現役鉄道マンのブログ 鉄道雑学や就職情報

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京浜急行の脱線事故(2) どのくらい手前でブレーキをかけたのか?

こんばんは、現役鉄道マンのKYSです。

昨日の記事では、9月5日に発生した京浜急行の脱線事故について書きましたが、今回も引き続き、関連の記事です。

どうも昨日あたりから、「運転士は、踏切の手前どのくらいの位置でブレーキをかけたのか?」が焦点になってきているようです。
この点について、私の考察を書きたいと思います。

あ、ちなみに、ニュースやワイドショーではたびたび「ブレーキを踏んだ」という表現がされていますが、列車のブレーキは車みたいにペダルを踏むものではありません。
ブレーキハンドルを手で操作するものです。蛇足情報ですが一応。

 

「ブレーキ距離」の計算式とは


まずは結論から書きます。
あくまで私の勝手な推測にすぎませんが、具体的な数字を出します。

今回の事故、運転士が異常を認識したのは、踏切手前420mくらいではないでしょうか。
実際に車両にブレーキが効き始めたのは、踏切手前350mくらいかと。
そして、トラックと衝突したときの列車の速度は57km/h前後と推測します。

運転士になるときの学科教習で、「運転理論」という科目があります。
その中で、いわゆる「ブレーキ距離」の算出方法を勉強します。
そのときの知識に基づいた推測です。

ブレーキ距離とは、「何km/hで走っているときにどれくらいの強さのブレーキをかけたら、停止するまで何mかかる?」というもので、次の数式で算出します。

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ただし、これはあくまで机上の計算であって、現実はもっと複雑です。
勾配抵抗(上り坂・下り坂)、曲線抵抗、雨や風、乗客数など、ブレーキに影響を与える要素は多々あるからです。
しかし、今回は状況的にこれらの影響を大きく受けていないように見えるので、ひとまずは無視して話を進めます。

今回の場合は停止まで500mは必要


今回脱線した京急の車両は、非常ブレーキを使ったときに1秒間に4.5km/h減速する(減速度4.5km/h/s)スペックだそうです。

この車両が120km/hで走っている場合、ブレーキをかけてから停止するまで何m必要なのか?
さきほどの数式に当てはめて答えを出すと、444.4mです。

ただ、これは実際にブレーキが効き始めてから止まるまでの距離。
現実には、いわゆる「空走距離」があります。

  1. 「異常を知らせる信号」が運転士の目に入る
  2. 「あっヤバイ!」と認識する
  3. ブレーキ操作を行う
  4. 車両が反応して実際にブレーキが効き始める


この間、早くても2秒はかかりますね。
特に、「信号を見て→ヤバイと認識する」のが即座にできるとは限らず、「おっ? おっ? 何か信号光ってる?」なんてやっていたら、3~4秒はあっという間に経ってしまいます。

120km/hとは、秒速に直せば33.3m/s。
空走時間を仮に2秒とすれば、66mが空走距離ということになります。

ということで、ブレーキ距離444mに空走距離(仮に66m)を足せば510m
ニュースやワイドショーでも、専門家が「120km/hから停止するには500~600mは必要」と言っていますが、こういう理屈なのですね。

衝突時の速度の考察


さて、先ほど「衝突時の速度は57km/h前後だったのでは」との推測を書きました。

今回の事故では、トラックと衝突した後、列車は90mほど進んで止まっています。
あのような惨状になっているわけですから、ある程度スピードを保った状態で衝突したわけです。
20~30km/hで衝突したのなら、あんな惨状にはなりません。

いったい、何km/hくらいで衝突したのでしょうか?

衝突後にも90mほど列車が進んだと書きましたが、この90mという距離は、54km/hから非常ブレーキをかけて止まる距離です。
(=54km/hで走っているときに非常ブレーキをかければ90mで止まる)

もちろん実際には、トラックとぶつかれば大きな抵抗を受けるので、それだけ早く止まるでしょう。
また、脱線してバラスト(線路の砂利)の上を車輪が走れば、抵抗が大きくなるので、やはり早く止まると思われます。

そういう要素があるので、衝突時の速度がどうだったかは推測が難しいですが、54km/hという数字から大きく逸脱しているとも考えにくいです。

トラックにぶつかった抵抗を考えると、衝突時は54km/hよりは速かったのではないかなあと……。
また、60km/hで衝突したとすると、90mで止まるのは微妙に早い気がします。
ですので、間を取って57km/hくらいと推測する次第です。

実際の被害状況を見ても、当たらずとも遠からずの数字ではないかと思います。
40km/hでぶつかったにしては被害が大きすぎます。
逆に、80km/hなどでぶつかっていたら、衝突地点からもっと進んでいるはずです。

ブレーキをかけた地点の考察


120km/hでの走行中に非常ブレーキをかけ、57km/hまでスピードが落ちたときに衝突した。
このとき、進んだ距離は354.4mになります。
(先ほどの数式に当てはめます)

そして実際には、空走距離(運転士が異常を認識してからブレーキがかかり始めるまで)があります。
2秒の空走時間があったと仮定して、33m×2秒=66mをプラスする。

すると420mという数字が出てきます。
だいたい、踏切手前このくらいの地点で運転士は「ヤバイ!」と認識したのでは、というのが私の(勝手な)推測です。

先ほども述べましたが、車両の性能的に、最高速度からでも510mあれば止まれそうですから、あと90m早く気付いていれば……。
また、衝突は不可避だったとしても、衝突時に30km/hくらいだったならば、もう少し被害は少なかったはず。
計算上では、あと60m手前、つまり踏切手前480mあたりで気づいていれば、30km/hくらいまで落とせます。

運転中は確認行為の連続


ただ、これらは結果論です。
後からなら、いくらでもケチはつけれます。

異常を知らせる信号が表示されていても、「あれ? 信号光ってる?」と確認のために目を凝らせば、あっという間に2~3秒経過します。
120km/hで走っていれば、3秒で100m進みますから、たった1~2秒の遅れで“最終防衛ライン”を越えてしまったりします。

また、運転士は運転中にいろいろなものを確認しなければなりません。

前方の線路に異常がないか、信号機(異常を知らせる信号ではなく通常の信号機)の色は何か。
また、運転台の各種機器の数字に異常はないか。
さらには、時計を見て時間通りに走れているか確認したり、駅の停車・通過を確認するために時刻表を見たり……。

運転中というのは、「確認行為の連続」なのです。

そういった中で、状況認識がわずかに遅れたからといって厳しく断罪するとしたら、それは運転士にとってあまりに酷というものです。

ですから、運転士のそういった負担を軽減するためにも、適切なシステムの導入が望ましいわけです。
たとえば、「京急も自動ブレーキを導入するべきだ」との声がありますよね。
というわけで、次回の記事では、自動ブレーキの導入の是非について書きたいと思います。