ジブリの名作映画『魔女の宅急便』。旅立ちの直後、雨に降られたキキとジジが貨物列車の中で雨宿りするシーンは、みなさんご存知ですね。
今回の記事では、このシーンから学べる鉄道雑学を紹介します。
キキとジジが乗っていた貨車は「二軸車」
キキとジジが不正乗車した貨物列車は、生きたままの牛を運んでいました。なぜ、生きたままの牛を列車で運ぶのかは、↓の記事を参照してください。
今回の記事で着目したいのは、キキとジジが乗っていた貨車です。
これは二軸車という貨車です。
車軸が前後で二本あることから、そう呼ばれます。
車体に二本の車軸を直接固定してあるのが特徴です。身近な例として、プラレールなんかは二軸車といえます。
二軸車は最高速度の遅さゆえに衰退した
この二軸車、「ナマで見たことがある」という人は、あまりいないはず。実際、現代日本において、二軸車はほとんど絶滅していると言って差し支えありません。
二軸車が衰退した理由は、スピードが遅かったから。
日本の国鉄においては、二軸車(二軸貨車)の最高許容速度は65㎞/h、のちに改良を施してやっと75㎞/hでした。車両性能がそれほど良くなかった昔は、それでもよかった。旅客列車もあまりスピードを出せない時代だったので、貨物列車がチンタラ走っていても支障なかったのです。
ところが、技術が進歩して旅客列車のスピードが上がってくると、最高速度75㎞/hの二軸貨車で構成された貨物列車は、ダイヤを組むうえで邪魔になってきます。
これは簡単な理屈で、たとえば、みんなが車で60㎞/h走行をしているところに、一台だけ40㎞/hで走っている車がいたら邪魔ですよね。鉄道でも同じで、スピードの違う列車がいると、ダイヤがスムーズに組めません。
また、1960年くらいになると、道路網の整備が進んでトラック輸送が発展し、対抗のために貨物列車の速達化が求められるようになります。
「ボギー車」で貨車のスピードアップを図る
こうした理由から、貨車の最高速度を引き上げる必要に迫られます。しかし、二軸貨車の最高速度を大幅にアップさせるのは物理的に難しい。
というわけで、新しい仕組みの貨車を作ることになり、そして誕生したのが、現代でも使われている↓のような貨車。
車輪は「ボギー台車」という装置に付属しており、そのボギー台車の上に車体が載っています。そこが、車体に車軸を直接固定してある二軸車との違いです。
このボギー台車を装備した車両をボギー車といいます。ボギー車は、二軸車よりも走行の安定性に優れ、貨車のスピードアップに貢献しました。当初の最高速度は85㎞/hだったそうですが、徐々に改良され、現在では110㎞/hで走行可能な貨車もあります。
物語の描写が時代考証的に正しいかは謎
貨車を二軸車からボギー車にシフトし、スピードアップを図る流れは、日本では1960年くらいに始まりました。
(旅客列車用の車両は、もっと早くからボギー化が進んでいましたが)
一説によると、『魔女の宅急便』は1960年代の世界をモデルにしたそうですが、諸外国で貨車のボギー化や二軸貨車の衰退が進んだのはいつ頃か、私は知りません。ですので、仮に物語のモデルが1960年代として、二軸貨車が走っている描写が時代考証的に正しいかどうかは、私にはちょっとわからないです(^^;)
外国の貨物列車史に詳しい方がいらっしゃったら、教えてください。
やや高度な余談 甲種輸送や変圧器輸送の苦労
最後に、鉄道にある程度詳しい人向けの余談。
先ほど、「最高速度の低い列車がいるとダイヤ設定に苦労する」と話しましたが、これは現代でも多々あります。たとえば、みなさんが大好きな甲種輸送はMAX75㎞/h、変圧器輸送はMAX45㎞/hというケースが多いです。
輸送を担当するJR貨物は、通行させてもらうJR旅客会社とダイヤを調整するのですが、チンタラ走る列車のダイヤを決めるのは面倒な作業です。業界用語的に表現すれば、「旅客会社からスジをもらうのは大変」。
ちなみに、チンタラ走る列車のダイヤは、業界用語で「スジが寝ている」「スジがタレる」などと呼びます。参考までに。