第三セクター鉄道というと、「万年赤字」「補助金」といった単語を連想する人も多いのではないでしょうか。
実際、そういった単語が当てはまる三セク鉄道は非常に多いです。
そして、赤字に対して有効な手を打つことができずに、ずるずると破綻への道を突き進んでいく……。
しかし中には、そういった危機を乗り越えて黒字化する三セク鉄道もあります。
今回の記事では、とある赤字三セク鉄道の復活劇を紹介しましょう。
舞台となる三セク鉄道は、長野県のしなの鉄道です。
開業直後からピンチのしなの鉄道
しなの鉄道は、1997(平成9)年、長野新幹線が開業する際に、並行する在来線(信越本線)をJR東日本から独立させた路線です。
新幹線が開業すれば、利用客の多くはそちらに流れますから、並行在来線の収益力は落ちます。
そんな路線を引き継ぐことになったしなの鉄道、当初から先行きが危ぶまれ、そして実際、ヤバい状況になっていきます。
まずは、しなの鉄道がどれだけヤバい状態だったかを見ていきましょう。
開業直後の1998(平成10)年度の決算書では、以下のような数字が出ています。
営業費用(※) 31.1億円
償却前損益 -4.5億円
※減価償却費は除く
この決算内容は「償却前赤字」というものです。
「あー、なんか会計とか決算書とか、そういう感じの話になってきた。そういうの知らねえ」と思った方、大丈夫ですよ。
簿記とか会計がわからない人でも理解できるように書きますので、安心して読み進めてください。
というか、話の雰囲気だけわかってもらえればいいです。
会社のカネが減り続ける「償却前赤字」
償却前赤字とは、ざっくり言ってしまえば、「事業を継続すればするほど、会社の現金・預金が失われていく状態」です。(注)
人間の身体でいえば、出血が止まらない状態とでもいえるでしょうか。
会社は、現金や銀行預金を保有しています。
みなさんが、財布の中にカネを入れていたり、銀行口座にカネを預けているのと同じです。
会社は、これら現金・預金をいろいろな支払いに充てるのですね。たとえば、
これらの支払いには、現金・預金が必要です。
もし、会社手持ちの現金・預金が枯渇してしまったら……
これらの事態は、会社にとって「死=倒産」を意味します。
つまり、会社とは、手持ちの現金・預金が底をつき、支払いができなくなった時点でアウトなのですね。
さきほど出した償却前赤字という単語、これは会社の現金・預金が減り続けている状態です。
つまり、放置しておけば、遅かれ早かれ会社が倒産してしまいます。
償却前赤字のしなの鉄道がいかにヤバい状態だったか、なんとなくわかってもらえたと思います。
白羽の矢が立ったのは畑違いの旅行会社
しなの鉄道の償却前赤字は、2001(平成13)年度の決算までずっと続きます。
ここで事態を重く見た当時の田中康夫・長野県知事は、「しなの鉄道を立て直してくれる人はいないか」と探し始めます。
通常、三セク鉄道の社長には、県OBやJRのOBが就くことが多いですが、田中知事はそれではダメと考えました。
そこでなんと、鉄道とは畑違いの旅行会社、H.I.Sに「しなの鉄道を立て直せる人を、社長として派遣してもらえないか」と要請したのです。
その要請を受けてH.I.Sが自社から派遣したのが、杉野正(すぎの・ただし)氏です。
2002(平成14)年に社長として赴任した杉野氏。
まずは杉野氏の就任前と就任後の決算書を比べてみましょう。
売上 27.2億 26.7億
営業費用(※) 29.9億 25.7億
償却前損益 -2.7億 +0.9億
※減価償却費は除く
2001年度と2002年度の間で、営業費用が4億円! も削減されています。
これが大きく、2002年度決算は「償却前黒字」になりました。
償却前黒字とは、会社の現金・預金が増えていくことを意味します。(注)
つまり、いろいろな支払いに窮することがなくなり、ひとまず「死=倒産へのカウントダウン」が止まったわけです。
人間の身体でいえば、とりあえず出血は止まった感じですかね。
さて、この杉野氏、いったいどういう改革でしなの鉄道の収益を改善したのか──については、次回の記事で紹介いたします。
(注)
現金・預金の出入りや増減は、厳密には「キャッシュフロー計算書」という決算書で見ます。
が、それを持ち出すと難しくなってしまうので、本記事では省略。
「償却前赤字=現金・預金が減り続ける」「償却前黒字=現金・預金が増える」という解釈で大筋は間違っていないので、本記事ではこのような書き方をしました。
会計や決算書に詳しい方、あまり厳しく突っ込まないでください(^^;)
ちなみに、私は簿記2級を取得しているので決算書は一応読めますが、詳しい分析や活用はできません。
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