2024(令和6)年5月11~12日、東京メトロ東西線で、非常に珍しい光景が見られました。
東西線では線路切替工事のため、一部区間が終日運休になりました。その関係で西葛西~葛西駅間では、複線のうち、片側の線路だけを使った折り返しピストン輸送が行われたのです。
これと同じような扱いが、3月に名古屋鉄道でも見られました。中部国際空港~常滑駅間で、故障で動けなくなった車両が片線を塞いでしまったため、もう片線を使ってのピストン輸送をしたのです。
まあ東京メトロの方は、工事に伴う計画的実施であるのに対し、名古屋鉄道のケースは車両故障 = 完全にイレギュラーなものという違いはありますが。
信号設備は逆線運転やバックには対応していない
こういった場合に問題になるのが、信号設備です。鉄道の信号設備は、決められた方向に対し、前だけに進むものという前提で作られています。今回のような逆線運転や、あるいはバック(=専門用語では退行運転と呼ぶ)といった想定外には対応できません。
信号設備とは、簡単に言えば「列車同士の衝突を防ぐための設備」です。信号設備が正常に稼働していることで、列車同士がぶつからずに運行できるとの担保が取れるのですね。
逆に言うと、信号設備が使えないときには「衝突を防ぐための担保」が取れません。というわけで、何か別の方法で「衝突を防ぐための担保」を取る必要があります。
信号設備の代わりに「人の手による取扱い」で運行する
信号設備が使えない場合は、原始的ですが人の手で対応します。
衝突防止の担保を取る行為は、通常は信号設備が自動でやってくれます。ところが、信号設備は機械ですから故障することがありえます。あるいは今回のように、信号設備に対応しない形で運行することもある。
その際、まったくお手上げ、運行できませ~んでは困りますよね。そこで鉄道会社では、「信号設備の代わりに人の手で担保を取る方法」を定めています。
現場の鉄道マンが、ルールで決められた手続き・取扱いを行うことによって、衝突を防ぐための担保を取り、安全に列車を運行できるものです。
ようするに、列車衝突を防ぐための担保を取る方法は ①信号設備によるもの ②人の手による取扱い という二段構えになっているのですね。
人の手による取扱いで安全を確保する。これは方法論がいろいろあります。専門的になるので詳細は省きますが、今回の東京メトロでは、スタフ閉そく式と呼ばれる方法を用いていました。名古屋鉄道では、指導通信式を使っていました。会社や線区によって状況が違うので、それに適したものを採用します。
ただし、スタフ閉そく式やら指導通信式やらは、完全に人間の注意力だけで行う取扱いなので、ヒューマンエラーによるミスを排除しきれません。ミスがあれば、列車同士の衝突という最悪の事態が起きかねない。
現場の鉄道マンも「怖えぇー」と理解しているので、手続き・取扱いは慎重にならざるをえません。つまり時間がかかります。そのため、どうしても列車本数が少なくなってしまうのですが、そこは勘弁してください。
人の手による取扱いに切り替えることは相当珍しい
信号設備が使えない場合には、人の手による取扱いに切り替える、と書きました。では信号設備故障が起きた場合に、乗客の足を確保するために即座に切り替えるかというと……近年ではまず行われません。
昔は、けっこうやっていたみたいですけどね。せいぜい平成前期まででしょうか。
これは理由があって、人の手による取扱いに切り替えるのは、なんやかんやで手間や時間がかかります(さらに先ほど書いたように、ヒューマンエラーの問題もある)。それをやるよりは、信号設備を修理して復旧するのを待った方が、結局はトータルで得やん、という考えです。
たとえば災害で複線の片方がぶっ壊れたとか、今回の東京メトロのように工事を伴うものとか、ようするに「しばらくは元に戻る見込みナシで確定」という状況でないと、人の手による取扱いには切り替えません。数時間程度の運転見合わせでは、まずないと思ってください。
いやね、そりゃ鉄道会社側の都合であって、顧客不在の体質だろと言われれば、返す言葉がないですが(笑)
信楽高原鐵道の列車衝突事故の影響も大きい
今回の記事は、信号設備または人の手で「衝突を防ぐための担保」を取る、というテーマでした。この関係でもっとも有名なのが、1991(平成3)年に起きた信楽高原鐵道の列車衝突事故です。
非常に有名な事故ですが、30年以上前なので、知らない人も増えてきたかもしれません。ネット検索すれば、目を疑うような凄まじい現場写真が出てきます。
当時の信楽高原鐵道では、信号設備を利用して衝突防止の担保を取っていました。ところが事故当日、信号設備に不具合が出たため、人の手による方法に切り替えます。しかし、必要な手続きを完了させず衝突防止の担保が取れていないまま列車を動かした。それで実際に列車が衝突してしまったのが、この事故です。
「近年、数時間程度の信号設備故障では、人の手による取扱いに切り替えることはまずない」と先ほど書きましたが、そのへんの事情は信楽事故の影響が少なくないです。
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