では、両社の経営環境や決算数字を見ることにします。まずは、えちごトキめき鉄道の状況から。

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ある程度鉄道に詳しい方ならご存知でしょうが、えちごトキめき鉄道の路線は元々JR線でした。2015(平成27)年に北陸新幹線が金沢まで延伸した際、JRから経営分離されて第三セクター鉄道になったのです。

「経営分離」を簡単に説明しておくと……

新幹線(正確には整備新幹線と呼ばれる区間)が新規開業した際、並行する在来線までJRに運営を続けさせると、JRにとって負担が大きくなる。そこで、JRにとって経営上重荷になる在来線区間は「経営分離」して地元の三セク鉄道に担わせよう、というスキームです。

非常に苦しい経営のえちごトキめき鉄道

新幹線が開業すれば、並行在来線の収益力は落ちます。加えて、新規開業する三セク鉄道はJR時代より運賃値上げをするのが通例であり、旅客離れを招きやすい。えちごトキめき鉄道も例外ではなく、経営が非常に苦しい会社です。

同じく北陸新幹線延伸時にJRから経営分離されたあいの風とやま鉄道IRいしかわ鉄道は、路線が県庁所在地を通っているので、経営状況はそれなりに保てています。しかし、えちごトキめき鉄道は県庁所在地を通っていないので集客がしんどい。

さらに、路線維持のコストも割高になるようです。新潟は豪雪地帯なので、雪対応にカネが必要。また、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインは、トンネルが非常に多いです。海のそばを走ることから塩害にも悩まされる。つまり、設備の保守点検や修繕にもカネがかかるわけです。

ようするに、売上は少ないけれどコストは高い。このあたりの環境は、人口が少ないけれど広大な路線を維持せざるをえない、さらに雪対応のためにコストが膨らむJR北海道と似ている気がします。

命運を握っているのは実はJR貨物!?

そして、えちごトキめき鉄道は売上の割合が歪なところがあります。売上の内訳を示した↓のグラフを見てください。

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鉄道会社の売上は、旅客収入──自社の営業列車に乗ってくれた旅客からの運賃収入がメインですが、えちごトキめき鉄道、旅客収入(青部分)がなんと全体の20%弱しかありません。

では収入の大部分を占めるのは何かというと、JR貨物から受け取る線路使用料(オレンジ部分)です。えちごトキめき鉄道にはJR貨物の貨物列車も通っており、その通行料たる線路使用料が収入の7割程度を占めています。

ようするに、えちごトキめき鉄道の財政状況は、旅客動向に左右されるのではなくJR貨物次第であって、自社ではコントロールできないのです。「もっとウチの路線を通行してください」と貨物列車を誘致できるわけでもなく……。実際、2017年度と2018年度の間で、JR貨物から受け取る線路使用料の額が4億円以上減っています。

こうした状況では、旅客収入が増えても懐事情は改善しません。決算書(損益計算書)の数字からすると、仮に旅客収入が1.5倍になったとしても赤字(営業損益段階)です。旅客収入が1.5倍でも赤字って、これはもうどうしようもないでしょう。

えちごトキめき鉄道の説明はここまでにします。

路線の戦略的意味がまったく変わった北越急行

続いて、もう一つの三セク鉄道の北越急行について。

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北越急行の設立は1984(昭和59)年。国鉄から民営化されたJR東日本(=1987年誕生)よりも、実は会社としての歴史は古いです。当初の構想では、魚沼地方と日本海側を結ぶ役割の路線に過ぎませんでした。が、のちに構想が見直され、「東京と北陸を結ぶ大動脈」の一部を担うことになります。

高速列車が走れるように、単線非電化という計画から、電化・高規格化に変更して開業。北陸新幹線の金沢延伸前は、特急はくたかが走っていたのをご存知でしょう。

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しかし、現在は北陸新幹線に「東京と北陸を結ぶ大動脈」の役目を譲り、地域密着型のローカル線に姿を変えています。路線としての戦略的意味がまったく変わってしまったわけ。特急はくたかが通っていた時代は黒字でしたが、それがなくなって売上も激減し、一気に赤字に転落しています。

もちろん、北陸新幹線金沢延伸は昔から決まっていたので、黒字から赤字への転落は想定内……というか予定通りですね。

そこで北越急行では、特急はくたか時代に稼いだカネを投資に回して、その利益で赤字を補っています。貸借対照表に「投資有価証券」、損益計算書に「有価証券利息」「為替差益」という文言が堂々と(?)出てくるのはそのため。

2020(令和2)年度の決算書によると、以下の通り。

  • 投資有価証券の保有額 約83億円
  • 有価証券利息として稼いだ額 約1.4億円
  • 為替差益の額 約5,000万円

赤字からの脱却は不可能 資産の目減りも止められない

ただし、投資で稼いだ利益では赤字をカバーしきれていません。↓の表は売上と費用の関係を簡単に示したものですが……

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バリバリの赤字で、ここに有価証券利息や為替差益を投入してもアウト。そこで、保有している投資有価証券を取り崩して赤字を補っているようです。さきほど、投資有価証券の保有額は約83億円と書きましたが、3年前は約95億円ありました。

この表からもう一つ読み取れるのは、「仮に売上が2倍になっても赤字」ということです。

いや、鉄道で売上倍増なんてのはありえない話で、ようは赤字からの脱却は不可能。特急はくたか時代に稼いだ資産は目減りしていくが、それを止める手立てはないわけで……。かなり苦しい展開です。

また、北越急行は、高速列車が走れるように高規格で開業しました。そのため、設備レベルは在来線というより新幹線に近いらしく、したがって保守管理が大変だと聞いたことがあります。保守管理のレベル維持や技術継承といった課題もあるわけです。

そもそも会社をくっつける意義とは?

えちごトキめき鉄道と北越急行、経営統合案が浮上した両社について、現状を簡単に説明をしました。同じ新潟県の三セク鉄道ですが、路線の生い立ちや性格がまったく違うのですね。

これらを経営統合させる案が浮上しているわけですが、そもそも会社をくっつける意義とは何か? 私はそっち方面は詳しくありませんが、狙いたい効果としては、たぶん以下のようになるでしょう。

  • いわゆるシナジー効果で売上や利益アップ
  • 会社が抱えている弱点や課題の解決

両社が経営統合することで、これらの効果は生まれるのか? ……については次回の記事で考えてみます。

続きの記事はこちら 経営統合して効果はある? えちごトキめき鉄道と北越急行

(2022/3/14)

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【外部リンク】鳥塚社長に聞いてみた「トキ鉄と北越急行って統合するんですか?」(マイナビニュース)

本記事の写真提供 エストッペルさん

本記事内の写真は、駅員経験のあるはてなブロガー・エストッペルさんが運営する『旅と鉄道の美学』からお借りしました。ありがとうございます。

『旅と鉄道の美学』は単なる鉄道旅の紹介にとどまらず、駅員経験を活かした記事や、安全管理の考え方にも触れています。「ここで記事が終わらず、もう一段階深く突っ込む」が特徴で、鉄道好きなら面白く読めるはずです。