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『時計じかけの摩天楼』 東都鉄道指令室の対応にツッコむ!

『爆発』は春の季語とは、いまや日本人の9割が知っていることですが、それを定着させるきっかけになった映画が『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』です。みなさん、一度は観たことがあるでしょう。

劇場版 名探偵コナン 時計じかけの摩天楼

劇場版 名探偵コナン 時計じかけの摩天楼

  • 発売日: 2017/04/08
  • メディア: Prime Video
 

この映画、鉄道関連のシーンが出てきます。ストーリー中盤、犯人の森谷教授は東都環状線に爆弾テロを仕掛けます。その際、東都環状線を管轄する東都鉄道の運行指令室が登場するのです。

しかし、現職指令員である私に言わせると、この指令室のシーンはけっこうツッコミどころがある。

今回の記事では、劇中での東都鉄道指令室の動きについて見ていきます。

コナン = 新一の推理だけで対応を決断してよいものか?

こちらの記事で説明したように、線路上に爆弾が仕掛けられていれば、運転士から丸見えです。ところが、どの運転士も見て見ぬ振りをしていたためか、爆弾は起動時刻の16時を迎えるのであった。

東都環状線の運転士、何やっとんじゃ

警察から爆弾テロを知らされた東都鉄道の指令室、蜂の巣をつついたような騒ぎになります。あ、ちなみに劇中で出てきたような指令室が、まさに私の職場です。

その後、爆弾のカラクリに気付いたコナン = 新一は、警察と指令室に連絡。

「爆弾は線路の間に仕掛けられているんです。環状線を他の線に移せば、停めても危険はありません」

新一の推理を聞き、目暮警部に促された坂口運行部長は、全列車を東都環状線の外に避難させることを即座に決断します。

「3分後に11号車を、芝浜駅貨物線に引き入れだ! 準備に掛かれ!」

うーん、この決断は拙速では
(^^;)

この即決、少なくとも私の感覚ではありえないです。なぜか?

なるほど、「線路の間に爆弾が仕掛けられている」という新一の推理、確かにスジは通っています。

が、よく考えてほしい。もし新一の推理が間違っていたら(実は車両に爆弾が仕掛けられていたら)、爆弾がドッカーンして乗客は死にます。乗客の命が懸かっている以上、判断の根拠が新一の推理だけでは、あまりにも弱い。

新一の推理という、薄弱な根拠だけで乗客の命を危険に晒すのは、鉄道の責任者としていかがなものか? 結果的に死傷者がゼロだったとしても、後で責任を問われるのではないでしょうか。

運転士や駅員に指示して線路を確認させるべきでは……

では、どう指示すべきだったか?

繰り返しますが、線路上に爆弾が仕掛けられているとしたら、運転士から見えるはず。ですから、運転士に指示して線路上を注視させるべきでした。同時に、全駅の駅員に指示して、ホームの端から端まで線路を見させます。

不審物が見つかれば、そこに警察を派遣し、爆弾かどうか確認してもらう。そこまでできれば、新一の推理に裏付けが取れます。

運行部長、乗客の安全のために、これくらいの処置はするべきだったと思うぞ。あと10分くらいしか猶予がなければ賭けに出ざるを得ませんが、まだ日没まで1時間半あったようだし。

そして、爆弾の位置さえ把握してしまえば対処は簡単。駅ホームの線路にさえ爆弾がなければ、駅に停車させて安全ですから、前の列車から順次駅に停めていけばいいだけです。

というか、そもそも新一の推理通りなら、駅ホームの線路に爆弾はないはず。駅の構造物で日陰になりやすいですし、係員に見つかりやすい場所でもある。そういう場所には、たぶん設置できないからです。

今回の計画だと車体の下に爆弾を仕掛ける手口では難しい

もっと言うと、車掌が客室内を捜索して不審物が見つからなかった時点で、線路への設置も疑うべきですね。

劇中では、「爆弾は車体の下に仕掛けられているのでは?」との推測も出ていました。が、今回の「60㎞/h未満で走ると爆発する」という仕組みの場合、車体の下に爆弾を仕掛ける手口では難しい。

なぜか?

想像してほしいのですが、車体の下に爆弾を仕掛けるとしたら、みなさんならどうしますか? 犯行当日、営業運転している列車の下に潜り込んで爆弾設置、なんて芸当は不可能ですよね。おそらく、前夜に車両基地に忍び込み、車体に爆弾を設置するでしょう。

しかし、実際にやろうとすると、基地に侵入してズラリと並ぶ車両を見た時点で困るはずです。

明日、営業に使う車両はどれだ?
(^^;)

営業に使われる車両ばかりではなく、点検や清掃のために基地で“寝ている”車両もあります。16時のタイマー起動時、どの車両が走行しているかなんて、外部の人間にはわかりません。これでは爆弾の仕掛けようがない。

指令員たちのセリフを解説 そして厳しくツッコむ!

