コロナでの売上減少を機に、JR東日本やJR西日本が導入を検討している時間帯別運賃について考察するシリーズの第3回です。
第1~2回の振り返り
まずは簡単に、前回までのおさらいをしましょう。第1~2回をすでに読んだ方は、飛ばしてください。
第1回の記事では、「なぜ鉄道会社は時間帯別運賃を導入したいのか?」を説明しました。
コロナでの鉄道利用減や、少子高齢化・人口減少に伴い、鉄道会社の売上は長期的に下がっていく。それを補うためには値上げが必要。採算性の低いラッシュ時に時間帯別運賃を導入し、売上アップを図りたい。
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第2回の内容は、「時間帯別運賃の導入にあたって、どのような問題が考えられるか?」でした。
ダイヤが乱れると、乗客は、意図せずして時間帯別運賃(割増)が適用される時刻に巻き込まれ、余計に運賃を支払わされるケースが発生するのでは? そういう考察をしました。
今回の記事でも、時間帯別運賃の導入で、どのような課題があるか検証します。テーマは、「ICカードではなく、紙のきっぷにはどう時間帯運賃を適用するか?」です。
本題に入る前に 用語や設定の説明
問題を検証する前に、記事内で使用する用語や設定を定義しておきます。
① ラッシュ時間帯・閑散時間帯の設定
本記事では、ラッシュ時間帯と閑散時間帯を↓のように区切ります。
記事内での例え話などは、すべてこの時間帯区分によって進めます。ご了承ください。
②「ラッシュ時間帯に値上げ」の方針で
一口に時間帯別運賃といっても、考え方は二つあります。「ラッシュ時間帯に値上げする」か「閑散時間帯に値下げする」かです。
時間帯別運賃の目的は、値上げして鉄道会社の売上をアップさせることです。そのため本記事では、「ラッシュ時間帯に値上げ」の方向で話を進めます。
同じ時間帯別運賃でも、「閑散時間帯に値下げ」は売上ダウンになるので、ここでは検証しません。また、「閑散時間帯に利用したらポイント付与」というのも、実質的な値下げですので触れません。
③ 割増運賃と通常運賃
ラッシュ時間帯に通常よりも多くとられる運賃を「割増運賃」、閑散時間帯の運賃を「通常運賃」と呼ぶことにします。
用語や設定の定義は以上です。
紙のきっぷに時間帯別運賃を導入するとどんな問題がある?
時間帯運賃の制度が、ICカードの利用を軸として組み立てられることは、まず間違いありません。鉄道会社としては、将来的に紙のきっぷを廃止したい思惑もあるでしょう。
ただ、そうは言っても、現段階で紙のきっぷを完全に廃止することは難しい。ICカードではなく、券売機で紙のきっぷを買って乗車する場合に、時間帯別運賃をどう適用させるか? この問題は避けて通れないはずです。
一番シンプルなのは、ラッシュ時間帯に券売機で紙のきっぷを買ったら割増運賃が適用される、という仕組みです。割増運賃になるか否かは、券売機できっぷを買う時刻で決まるということ。
一見、この仕組みで何も問題なさそうに思えます。しかし、よく考えると不都合の生じる場面があります。
たとえば、みなさんは東京在住です。
「明日は昼から仙台に出張だ。今日のうちにきっぷ(紙の)を買っておこう」。そう考えて、会社帰りの18時にJRの券売機で、明日の昼に使うきっぷを買いました。ところが、ラッシュ時間帯の18時にきっぷを買ったため、割増運賃を取られました。
「実際に列車に乗るのは明日の昼なのに、割増運賃を取られるのはおかしい」と思いますよね。
きっぷの購入者がいつ乗車するかなんて、券売機には判別できません。ようするに、紙のきっぷは購入してから改札に入るまでにタイムラグがあるため、こういう問題が起きるわけです。
ちなみにICカードには、こういうタイムラグがないですよね。いってみれば、自動改札機にタッチして改札内に入る行為が、きっぷの購入に相当するからです。
解決策の案① 紙のきっぷは24時間固定の値段にする
そういう面倒があるなら、いっそ時間帯別運賃はICカードでの利用に限定して、紙のきっぷは24時間同じ運賃にすれば?
そういう考え方もあります。
実際、ICカードと紙のきっぷで運賃が異なる仕組みは存在します。
たとえばJR東日本では、紙のきっぷなら150円の区間は、ICカード(IC運賃)ならば147円で乗車できます(電車特定区間・山手線内を除く)。
仮に、紙のきっぷを24時間固定運賃にしたら、三種類の運賃が存在することになります。
② ICカードの割増運賃
③ 紙のきっぷの固定運賃
こうなった場合、安い順に①②③と並べる必要があります。たとえば↓のような値段設定はOKです。
② ICカードの割増運賃 149円
③ 紙のきっぷの固定運賃 150円
↓のような値段設定はNGです。
② ICカードの割増運賃 157円
③ 紙のきっぷの固定運賃 150円
なぜNGなのか? IC割増運賃より紙のきっぷが安いのはズルいですよね。そんなことになったら、ラッシュ時間帯に券売機で紙のきっぷを買う人が続出します。そんな紙のきっぷを促進するような施策は、時代に逆行しています。
というわけで、「② ICカードの割増運賃 157円」で整合性を保とうと思ったら、↓のように値段設定する必要があります。
② ICカードの割増運賃 157円
③ 紙のきっぷの固定運賃 160円
これで不公平感がなくなり、万事解決──
じゃねぇぇぇよ!
「ラッシュ時間帯に値上げ」が目的だったのに、紙のきっぷで乗車する人にとっては、「閑散時間帯も値上げ」になってしまいました。こそっと便乗値上げです。キタネーゾコノヤロー。
結局のところ、↓のような値段設定で収めるしかなさそうです。
② ICカードの割増運賃 149円
③ 紙のきっぷの固定運賃 150円
しかし、ラッシュ時間帯の割増運賃って、鉄道会社からすれば10円や20円は余分に取りたいですよね。たったのプラス2円ではどうかなあ……。
解決策の案② 有効期限によって割増運賃か否かを決める
他に何か解決策はないのでしょうか。
「きっぷの有効期限によって、時間帯別運賃を適用するか否かを変える」という案はあるかもしれません。
たとえばJRの場合、営業キロが100キロまでのきっぷは、有効期限が1日(=発売当日のみ有効)です。このような短距離きっぷは、券売機で買ってすぐに使うことがほとんどでしょう。ですので、券売機できっぷを買った時刻が18時だったら割増運賃を適用する。
対して、有効期限が2日以上のきっぷは、18時に券売機で買ったとしても割増運賃を適用しない。
先ほど、翌日の昼に使う「東京→仙台のきっぷ」を18時に購入する例を出しました。東京→仙台は約350キロ。きっぷ(乗車券)の有効期限は3日です。この場合は、18時に券売機で買ったとしても割増運賃を適用しない。
こうすれば、複雑な仕組みを作らなくても、ある程度問題を解消できます。
有効期限が2日以上のきっぷは、それなりに長距離です。鉄道会社からすれば、長距離を乗ってそれなりのカネを払ってくれるわけですから、ありがたいお客さん。それに対する見返りと思えば、割増運賃ナシなのも納得できそうです。
今回の記事はここまでです。
次回はまた別の問題を検証してみます。
続きの記事はこちら 時間帯別運賃の課題(3) 相互直通運転の運賃精算が難しい?