前回の記事から、「運転士になるまでの道のり」を解説するシリーズを始めました。運転士になるまでには、以下の4ステップを踏むと書きました。
- 学科講習
- 学科試験
- 実車講習
- 実車試験
しかし厳密に言うと、実は「ステップ0」とでも呼ぶべき段階があります。どういうことかというと、そもそも運転士の候補生に選ばれなければいけないのです。
ある程度選抜された人間だけが「候補生」になれる
駅員と車掌を合計数年経験して、ようやく運転士に挑戦するチャンスが巡ってくるのですが、このチャンスは誰にでも与えられるものではないのです。会社側には「今回の運転士養成は○人」と計画があるので、「運転士になりたい」という希望者が多ければ、ふるいにかける必要があります。
ようするに、人数の都合があるので、運転士候補生はある程度の選抜をするのです。希望すれば誰でも運転士になれるわけではありません。
では、どのような基準で選抜するのか?
まずは勤務成績です。
駅員・車掌時代に、ロクでもない仕事ばかりしていたのでは、運転士候補生に選ばれるのは難しいでしょう。運転士は花形の仕事ですから、ある程度は優秀な人を選抜するべきですよね。
それから適性検査。
運転士になるためには、定められた適性検査をクリアする必要があります。代表的なものがクレペリンと呼ばれる検査です。
クレペリンに関する記事はこちら→クレペリンとは? 鉄道マン志望なら避けられない検査
さらには経験年数。
車掌としての経験年数が長ければ、「そろそろアイツにも運転士をやらせないとな」との社内力学が働いて、声がかかりやすくなるでしょう。
そして、本人の意欲も大切です。
「運転士になりたい」と希望する社員に対し、上司が面接などをします。もし、ヤル気がない人材を推薦してしまい、運転士養成の途中で「コイツはダメだ」となったら、上司の面目は丸潰れ。そのため、上司も「コイツなら大丈夫だ」と判断した人間を運転士養成に送り込みます。
このように、そもそも運転士候補生に選ばれるためには、総合的に考慮して一定の基準を満たす必要があるわけです。
私の時代は「行ってこい」の一方的な命令で終わり
……というのが本来あるべき姿なのですが、私が運転士になった一昔前の時代は、けっこういい加減なものでした。
私の場合は、運転士養成が始まる数ヶ月前に上司に呼ばれて、「お前、今度の運転士の研修行ってこい」。それで終わりでした(笑) こっちの希望を聞いたり、面接したりなんてこともなく、一方的な命令だけ。
ウソのような本当の話。
もっとも、人事絡みの話ですから雑に人選していたはずはなく、「コイツなら大丈夫だな」と総合的に判断して声を掛けてきたはずですが。
あと聞いたのは、「教習所に入る前に試験があるから勉強しとけ」くらい。これを入所前試験と呼ぶのですが、この試験は難しいものではなく、日々の業務をまともにやっていれば楽勝です。一応の儀式みたいなものです。
運転士になりたくない人間も少なくなかった
このように、「行ってこい」の一方的な命令で運転士養成に“放り込まれた”人間も少なくなかったため、中には嫌々ながらの人もいました。「俺は車掌のままがいい、運転士なんて責任重そうだからやりたくない」というわけです。
もしかすると読者のみなさんは、鉄道会社に現業職で入る人間は、「鉄道が好き」「運転士になりたい」という人ばかりだと想像しているかもしれませんが、そうでもないんですね。他に就職先がなかった・数ある選択肢の一つとして選んだだけという人も多いのです。
今でもよく覚えているのですが、研修初日、担当講師が私たちに向けてこんな質問をしました。
「運転士なんてなりたくないと思っているやつ、正直に手を挙げてみろ」
私のクラスは約30人だったのですが、そのうち10人ほどは手を挙げていました。これは酷い(笑) ちなみに私は、運転士の仕事に憧れて鉄道会社に入った人間なので、ヤル気満々でしたけど。
一昔前の鉄道会社には、こんないい加減なところもありました。いや、ウチの会社だけかもしれないですが……。
いまの時代は社員も選抜方法もキッチリしている
現在では、私の時代のようないい加減なことは少なくなったと思います。先ほど述べたように、勤務成績や適性検査、本人の意欲などを考慮したうえで、上司がしっかり面接をする。そうやって慎重な手続きを経て人選し、教習所に送り込んでいます。
後輩を見ていても、真面目でヤル気のある人間ばかりです。そのため、「運転士になりたい!」と熱望している人が選抜で漏れてしまうこともあります。
そういう後輩がガッカリしているのを見ると、なんともいえない気持ちになりますね……。私のときは「運転士なんてヤダ」という人も教習所に送り込まれていたわけですから。
ある意味、私の時代は恵まれていたんだなあと思います。今の若い社員は、本当に大変な思いをしているように見えます。就職戦線で過酷な競争を強いられ、入社してからも競争に晒される。
時代の流れと言えばそれまでかもしれませんが……。
今回の記事はここまでです。