「今にして思えば、昔は無茶苦茶やってたなぁ~」なんてことは、どんな業界にもあると思いますが(笑) 今回の記事は、鉄道業界の昔話です。
具体的には、昔は駅での停車時間が極端に短いことがあった、という内容です。
列車が停まってから動き出すまでが「駅での停車時間」
本日のテーマは「駅での停車時間」です。列車は、お客さんを乗り降りさせるために駅に停まるので、当然、停車時間はどれくらいか? という話が出てきます。
──そもそもですが、「駅での停車時間」の定義は何でしょうか。図で示すと、↓のようになります。
列車がホームに停まった瞬間 ~ 列車がホームから動き出した瞬間。これが停車時間です。
ここで注意してほしいのは、停車時間とは「ドアを開けている時間」ではない、ということです。図で示すと……
当然ですが、列車がホームに停まった瞬間にドアは開きませんよね。駅に到着してドアが開くまでには、若干のタイムラグがあります。
また、列車がホームから動き出す数秒前には、ドアが閉じられます。
したがって、ドアが開いている時間は、停車時間よりもいくらか短くなります。
駅での停車時間が15~20秒!? それは無理っ!
という前提知識を踏まえて、昔話を聞いてください。昔の鉄道は、ずいぶん無茶やっていたなぁ、と感じるはずです。
駅での停車時間が20秒とか、もっと酷いと15秒なんて設定の列車もあった
- 列車がホームに停まる
- ドアを開ける
- お客さんが乗降
- ドアを閉める
- 列車が動き出す
停車時間15秒だとしたら、1~5までを15秒で片付けろということです。
それは無理ゲーだわ
停車時間15秒を忠実に守ろうと思ったら、ドアが開いている時間(=お客さんが乗降できる時間)は数秒です。
バスなんかだと、「お降りのお客さまは、バスが停まってから席をお立ちください」と案内されますよね。しかし、鉄道で「停まってから~」をやっていたら、もう絶対に15秒は不可能。降りる人は、あらかじめドアの前で待っていてもらわないと。
遅延が発生することを前提でダイヤ設定していた
もっとも、ダイヤを作る側も、本当に15秒停車が実現できると思っているわけではありません。遅延が発生するのを承知で、余裕のない15秒とか20秒とかの停車時間を設定しています。
では、駅で生じた遅れはどこで取り戻すかというと、運転です。運転士が頑張ってスピードを出して運転することで、帳尻を合わせます。いわゆる回復運転というやつですね。
2005(平成17)年に発生した福知山線脱線事故の以前は、こうした余裕のないダイヤ・回復運転を前提としたダイヤが普通にありました。JR西日本は、並行する私鉄との競争に勝つため、速さを過剰に追求したダイヤを組んでいた → それが運転士にプレッシャーを与えたのでは? といった論調があったことを憶えている人も多いと思います。
まあ一応言っておくと、JR西日本だけがそういうことをやっていたわけではないです。程度の差はあれ、他の鉄道会社でも同じことをしていました。
福知山線事故後は、鉄道各社は運転に余裕のあるダイヤを組むようになりました。令和の現代では、停車時間が極端に短い設定や、回復運転が前提のダイヤは、ほとんど目にすることができなくなったと言ってよいでしょう。
遅れ回復にやりがいを感じる運転士もいる
もっとも、回復運転前提の余裕のないダイヤを、運転士みんなが嫌がるかというと、そうでもなくて……
実は、少なからずいる(いた)んですよ。列車が遅延すると、「定時に戻してやる!」と燃える運転士が。信号や制限速度を遵守しつつ、いかに運転を工夫して時間を縮めるか? そういうところに仕事のやりがいや面白さを感じるわけです。
かくいう私も、そういうタイプの運転士でした。やっぱり、お客さんを時間通り駅に到着させてあげたいという気持ちがありまして。
遅れを回復しようといろいろ試行錯誤する中で、運転士としての技量が磨かれた面は確実にあります。そして、回復運転の技量が身に付くと、遅延していないときは、非常に余裕ある運転ができるんですよ。
福知山線脱線事故後に、回復運転が批判されたこともあり、世間では「回復運転 = 悪」という概念が拡がりました。鉄道会社も、「遅れを取り戻すために無理しない」というスタンスになりました。
ただ、回復運転自体は悪ではないと私は思っています。信号や制限速度を逸脱するのが悪いのであって、合法の範囲内で遅れ回復に努めるのは、別に何も問題ないでしょう。
もっとも、それは運転士が自発的に取り組む場合に限ります。先ほど「回復運転前提ダイヤを別に嫌がらない運転士もいる」と書きましたが、それはそれ。会社側が最初から無茶なダイヤを組んで、回復運転せざるをえない状況を作り出すのは、「そら違うだろ」と感じます。