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知床遊覧船の沈没事故 調査報告書が公表される(1)

2022(令和4)年4月に起きた、知床遊覧船の沈没事故を憶えているでしょうか。

鉄道・船舶・航空機で事故が起きると、運輸安全委員会という組織が調査を行い、報告書を作ります。このたび、知床遊覧船事故の報告書が公表されました。

概要 | 船舶 | 運輸安全委員会

私の勤める鉄道とは違う乗り物ですが、今回は、この報告書を読んだ感想を書きます。記事の中心となるテーマは、社員への教育です。

KAZU I(カズワン)が沈没したメカニズム

沈没したのは、有限会社知床遊覧船が所有するKAZU I(カズワン)です。KAZU Iが沈没に至ったメカニズムですが、ものすごくザックリ説明すると、

  1. 運航中に、船首甲板部のハッチが開いてしまった
  2. 現場海域は天気が荒れて高波だったため、開いたハッチから船内に海水が入り込み続けた
  3. 入り込んだ海水の重みで浮力を失い、沈没した

運輸安全委員会の調査報告書から抜粋

運輸安全委員会の調査報告書から抜粋

このように推測されています。高波で横転したとか、何かに衝突して船体破損したとか、そういう原因ではない模様。

もっとも、ハッチから海水が入り込んだために沈没したと「断定」されたわけではないです。あくまで「可能性が高い」というだけであって。実際のところどうだったかは、もはや解明しようがありません。

元船長は運航基準を知らなかった!

沈没のメカニズムはこれくらいにして、ここからは、会社の管理体制の話。

この事故で大きく批判されたのが、「天候悪化が予想されていたにもかかわらず、出航させたこと」です。

なぜ、天候悪化が予想されていたのに出航したのか? 私は報告書を読むまでは、「予報では風や波がヤバそうだけど、まぁ大丈夫だろう。出航!」という、いわゆる正常性バイアスによるものだと思っていました。

ところが、読み進めていくうちに、どうも違う気がしてきて……。

今回の報告書には、KAZU Iの元船長前船長という二人が登場します。二人はすでに退職していますが、当該船舶や会社の事情を知っている人物なので、聴取の対象になっているわけ。

で、元船長に関して、以下の記述がありました。

会社が安全管理規程や運航基準を定めていたことを把握しておらず、運航の可否判断の基準となる風速や波高も知らなかったと口述している。
(報告書94Pから引用)

この会社には運航基準というルールが存在し、その中で、風速8m/s以上または波高1.0m以上に達するおそれのある場合は、発航を中止しなければいけない決まりになっていました。

しかし、元船長は、それを知らなかったと言っているのです。

これは大問題です。なぜか? ──この会社のルールでは、どれくらいの風速や波高で運航を中止するか、つまり出航の可否は、船長が判断することになっていました。

(運航の可否判断)
第24条 船長は、適時、運航の可否判断を行い、気象・海象が一定の条件に達したと認めるとき又は達するおそれがあると認めるときは、運航中止の措置をとらなければならない。

(報告書88~89Pから引用)

つまり──気象・海象条件によっては運航中止の判断を下すべき船長が、その判断基準となる数字を知らなかったということ。オイッ! 数字を知らなくて、どうやって運航する or しないの判断をするんだ。

会社として、船長にキチンとした教育を行なっていたのか、極めて疑わしい。

もっとも、運航基準を知らなかったのは、元船長の話。もしかしたら、事故で亡くなった船長は、運航基準の存在や、運航中止は風速8m/s以上・波高1.0m以上といった数字を把握していたかもしれません。当人が亡くなっている以上、そこは永遠に謎ですが。

ただ、個人的には、亡くなった船長が基準を把握していた可能性は低いと考えます。

というわけで、「風や波の予報数値がヤバいけど大丈夫だろう」との正常性バイアスによって無理な出航をしたのではなく、そもそも数字を知らなかったために、適切な判断ができなかったのでは? というのが、私の受けた印象です。

発航の判断や必要な教育を「他社に依存」していた知床遊覧船

では知床遊覧船、出航する or しないの判断は、どのように行なっていたのか? これについては、知床遊覧船の社長が次のように述べています。

現場では、同業他社の船長等と相談して出航等の判断をする体制ができていたので、本船の運航については、船長の判断に任せておけばよいと思った。
(報告書76Pから引用)

同じ地域の同業他社と相談して出航判断。情報交換や協力体制は必要だと思いますが、他社との相談内容が、判断の「参考」ではなく「本命」になったらおかしいのでは。

これについては、同じ場所で同じ遊覧船事業を営むことから、他社との垣根がなかった(悪く言えば曖昧)のかもしれません。そのへんの現場の空気感は、業界外の私にはわかりませんが。

しかし、他社との相談が前提になっているのでは、他社が運航しない日や、将来的に他社が廃業した場合はどうするのか。

実際、事故の当日、同業他社は観光船の運航を開始していませんでした。そのため、事故を起こした船長は他社からの情報を得られず、不適切な判断によって運航継続してしまった可能性は指摘されています。

なお、当日朝、他社の社員が天気予報を確認したうえで、船長に「今日は行ったらだめだぞ」と忠告したようですが……。

運航判断の他にも、知床遊覧船は他社依存をしています。社長は、船長への教育について、次のように述べています。

令和3年の運航開始前、本船船長を含む2人の船長への教育について、同業他社の船長に対し、本船に同乗して航路状況等に関する教育を実施するよう依頼したと口述している。
(報告書94Pから引用)

世の中には確かに、外部機関に委託する研修等もあります。他社との合同訓練も、大いに結構です。が、自社船の航路状況等に関する教育は、社外に依頼する筋合いのものではないでしょう。

なぜかというと、自社の運航体制が、他社の動向に左右されることになるからです。そんなバカな話はない。先ほども書いたように、他社が運航しない日や、将来的に廃業した場合にどうするのでしょうか。

教育体制が社内に存在していなかったと思われる

  • 元船長が、運航判断に関する数字を知らなかった
  • 出航する or しないの判断は、他社と相談して決めていた
  • 必要な教育が、社外の人間によって行われていた

こうした事実からは、社員に対して必要な教育が行われておらず、「会社としての教育体制」が備わっていなかったことが窺えます。

これを以て「ロクな教育体制を整えていない知床遊覧船はクソ。安全意識が低い」と叩くのは簡単です。が、問題は、「なぜそのような状況に陥ったか?」という背景です。その分析こそが、同様の事故の再発防止には大切でしょう。

報告書では、かつて勤めていたベテラン船長たちの退職(雇止め)によって、経験豊富な社員がいなくなったことが触れられていました。

本件会社には、令和2年に船長経験者等を雇止めとしたことにより、後進を指導できるだけの能力を有する経験豊富な船長等の人材がいなくなった。そのため、本船船長及び新たに採用された3人の船長は、社内で十分な教育・訓練を受ける機会を得られなかったものと考えられる。
(報告書152Pから引用)

しかし、ベテランの退職は、どんな業界・会社でも必ず起きること。それを乗り越えて安全運航(運行)をキチンと行える会社と、行えない会社。両者は何が違うのか?

そこから先は、業界の事情(たとえば人材の流動性)や慣習、もっと言えば「空気」のようなものも絡んでくると思うので、鉄道マンの私が分析するのは難しいですが……。

今回の記事は、ここまでです。次回は、別の視点で記事を書いてみます。↓関連記事からどうぞ。

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