現役鉄道マンのブログ 鉄道雑学や就職情報

趣味で鉄道好きな人はもちろん、就職・転職等で鉄道業界に興味がある人もどうぞ! 現役鉄道マンが、鉄道の雑学や裏話を語ります。

車両が水没したのに正常運転!? 過去にもあった車庫への浸水事例

こんにちは、現役鉄道マンのKYSです。

北陸新幹線のE7系・W7系の水没事件を受け、いろいろな鉄道会社で、緊急時の車両避難について対策が論じられているようです。
しかし、プラレールや鉄道模型とは違い、現実の鉄道車両はホイホイと移動させられるものではありません。

同業他社の知り合いに聞いてみても、「ウチの社内でも大騒ぎになってる。しかし現実的にはどう対応すればいいものか……」と困っているようでした。
ウチの会社も含め、どこの鉄道会社も、おそらく頭を悩ませていると思います。

しかし実は、河川の氾濫により車庫が浸水した事例は今回が初めてではありません。
歴史を紐解くと、たとえば45年も前に同様の事象が発生しているのです。

 

1974年・京急での車両水没事故


1974(昭和49)年7月、東京・神奈川を走る京浜急行電鉄
台風の接近により、三浦半島が大雨に襲われ、河川の氾濫が起きて京急の車庫は浸水しました。
今回の北陸新幹線と同じパターンといってよいでしょう。

このときは京急の全車両のうち、約20%が水没したのだとか。
ただし、今回の北陸新幹線では客室の窓まで水位が上がっていましたが、京急の事例では、あくまで床下機器が浸かるだけの水位だったようです。

京急では浸水車両をどうしたかというと、廃車にはせず、修理して使いました。
車庫の水が引くのを待ち、作業場所を確保する。
浸水車両の床下機器を取り外し、水で洗浄→乾燥→動作試験→取付→試運転……という作業を行いました。

ただ、一度水没した機器はやはり完全には元に戻らなかったらしく、運転中に故障が頻発したそうです。
それはそれで、運転士のいい実戦訓練になったようですが。

現代の車両は昔よりも機器が複雑化している


「車両機器って、水没しても乾かして使えるもんなの?」と思うでしょうが、そこには、当時(昭和)と現代(平成~令和)の技術レベルの違いがあります。

昔の鉄道車両は、故障が発生した場合に、その場で運転士がいろいろなスイッチを取り扱うことで対処可能なケースが多々ありました。
いってみれば、現代車両よりも機器や回路が単純だったんですね。
「濡れても乾かせば使えた」のには、そういう背景があったのだと思います。

しかし、現代の鉄道車両には半導体素子などの精密電子部品が使われた、いわゆる「ブラックボックス」の部分が多くあります。
ブラックボックスの部分は、運転士では手の出しようがありません。
そのため、機器故障が発生したときに運転士が処置できる余地は少なく、車両の検査修繕担当やメーカーに診てもらうしかない場合がほとんど。
現場の運転士ができるのは、せいぜい電源の入切によるリセットくらいです。

このように、現代の鉄道車両は部品の電子化が進んでいます。
常識的に考えて、いったん水没してしまえば、乾かしてもダメでしょう。
北陸新幹線の水没車両は、床下機器をすべて廃棄・取替(または廃車)という見解が強まっていますが、そういう理由があるわけです。

車両が水没しても正常運転!? 京急の“職人魂”おそるべし


なお、車両の約20%が水没した京急ですが、なんと翌日の運行はほぼ正常に行ったそうです。
車両には「運用計画」という使用スケジュールがあるのですが、この運用計画を急いで組み直し、なんとか翌日の運行に間に合わせたのだとか。
おそらく減車で対応したと思われますが、運休は1本だけで済んだそうです。


なんという神業……


いや、昔はいわゆる「予備車両」の保有率が高かったという背景はあります。
今はどこの鉄道会社でも、昔より予備車両の数は減っているはずです。
さらに、昔は現代よりも「運休するのは恥」みたいな風潮が強かったという理由もあるでしょう。

それにしても、車両の20%をやられてほぼ正常運転とは……。

京急というと、独自のこだわりを持つ会社として知られています。
「衝突しても脱線しないように先頭車を重く」とか「信号扱いは中央一括扱いではなく駅ごとに扱う」とか。
まあ、京急の「中の人」に話を聞くと、「ウチはカネがないのを根性論で補っているだけです」だそうですが(笑)

車両が水没したにも関わらず、ほぼ正常運転を保った45年前の事例からも、現在につながる京急の“職人魂”が見えてくるような気がします。
やはり、こういうのは昔からの積み重ね・社風と言うほかないと思います。

歴史という学問の意義


今回の北陸新幹線の件と同様に、過去にも台風による河川氾濫で車両が水没した事例を紹介しました。
二つの事例は、諸々の状況や環境が違いますから、「まったく同じこと」ではありません。
しかし、「同じようなこと」ではあります。

この「同じようなことは繰り返す」のが、歴史という学問の存在意義だと思います。
いや、学問の存在意義だとか、ちょっと大げさな言い方をしましたが、ようするに、過去の事象を「他山の石」として検証するということです。

「ウチの職場に置き換えて考えると、今後、同じようなトラブルが発生する可能性はないのか?」
「今回はこういう場所だったが、条件によっては他の場所でも起きるのではないか?」

このように、「歴史から学び、それを将来の予測や対策に活かす」といった作業は、人間だからこそできることです。

過去から現在に至るまで、鉄道にはいろいろな機械やシステムが導入され、安全性を高めてきました。
しかし、その機械やシステムは自然にできたものではなく、痛い目にあった人間が歴史から学んで生み出したものです。

鉄道業界も含め、さまざまな分野で自動化・無人化が進んでいますが、歴史から学ぶことは、機械にはできません。
私も含めた鉄道マンが存在する意味は、ここにあります。

冒頭で述べたように、緊急時の車両避難は大変な課題ですが、今回の北陸新幹線の事例を歴史として捉え、対策を考えていかなければいけませんね。