現役鉄道マンのブログ 鉄道雑学や就職情報

鉄道関係の記事が約470。鉄道好きや、鉄道業界に就職したい人は必見! ヒマ潰しにも最適

知床遊覧船の沈没事故 調査報告書が公表される(2)

2022(令和4)年に発生した知床遊覧船の沈没事故について、運輸安全委員会の報告書が公表されています。

概要 | 船舶 | 運輸安全委員会

実はこの事故については、よく当ブログにコメントをくださるTakamasa Nakagawaさんから、いろいろ教えていただいたことがあります。そこで得た知識を基に、今回の記事を展開していきます。

事故のあとに大切なのは、いかに再発防止を図るかですが、そのあたりについて思うところを書いてみます。

船舶は他業界以上に安全に関して敏感であるべき

まず認識しておかなければいけないのが、「船舶は他の乗り物業界以上に、安全に関して敏感であるべき」ということです。

私の働く鉄道は、何かあったら列車を止めれば大丈夫です。「とりあえず列車を止めれば安全」が合い言葉になっています。そのため、気象悪化が予測されるケースでも、最初は動かして → 天気がヤバくなったら止める、という方法が可能です。

これに対して、船は「止まれば安全」とはいきません。荒天に遭遇したから停船させたところで、安全な状態には全然ならない。

ちなみに、航空機も「止まれば安全」はまったく当てはまりませんね。止まったら墜落しますから。

だからこそ、船舶や航空機は、事前の気象予測や運航の可否判断が大事になるわけです。「とりあえず動かして、ヤバくなったらそのときはそのとき」という方法は無理。

また、トラブル発生時の救援(救助)も、鉄道と船とでは難易度が大きく違います。

鉄道の場合、道路の近くに位置することが多いため、トラブル現場に駆けつけることは比較的容易です(山中の路線だと大変ですが)。

これに対し、船が遭難した場合は、まず現場に着くまでが一苦労。救助の船やヘリコプターを手配するのも簡単ではない。知床遊覧船のように沈没した場合は、目標物がないので、ますます大変。「現場に着く」ではなくて「現場を捜す」ところから始めないといけません。

さらに、鉄道では、最悪でも乗客を線路に降ろして最寄駅まで避難誘導する方法があります。船でそれが不可能なのは、言うまでもありません。

──以上のように、乗客の安全確保について、船舶は非常に高いレベルが求められます。ところが、知床観光船の安全レベルはお粗末なものでした。

悪条件が多い中で安全を確保しなければいけない

ただし、これは社員の安全意識が低かったこともあるでしょうが、知床特有の事情や、遊覧船という業態の背景も、いろいろ影響を及ぼしていると思われます。いくつか挙げてみます。

  1. 売上の確保が簡単ではない

    知床は、冬は凍結するので遊覧船が出せないそうです。つまり、稼げる期間が1年のうちで限られている。加えて、コロナ禍で観光客が激減しました。報告書にも、「コロナ禍になって売上は以前の3分の1」との記述があります。会社活動のすべての源となる売上を失えば、当然、いろいろなところで支障が出ます。

  2. 社員の育成が難しい

    遊覧船の仕事は基本日帰りなので、手当がつかないそうです。つまり給与が低い。給与が低ければ人は来ないし、定着もしにくいです。社員に経験を積ませて育成するという、最も基本的なことが難しい。係員の能力を高レベルで維持する必要があるにもかかわらず、です。事故を起こした船長にしても、経験不足が指摘されていました。

  3. 燃料費の高騰

    ご存知のように、燃料費が高騰しています。売上減 + 経費増のダブルパンチで利益は圧迫され、安全投資へ回せるカネも削られます。ちなみに、個人事業主が多い漁業者に対しては、農林水産省の「漁業経営セーフティーネット構築事業」で燃油補助があります。しかし、国土交通省管轄 & 会社組織の遊覧船事業には、そうした支援はないそうです。

  4. 不備や故障の対応も手間がかかる

    船の場合、不備や故障の対応も一筋縄ではいかないそうです。修理の内容によっては、遠方のドッグまで回航する必要がありますが、その間は(当然)運休になってしまいます。ドッグが空いていないこともあり、その場合は空くまで待つしかない。

これだけ大変な事情がある中で、安全を確保しなければならない苦労は、並大抵ではないでしょう。悪条件だらけの点については、正直、同情します。

(だからと言って、事故を起こしてよい理由には全然なりませんが。知床観光船は、事故を複数回起こし、運輸局の特別監査も受けています。そのうえで指導を無視するなど、悪質極まりないです)

抜本的な対策強化が行えるかは疑問に感じる

以上のように、「他業界以上に高い安全レベルが求められる」にもかかわらず、「いろいろな悪条件」のために、実現が大変な面はあると思います。そうした中で、今後はどのように再発防止(安全確保)を図っていくか?

監査や罰則の強化、係員の能力担保のための制度導入(試験とか)などが、考えられる方法です。

確かに、これらの施策によって、安全意識の低下やモラルハザードに一定の歯止めをかけることはできると思います。が、先ほど挙げたような「会社を取り巻く条件そのもの」が改善するわけではない。人手不足が解消し、カネ回りが良くなって設備レベルが向上することは期待できません。

また、海域によって、安全運航に必要な技術や知識(=どの地点でどういう風や波に注意するか、注意すべき地形 etc)は異なるはずです。そのため、監査や試験をする側が、「この事業者は必要な能力を本当に備えているのか?」という判断を適切に下せるかは、疑問が残ります。

「法令遵守をしている = 必要な能力を備えている」とは限らないのも難しいところ。

これら諸々の事情から考えると、現在の状態から、どれだけ抜本的な対策強化がなされるかは、あまり期待しない方がよい気がします。外部からの作用ではなく、事業者のガバナンスや、係員個人の能力に頼らざるをえないと。

実際、知床遊覧船でも、会社としての教育・管理体制など存在せず、安全運航は係員個人の能力次第でした。現在、もし同じような状態の事業者があったとして、それが即座に改善するでしょうか。

利用者側にも自衛の意識が求められるかも

こうなると、利用する側にも、自衛の意識が必要かもしれません。日本人には馴染まない感覚かもしれませんが。

「君子危うきに近づかず」が危機管理の基本です。ただ、何が「危うき」なのかを知らないと、「近づかず」は実行できません。利用者への情報提供として、行政処分や指導事項の公表が行われた場合は、そうしたものにも目を通しておくとか。

少なくとも、何かの事故に巻き込まれたあとに、「そんな危ない事業者だったなんて知らなかった」とはならないようにしたいものです。

また、利用者の目が厳しくなれば、それが事業者に対するプレッシャーになり、改善につながる可能性もあります。

記事は以上になります。業界外の人間が書いたので、的外れな部分があるかもしれませんが、指摘をいただけると幸いです。

関連記事

知床遊覧船の沈没事故 調査報告書が公表される(1)


JRの2021年度決算から 「カネの切れ目が安全の切れ目」にならないか心配


→ 鉄道ニュース 記事一覧のページへ


⇒ トップページへ