大きなニュースになったので、ご存知の方も多いでしょう。9時間も車内に閉じ込められた乗客もいたそうです。9時間て……。
今回の立ち往生の原因は、雪によるポイント不転換です。これは、ポイントが雪を噛んでしまって切り替わらなくなる事象です。
鉄道は、ポイントが正方向に切り替わらないと信号が赤のままという仕様になっています。信号が赤のままだと、列車が動けない。先行列車を動かせないまま後続がどんどん詰まっていき、駅間立ち往生につながったわけです。
(→雪によるポイント不転換の詳細は、こちらの記事を参照)
噛んだ雪を除去する作業は意外と困難
ポイント不転換時は、噛んでしまった雪を取り除く処置が必要です。これは人力で行います。
ポイントの雪を除去。そんなに難しくない作業と思うかもしれませんが、「言うは易し、行うは難し」です。
ダイヤがぐちゃぐちゃになり、混乱の極みの中で、係員を手配して現場に向かわせる。現場といっても、大きな駅になるとポイントがたくさんありますから、どのポイントで雪噛みが発生しているかを把握し、正確に現場に向かうのは大変です。故障しているポイントはランプが光って知らせてくれる、みたいにはなっていないので……。
現場に到着。ポイント付近の雪がカチカチに氷結していると、「取り除く」ではなく「叩き割る」と表現した方がいいかもしれません。
噛んだ雪を除去したら、ポイントが正常に転換するかどうか、試験をします。これは現場単独で行うことはできず、指令所や駅の信号扱所と連絡を取りながらの作業です。しかし、ダイヤがぐちゃぐちゃで指令所や駅の信号扱所も大混乱。各所から電話が鳴りっぱなしなので、連絡一つ取るのも容易ではありません。
一つのポイントを処置したと思ったら、今度は他のポイントで不転換が発生。断続的に異常が発生したら、もうどこから手を着けていいかワケわからなくなるでしょう。
これら一連の作業を、吹雪いている中でやるとなったら、さらに難易度が上がります。雪に慣れていない係員ではポイントの復旧作業が進まなかったのも当然で、最終的には乗客を線路に降ろして最寄駅まで歩かせたケースもあったようです。
事前予測や計画運休は難しかったと思われる
今回は運が悪かった面もあり、強風によって架線に支障物が引っ掛かったため、元々ダイヤが乱れていたようです。そこに天候急変で雪が降ってきて、指令の処理能力を超え、にっちもさっちもいかなくなったと思われます。
ネット上では、「こんなことになるなら、さっさと計画運休しときゃよかったのに」という声もありますが、それは無理でしょう。
まず、天候が急変して雪がドバドバ降ってくるのを正確に予測するのは難しい。台風なら進路予測ができるので、事前に運休計画を立てるのは比較的容易ですが、雪でもそれをやれというのはいささか……。ゲリラ豪雨の事前予測が難しいのと似ています。
(というか、予測できないから「ゲリラ」と呼ぶわけで)
おそらくJR西日本は、雪が本格的に降るのは、もう少し後だと予想していたのでしょう。夕方~夜にかけては「舞う」だけであって、「積もる」レベルまではいかないだろうと……。むしろ、翌朝の方を勝負ポイントと見定めていたと思われます。
それに、朝方は天気は悪くなかったので、みんな普通に会社や学校に行っている。この状況で夕方から運休にしたら、帰宅難民が多数出ることは容易に予想できます。運休するにしても、せめて夕通勤は終わらせてから、と判断するのは妥当でしょう。
「本数を減らして運行するべきだった」との意見もありますが、平日の夕通勤で下手に本数を減らすと、逆に危ないです。少ない列車に乗客が殺到し、駅コンコースも密集状態になる可能性が高い。
昨年韓国で、ハロウィン時に多数の若者が密集して動けなくなり、将棋倒しで死者が出た事故がありました。列車本数をキチッと確保するのは、そうした類の事故を防ぐ意味もあります。
ですので、天候の急変によって雪噛みのポイント不転換が発生し、立ち往生が発生したこと自体は仕方ないと考えます。
駅間停車を解消する方法はいろいろある
問題はその先。立ち往生までは仕方ないにしても、長時間乗客を車内に閉じ込めてしまったのは、やはり鉄道会社側の落ち度でしょう。いや、現場の状況を直接見ていない部外者の私が「落ち度でしょう」と断言してよいかは微妙ですが。