……とまあ、そのへんの事情にあまり厳しく突っ込んでも仕方ないですね。爆弾テロという緊急事態ですから、冷静な判断は難しい。

さて、運行部長の指示によって、各列車は環状線の外に逃げることになりました。一本目の列車は、芝浜駅の貨物線に逃がします。突然の事態に指令室が大きく動き始めました。

指令員が、いろいろ喋りながらスイッチなどを操作するこのシーン。出てきたセリフを解説します。

指令員は「3分後にポイントを切り替える」なんて言わない

まず、指令員の一人が、列車無線で運転士に伝達しています。

「11号車、11号車、3分後にポイントを切り替える」

現職の指令員としてモノ申す。

この指示では0点
指令員は運転士に対して、こういう言い方はしない

リアルでこういう状況になったら、指令員は運転士に、以下のような指示を出すと思います。

「○○列車運転士、このあと○○列車は、芝浜駅の貨物x番線に入線させます」

この指示での急所は、運転士に「アンタの列車は芝浜駅のx線に入れるよ」と“行き先”を伝えること。劇中の「3分後」や「ポイントを切り替える」といった情報は、伝えてもまったく意味がないです。

ここで運転士に必要な情報は、ポイント切替を行う「場所」ですから、3分後という「時間」を伝えるのはズレているんですね。また、「ポイントを切り替える」と言うだけでは、どのポイントをどっち方向に切り替えるの? 切り替えた結果、列車はどこに行くの? が不明であり、やはり全然ダメです。

ウチの指令でこんな指示を出そうものなら、「素人は帰れ」と指令室から叩き出されます。

「軌道回路確認」というのも微妙なセリフ

次に出てきた指令員は、以下のように喋っていました。

「芝浜駅、軌道回路確認」

まずは用語説明から。軌道回路とは、「列車の在線位置を検出するための装置」です。

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指令室の表示盤には、列車が在線している箇所にランプが点灯する。この位置は軌道回路で検出している

信号や踏切制御を行うにあたっては、「いま列車がどの地点にいるか?」を知る必要があります。そのために用いるのが軌道回路という設備です。

もし、一本目の列車を入れる予定ルート上に、他の列車(車両)が存在していたら、入線させられないですよね。「芝浜駅、軌道回路確認」と喋った指令員は、軌道回路の表示を確認し、一本目を入れるルート上に他の列車(車両)がいないかを判断していたのです。

ただ、この場合、「芝浜駅、貨物x番線まで支障なし」みたいに喋るのが適切ですかね。「軌道回路確認」と言うのも間違いではないですが、ちょっと微妙な気が。

「至急移動せよ」と言われても…… 貨物車両はすぐには動けない

続いてのセリフ。

「貨物車両は至急、待避線へ移動せよ」

貨車を移動させて、空いたスペースに環状線列車を入れるのですね。しかし、貨車は自力走行できず、機関車を連結しなければいけないため、至急というのは難しい。プラレールみたいにホイホイ動かせるもんじゃないぞ。

もっとも、これは一本目の列車を入線させるための措置ではなく、二本目以降を入れるためのスペース作りだと思われます。たった3分で貨車を転線させるのは不可能で、一本目の入線には間に合わないからです。

指令員は「ポイント切り替え!」なんて言わない

さて、いよいよ一本目の列車が芝浜駅に近づいてきました。指令員が、列車を貨物線に引き込む方向にルート構成をします。

「ポイント切り替え!」

んっ? なにそのセリフ?

現職の指令員としては、バリバリの違和感。結論から言えば、ここは「芝浜駅、環状線外回りから貨物x線まで進路構成!」みたいなセリフが妥当ですね。

なぜか? これは図を使って説明します。↓図において、出発点●から到着点▲まで列車を移動させたいとします。

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●から▲に至るまで、ポイントA・B・Cを通過する

ポイントを3箇所通過しますね。このとき指令員は、ポイントA・B・Cのそれぞれについて、切り替える方向を指定して操作する……のではありません。

ここで指令員が行う操作は、コンソール上で出発点●到着点▲のボタンを押すこと。その操作をすれば、あとは連動装置という機械がポイントA・B・Cを一括して正しい方向へ切り替え、からまでのルートを構成してくれます。

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ポイントを一つ一つ切り替える操作は必要ない

繰り返しますが、ポイントごとにいちいち開通方向を操作するわけではないのですね。人間が操作するのは、出発点●到着点▲のボタンを押すまで。

よって、この操作を行う過程においては、出発点である東都環状線外回り(または内回り)線、到着点である貨物線という言葉が必須です。ウチの指令で「ポイント切り替え!」なんて言おうものなら、「素人は帰れ」と指令室から叩き出され(以下略

おそらく最近の映画ではこういう不備は少ないはず

すみません、ちょっと厳しくツッコみ過ぎました(^^;) 本職の目から見ると、いろいろ気になったもので……。コナン映画製作委員会さん、次に指令室が登場する映画があったら、ぜひ私めに監修依頼を……(笑)

といっても、最近のコナン映画では、こういう設定の不備(?)は少ないのではないでしょうか。おそらく、昔よりも取材が徹底しているはずです。『絶海の探偵』では自衛隊に取材(!)したようですし、京極さんがスーパーサイヤ人化することで有名な『紺青の拳』では、製作協力に「シンガポール政府」の文字があるくらいでしたから。

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