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時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(1)

コロナ騒動を機に、JR東日本JR西日本が検討している時間帯別運賃。これについて考察する第5回です。

当ブログでは、これまで4本の記事を書きました。いずれも、鉄道会社の視点から時間帯別運賃の制度を考えるものでした。

今回の記事では視点を変えて、世の中の会社(企業)側から眺めてみます。具体的には、「時間帯別運賃が導入されたら、企業はどのような対応が必要か?」です。

今回は鉄道ではなく、労働法関連の話がメインです。「鉄道マンにそんな記事が書けるんかい」と思うでしょうが、実は私、社会保険労務士の試験に合格しているので、内容はそれなりに信じてもらって大丈夫です。会社の人事担当者さん、必見です(笑)

時間帯別運賃が導入されたら通勤手当の支給額はどうなる?

時間帯別運賃が導入されたら、ラッシュ時間帯は、定期券利用者からも割増として10~20円を徴収するでしょう。つまり、通勤コストが増大します。

企業が、今まで通り定期券代を従業員に支給するなら、「通勤手当を増額する? しない?」を考えなければいけません。

通勤手当の支給は、一般的に「就業規則」という社内ルールで定められています。しかし、時間帯によって運賃が異なるという前提でルールを決めてある会社は、まずないでしょう。

ですので、時間帯運賃が導入されることになったら、社内ルールの見直しを強いられる会社は少なくないはず。ビジネスチャンスと予想して、すでに準備しているコンサルタントもいるでしょうね。

それはともかくとして……従業員の通勤コストが増えたとき、企業の選択肢は次のどちらかです。

  1. 通勤手当の支給額を増やす
  2. 支給額を増やすとコスト増になるので、何か手を打つ

わずか10円の値上げでも会社のコストは大幅増

まずは、「① 通勤手当の支給額を増やす」から検証しましょう。

具体的には、どれくらいコストが増えてしまうのか? 以下の条件でシミュレーションしてみます。

  • 社員1,000人がすべて鉄道で通勤しており、通勤手当を支給
  • 年間の出勤日数250日(=年間休日115日)
  • 朝夕ラッシュでそれぞれ10円(=1日20円)ずつを余分に取られる

1,000人 × 250日 × 20円 = 500万円

一回の乗車あたり10円の値上げでも、「掛け算効果」で500万円のコスト増になってしまいました。企業側がこれを容認できるか? という話です。

コロナ不景気の現在、これだけのコスト増を無条件でOKできる企業は、そう多くないでしょう。

会社がコスト増を避ける方法は?

企業側がコスト増を嫌がるのであれば、「② 何か手を打つ」を考えるでしょう。私がパッと思いつく施策は、次の二つです。

  • 通勤手当の支給額を「据え置き」にする
  • 始業・終業時刻を変えてラッシュ時間帯を避ける

企業は勝手に就業規則を不利益変更することはできない

まず、通勤手当の支給額を「据え置き」にする方法から考察します。

支給額を据え置きにすれば、時間帯別運賃による割増分(一回の乗車あたり+10~20円)は、従業員が自己負担することになります。つまり、実質的に通勤手当を減額するという方法ですが……これは許されるのでしょうか?

そもそも論ですが、通勤手当の支給は会社側の義務ではありません。法律的には、通勤手当なしでもまったく問題ないのです。「支給されるだけありがたいと思え^^」という類の手当なんですね。

通勤手当のそうした性質を鑑みると、少しぐらい減額したっていいじゃん、という気もします。そもそも支給されるだけありがたい手当なのですから。

しかし、安易に減額するのはNGです。

通勤手当は、社内ルール(就業規則)で支給することを定めると、「賃金」という扱いになります。賃金ということは、支給方法や計算方法のルールを決めておく必要があります。

そして、ルールである以上、簡単に変えることは許されません。企業側がルールを簡単に変えることができたら、従業員の立場が脅かされるからです。

法律では、「会社は一方的に、従業員にとって不利益な方向に就業規則を変更してはダメ」とされています(=労働契約法第9条)。通勤手当の減額は、間違いなく不利益変更に該当します。

「合理的な理由」があれば不利益変更も許される

もっとも、これは程度の問題。
企業側が社内ルールをまったく変えられないとなると、世の中の変化に対応できないなど、都合が悪いこともあります。そこで法律は、「合理的な理由があれば、従業員に不利益な変更も許される」としています(=労働契約法第10条)。

ここで問題になるのが、「合理的な理由があれば」という部分。

実はこれ、明確な基準はありません。たとえば、「賃金は○円または○%までなら勝手に減額してもいい」みたいに具体的な数字が存在するわけではないのです。

会社と従業員が揉めた場合、裁判所が事情を総合的に考慮して「合理的か否か?」を判断します。ようするに、合理的かどうかはケースバイケースということ。

一部社員にのみ自己負担が発生する制度はNG

時間帯別運賃が導入された際、通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分は従業員に自己負担させる。社内ルールをこのように変えることは、合理的な理由があると認められるか?

私見ですが、おそらく合理的とは認められないと考えます。なぜか?

仮に、社内ルールを「割増分は自己負担」に変更したとしましょう。そして、JR東日本だけが時間帯別運賃を導入したとします。

すると、JR東日本で通勤する従業員は自己負担が発生し、その他の鉄道で通勤する従業員は自己負担なし。こういう事態が発生します。ようするに、住んでいる場所や利用路線の違いによって、自己負担のあるなしが分かれるわけです。

住んでいる場所や利用路線は、ある意味不可抗力ですから、そこの違いで自己負担の有無が分かれる制度はおかしい。おそらく、裁判所はそう判断するのではないでしょうか。

【結論】通勤手当を「据え置き」にするのは難しい

通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分(一回の乗車あたり+10~20円)は従業員に自己負担させる。この手法でコスト増を避けるのは、難しいと言わざるをえません。

つまり、時間帯別運賃の割増分は支給せざるをえないので、企業は泣きを見る。

ちなみに、労使がきちんと話し合い、従業員側がルール変更に同意すれば不利益変更もOKです。法律が禁じているのは、「合理的な理由がないのに勝手に不利益変更すること」なので。

さて、もう一つのコスト増を避ける方法、「始業・終業時刻を変えてラッシュ時間帯を避ける」は次回の記事で検証します。

続きの記事はこちら 時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(2)

(2020/8/18)

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