しかし、さすがに救済完了までの時間がかかりすぎです。
JR西日本から今回の事象について発表があり、駅間停車した列車の詳細資料も出ています。
1月24日(火)の分岐器転換不能およびお客様の誘導遅れについて
駅間停車してしまった列車をどう捌くかですが、馬鹿正直にポイント不転換の復旧を待つだけでなく、やり方はいろいろあるんですよ。たとえば↓図。
京都駅手前で立ち往生した3494M。こいつは比較的簡単に駅間停車を解消できます。後ろの西大路駅に停車している3496M。こいつをホーム半分ほど後退させます。で、空いたスペースに立ち往生した3494Mを後退させてくればOK。
このように、一駅に2列車を詰めるとか、バック(専門用語では退行運転と呼ぶ)で後方の駅まで戻るとか、方法はあります。ポイント復旧に相当の時間がかかると判明した段階で、迅速にこうした方法へ移行し、駅間停車の本数を減らさなければいけません。
そのあたりの判断や処置が、はたして適切だったのか。
もちろん、これらの取扱いは相当特殊なものなので、制約もあれば、特別な手続きも必要です(そのあたりは専門的な話になるので省略)。ただ、乗客を何時間も車内に閉じ込めてトイレ問題や体調不良を発生させたり、夜・降雪といった悪条件で線路に降ろして駅まで歩かせたりするよりは、遥かにマシだと思います。
経験と要員の不足が今回のようなトラブルを招く?
最後に、今回のトラブルが起きた背景も考えてみます。
私は列車の運行管理を行う指令員の仕事をしているので、ひとつ指令的な目線で言いますと、気象異常時の経験を積む機会が昔より減少している点は挙げられます。
原因は計画運休です。
かつては台風でも計画運休というものはなく、雨や風が運転中止の基準値に達するまでは動かしていました(私もそういう世代の出身)。雪でもそうでした。ダイヤが乱れることはあっても、事前に運休にすることは、あまりなかったと思います。そういうやり方の良し悪しは別として、現場係員は異常時の経験を積むことができました。
「異常時って言うけど、人身事故とか踏切トラブルとか普段から起きるじゃん。そういうので経験は積んでるんじゃないの?」
気象異常時の対応は、それらとは違います。一般の方には難しい話ですが。
一つ例を挙げると、A駅~B駅間が大雨で運転中止になったとします。そちらに対応しているうちに、今度はC駅~D駅間が雨で徐行になり、「C駅~D駅間を運転する乗務員に徐行を伝えなければ」となる。
このように、複数の区間で運転中止と徐行が混在したり、時間差で発生したりするのが気象異常です。ようするに、時間経過によって状況が変化し、あちこちの処理を同時並行的に求められます。それに比べると、人身事故や踏切トラブルは(基本的に)当該現場だけが問題になるのであって、並列処理・時間差・多発という話にはなりにくい。
こうした違いがあるので、気象異常時の対応には独特の難しさがあります。ですので、気象異常時の対応を適切に行えるかは、やはり経験がモノを言うのですが……計画運休が慣例化したことによって、そのへんの経験が不足気味になっているのが、近年の指令(というか鉄道会社)だと思います。
いや、ウチの会社もそうなので、他人事じゃないんですが……。
また、経験値だけではなく、要員も不足しがちなのが近年の鉄道会社です。
雪のときに最も有効なのは人海戦術です。令和の時代にマンパワーが有効とは何事かと思うかもしれませんが、数は正義です。現場の除雪も、最後は結局「人頼み」になります。
しかし近年、鉄道会社が人員削減しているのは、なんとなく想像がつくでしょう。さらに、コロナ禍による経営悪化もあり、人を増やそうという方向には持っていけません。マンパワーが必要な異常時には、どうしても弱くなりがちです。
こうした事情も、今回のようなトラブルが起きてしまう一因だと思います。肝心の解決策は……うーん。これは現場の戦術レベルではなく、会社の戦略レベルの話なので、なんとも難しい問題です。
続きの記事はこちら JR西日本の立ち往生事件から 規定やマニュアルの存在目的とは?
※コメントも多数いただきました。興味がある方は↓ご覧ください。
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