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京急の脱線事故(3) 自動ブレーキを導入するべきか?

前々回前回と、2019(令和元)年9月5日に発生した京浜急行電鉄の脱線事故についての記事を書いています。

ニュースや新聞記事でもいろいろ言われたので、みなさんご存知かもしれませんが、「踏切の異常を知らせる信号が点灯した場合、列車が自動ブレーキで止まる仕組みを導入すべき」との意見があります。

今回の記事では、自動ブレーキの是非について、私の考察を書きたいと思います。

自動ブレーキのメリットとデメリット

世の中、何事にもメリットとデメリットの両方があります。それを天秤にかけて、どちらが大きいと判断するか? 結局はそこですね。

私の考えるところ、自動ブレーキのメリットとデメリットは以下の通りです。

【メリット】
運転士が異常を知らせる信号を見落としたり、ブレーキ操作が遅れたりといったヒューマンエラーがなくなる

【デメリット】
かえって危険な場所に止まってしまう可能性がある
踏切利用者の安全意識を低下させる可能性がある

メリット ヒューマンエラーがなくなる

まずは自動ブレーキを導入するメリットから検証しましょう。

最大のメリットは、なんといっても「ヒューマンエラーがなくなること」です。

今回の京急の事故も、運転士がもう少し早く異常を知らせる信号を認識してブレーキを掛けていれば、衝突には至らなかった(または衝突の被害を軽減できた)可能性が指摘されています。

前回の記事でも書きましたが、運転士は運転中にいろいろな確認行為をしています。前方の信号機の色、運転台の計器類の数字、時計や時刻表……。

確認行為の連続で、運転士の視線はあちこちに動きますから、異常を知らせる信号が点灯していても、2~3秒気が付かなかった、ということがあっても不思議ではないのです。

100㎞/hを超える速度で走っていれば、ブレーキ操作の2~3秒の遅れで、停車位置が数十m~100m変わってきます。

もちろん、自動ブレーキが導入されていれば、すべての踏切事故が防げるわけではありません。いわゆる「直前横断」に対しては、自動ブレーキも無力です。

しかし、今回の京急の事故では、遮断機が降りる前からトラックが踏切内に入っていたようです。ようするに、遮断機が降りたと同時に、異常を知らせる信号が最速で点灯したわけ。ですから、もし自動ブレーキがあれば、事故を回避(または被害を軽減)できた可能性は高いでしょう。

デメリット① 自動ブレーキはかえって危険な場合もある

では私は自動ブレーキの導入に手放しで賛成かというと、そうでもないんですね。世の中、メリット尽くしということは、なかなかないものです。

今度は、デメリットを検証していきましょう。

過去には、自動ブレーキが逆にアダとなった事例があります。2017(平成29)年9月10日に発生した、小田急線での沿線火災です。覚えている人も多いと思います。

このときは、線路のすぐそばの建物で火災が発生。列車に危険を知らせるために、踏切の非常ボタンが押されました。それにより異常を知らせる信号が点灯、小田急は自動ブレーキのシステムを導入していたため、列車は強制的に停車しました。

ところが、よりによって火災現場のすぐ横に停車してしまいました。そして、ちょっと手間取っているうちに火が列車に燃え移る事態に。

自動ブレーキではなく手動ブレーキなら、運転士が融通を利かせて火災現場から離れた場所に列車を止めることもできたでしょう。まさしく、自動ブレーキの弱点を衝かれた格好です。

この小田急線での事案は、偶然に偶然が重なったレアケースなので、なんとも言えない部分はあります。しかし、自動ブレーキの弱点を衝かれた実例ですから、「自動ブレーキ不要論」の根拠としては一理あります。

デメリット② 踏切利用者の安全意識の低下

もう一つ、自動ブレーキの導入によって心配なのは、「踏切利用者の安全意識が低下しないか?」ということです。

早い話、「いざとなったら自動ブレーキで列車はちゃんと止まってくれるんでしょ」と利用者が勘違いしてしまう。「だから多少無茶しても大丈夫だよね」と無理な踏切横断の増加につながるのでは、という懸念です。

実際、無茶な踏切横断には各鉄道会社が頭を悩ませているわけで……。

このブログで何度も書いていますが、鉄道の安全とは、鉄道会社だけが頑張るものではなく、国民全体の理解と協力が必要です。

なんでもかんでも鉄道会社がシステムを整えてしまうことで、かえって利用者の安全意識が低下する。踏切利用者の安全意識が低下すれば、今後、もっと大きな事故が引き起こされるかもしれない。それは、じゅうぶんありえる話ではないでしょうか。

自動ブレーキの導入は部分最適かもしれませんが、もっと大きな視点から見たときに、全体最適にはならないかもしれない。そういうことです。

安全対策は合理的な根拠をもとにした議論で

以上、自動ブレーキのメリットとデメリットについて私の考えを書きました。では、自動ブレーキを導入すべきか否か、メリット・デメリットのどちらが大きいのか……私には判断できません。

結局はどちらもリスクをゼロにすることはできないわけで……。あとは、鉄道会社が自らの判断でどちらのリスクを残すか決定し、そのリスクに対してどう対応するかです。

今後、京急が社内でどのような議論をし、どのような決定を下すかはわかりません。しかし、どうしても言っておきたいことが一つ。

鉄道の安全対策とは、合理的な根拠をもとにした議論で決められるべきであって、世論に左右されるべきものではない、ということです。

今回の事故の報道を見て感じたのですが、鉄道のことをよく知らない人が安易なコメントを出す場面が多すぎます。安易だけならまだしも、中には「京急にはATSがない」という間違った報道までありました。

鉄道の専門家ではない人たちですから、仕方ないとは思います。が、テレビや新聞の影響力は絶大ですから、世論の形成に大きく影響します。

鉄道のことをよく知らない人たちが作り出した世論によって、鉄道会社の安全対策が左右されることがあってはなりません。

あくまで私個人の感覚ですが、世論では「自動ブレーキを導入すべきだ」との声が強いように感じます。しかし、京急が合理的な根拠にもとづいて議論を尽くし、「やっぱり自動ブレーキの導入は見送る」と結論付けたのなら、それはそれでよいと思うのです。

鉄道会社が最善の安全対策を行うのは当然の話です。しかし、それと同時に、利用者側も「自動ブレーキを導入すべきでしょ」と叫ぶばかりではなく、自分たちも鉄道の安全を守る意識が必要だと思います。

「踏切は危険な箇所である」との認識をちゃんと持つ。
無理な踏切横断はしない、ヤバいと思ったら非常ボタンを押すことを知っておく。

さらに、今回の事例ならば、道路管理者も適切な道路標識を設置して、トラックの迷い込み(?)を防止する。運送会社も、社員にしっかり教育を施して、適切な踏切横断を促す。

鉄道会社と社会全体、それぞれが安全意識を持ち、協力して安全な鉄道を作り上げていく。それが今回の事故の教訓を活かすということではないでしょうか。

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