停電で冷房が止まったまま、約1時間も乗客が車内に缶詰めに。当然、車内はすさまじい暑さになります。
今回の事故は、比較的涼しい夜だったので、車内に1時間いてもなんとか乗客は耐えられました。不幸中の幸いです。これが昼の1時間缶詰めだったら、熱中症で死者が出ていたでしょう。
いや、冗談じゃなくマジで。
私も乗務員時代に体感したことがありますが、夏の昼間の冷房ナシ車両はヤバいです。たとえば、電源を落として車両基地に置いてある車両、中はすさまじい暑さになっています。測ったことがないのでわかりませんが、45℃とかいってるんじゃないでしょうか。車両の中から外に出ると、35℃の気温が涼しく感じられるんですよ。
というわけで、夏停電の乗客救済は、とにかくスピード勝負になります。
国土交通省も、2019年に「猛暑時の停電による駅間停車への対応」について言及しています。他の季節と切り離して、夏用の特別プランを考えておくべき、ということ。
ウチの会社でも、「真夏の車内閉じ込めは30分がリミットライン」との方針が存在します。「30分以内に降車を決定しろ」ではなくて、「30分以内に降車を始めろ」ですよ。
降車開始まで1時間 不利な要素が複数あったからと思われる
ネット上では、「冷房が切れているのに降車開始まで1時間はかかりすぎ」みたいな意見もありました。実際、1時間という数字をどう評価するか?
個人的には、自社の30分基準が頭の中にあるので、もう少し早く対応できなかったのかと感じちゃいます。しかし、今回の対応が迅速だったかトロかったかは、正直判断できないですね。
というのは、今回の事故は不利な要素がいろいろありました。そのため、結果的に降車開始まで1時間かかったのだと思います。
- 夜なので暗く、状況把握が難しかった
- 電柱が倒壊しており、感電の危険があった
- 指令室の体制がスロースタートだった
これらを考慮したうえで「1時間もかかった」と言うべきか、「1時間で済んだ」と言うべきかは、難しいところ。
夜なので暗く、状況把握が難しかった
不利な要素その1は、夜という時間帯。先ほど「比較的涼しい夜だったのが不幸中の幸い」と書きましたが、反面、夜特有のマイナス面もあります。
適切な対応を講じるには、現場からの正確な報告が必要です。しかし、当該列車の運転士も、事故に当たった混乱に加え、暗さのせいで何がどうなっているか迅速に把握できなかったと思われます。
事故発生時、現場の乗務員に写真撮影させ、それを指令室に転送する手法もあります。しかし、夜に撮影してもロクなモノにはならないでしょう。撮れたとしても、部分的な情報にとどまり、全容把握できる写真には程遠いはず。
電柱が倒壊しており、感電の危険があった
不利な要素その2は、電柱が倒壊したこと。
今回は単なる停電ではなく、電柱が倒れました。そうなると、架線が垂れ下がったりしているかもしれません。迂闊に降車させると感電事故が起きる可能性は、パッと頭に浮かびます。
もちろん、当該区間の送電は止まって(止めて)いるので大丈夫なはずですが、万が一が怖い。慎重になり、状況確認に時間がかかるのが普通です。これはかなりのロスだったのでは。
指令室の体制がスロースタートだった
不利な要素その3は、指令室のスロースタート。これは私の推測ですけど。
列車の運行管理を行う指令室。ここは24時間体制ですが、指令員は24時間起き続けて仕事をするのではなく、途中で仮眠をします(当然ですが)。
仮眠は、その日の泊まり勤務者が「早寝組」と「遅寝組」に分かれて取ります。たとえば早寝組は20~1時まで、遅寝組は1~6時まで、という感じ。
今回の事故が起きたのが21時24分。たぶんですが、早寝組の指令員はすでに寝てしまった後では。
もちろん緊急事態なので叩き起こし、ヘルプに加わってもらいます。が、“途中参戦者”は状況を把握するのに時間がかかるんですよ。
これは私も経験がありますが、トラブルの現場に途中から加勢しても、即座に正確な状況を把握するのは難しい。みんなバタバタしているので、誰かが丁寧に説明してくれるわけではないからです。飛び交う情報も断片的だったりで。
結局は、最初から現場にいた人が一番よくわかっています。逆に言うと、途中参戦組は、まず状況を整理してからでないと本格的な戦いに加われません。この時間的ロスは痛い。
おそらく今回、JR東日本の指令室でも似たようなことが起きたはずで、対応がスロースタートになってしまった可能性はあります。
状況が不利でも最善を尽くして結果を出すのがプロではあるが…
- 夜なので暗く、状況把握が難しかった
- 電柱が倒壊しており、感電の危険があった
- 指令室の体制がスロースタートだった
先ほども書きましたが、こうした不利な要素込みで1時間という数字をどう評価するかは、かなり難しいところ。
もちろん、プロとしては状況が不利だろうが何だろうが、結果を出さなければいけません。「結果は出なかったけど、よく頑張りました」が許されるのはアマチュアまで。
ただ、不利な状況が積み重なれば、限界があるのも事実ではあります。
今回の事故は、運輸安全委員会の調査が入るそうです。いずれ報告書が公表されるでしょう。事故後の対応にも触れられるはずで、それを読んでから、また記事を書きたいと思います。ずいぶん先の話になりますが。
もし冷房切れの車内に長時間閉じ込められたら
最後に、いちおう読者のみなさんに知っておいて欲しいことを書きます。今回の事故のように、冷房が切れた車両に閉じ込められたときの注意点です。
基本的には、勝手に脱出せず、乗務員などの指示を待ち、それに従ってください。
ただし、鉄道会社側の対応がトロくて、降車開始まで異常に時間がかかる可能性はあります。状況は違いますが、JR西日本のような先例もありますし。
真夏の昼間に車内の冷房が切れたら、30分が限界ラインでしょう。1時間も留まるのは絶対に無理、と断言しておきます。
周りで人がバタバタ倒れ始めたのに、降車の始まる気配がない……。このままではマジで死ぬ……。命の危険が差し迫っている場合は、勝手に脱出するのもやむを得ないでしょう。
その際、一番怖いのは、脱出して線路上に降りたところに、他の列車(対向列車)が突っ込んでくること。そういうシチュエーションなら、普通は他の列車も止まっているはずですが、何かの間違いがないとも限りません。
とにかく、線路に降りたならば、他の列車にじゅうぶん注意してください。