Q.電池を積んで走る電車といえば?
A.プラレール
電車とは、「電気を使ってモーターを回転させ、その力で自走する車両」と定義できます。その多くは、線路の上に張られた架線から、パンタグラフを介して電気を受け取る方式です。
架線やパンタグラフを使わないプラレールも、電気 + モーターで走っているため、電車に分類できます。しかし、車両に搭載した電池で走るという点で、多くの方がイメージする電車とは違うのではないでしょうか。
ところが、「搭載した電池の力で走る電車」は、すでに現実に存在します。乱暴に言えば、電気自動車(EV)の鉄道版ですね。蓄電池車と呼びますが、JR東日本やJR九州で営業運転の任に就いています。
蓄電池車は導入例が少なく、これからの鉄道車両なのですが、当然、何かしらのメリットがあるから蓄電池車というものを新規開発するわけです。
蓄電池車は「ブレーキ時に捨てるエネルギー」が少なくて済む
蓄電池車の大きなメリットは、プラレール同様、架線や電柱がなくても走れることでしょう。それは当然、設備維持の負担軽減に繋がります。
普通の電車だと、停電が起きたらお手上げです。しかし蓄電池車は、電池が残っている限り走れます。架線にビニールが引っ掛かって運転見合わせ、なんて事態も起きません。
車両に電池を搭載し、EVのように充電スポットを設ける必要はありますが。
ちょっと待てい。架線や電柱がなくても走れる云々言うなら、気動車(ディーゼルカー)だって同じじゃね?
実は蓄電池車には、気動車さらに従来の電車にはない特有のメリットがあります。省エネ性能に優れていることです。具体的には、ブレーキのときに捨てるエネルギーが少なくて済むのです。
ブレーキとは「運動エネルギーを他のエネルギーに変換する行為」
ブレーキのときに捨てるエネルギーが少なくて済む? 何を言っているのかサッパリだと思いますが、これを理解するためには、ブレーキという行為を、エネルギーの面から捉える必要があります。
ここからは理科の話になりますが、画面を閉じて帰らないでください(笑)
ブレーキとは、運動エネルギーを他のエネルギーに変換することに他ならない──と書くと難しいでしょうか(^^;)
自転車を思い浮かべてください。走っている自転車を止めるときは、回転するタイヤにブレーキシューを押し当て、摩擦によって減速させますよね。
摩擦によってキキーッと音が出ますが、これは自転車が保持している運動エネルギーが、音エネルギーに変換されている現象といえます。運動エネルギーが音エネルギーに変わった結果、運動エネルギーが減るので、自転車は減速するわけ。
また、ブレーキシューをタイヤに押し当てれば、摩擦で熱くなります。このとき、運動エネルギーが熱エネルギーに変わっています。やはり運動エネルギーが減るので、自転車は減速します。
さらに、摩擦によってタイヤやブレーキシューは擦り減ります。擦り減るとは、大げさに言えば物体の破壊であって、運動エネルギーが、物体を破壊するためのエネルギーとして使われたと解釈できます。
このあたり、鉄道車両でもまったく同じです。回転する車輪に制輪子というものを押し当て、摩擦で減速力を得ます。
ただし、このブレーキ方法では、エネルギーのムダが発生します。というのは、キキーッという音のエネルギーや、摩擦による熱エネルギーは空気中に放出、ようは捨てられてしまうのですね。擦り減ることがムダなのは、言うまでもありません。
運動エネルギーを電気エネルギーに変換して減速する回生ブレーキ
そこで、「エネルギーをムダにしない、他のブレーキ方法はないのかえ?」という話になってきます。具体的には、回転する車輪に何かを押し当てて摩擦で減速する、という方法以外のブレーキですね。
それが回生ブレーキです。
あえて難しく書くと、回生ブレーキとは、「運動エネルギーを電気エネルギーに変換して減速する方法」の一種です。……と書いてもワケわからんと思うので、丁寧に解説しましょう。
みなさんは発電機を回したことがありますか? ↓の写真は、我が家にある災害時用のアイテムです。
手回しハンドルをグルグル回すと、電気が貯まってラジオが聞けたり、ライトを点けたりできます。つまり発電機なのですが、私がハンドルをグルグル回した運動エネルギーが、電気エネルギーに変換されるわけです。
これと同様に、グルグル回転する車輪の勢いを利用して発電する仕組みが、多くの電車には備わっています。先ほどの手回しハンドルを、車輪に置き換えてイメージしてください。
発電を行い、運動エネルギーが電気エネルギーに変わります。その分だけ運動エネルギーが減るため、電車は減速つまりブレーキが掛かる、という仕組み。「発電を行うことでブレーキを掛けられる」のですね。
回生ブレーキの弱点 「電気を喰う相手」がいないと成立しない
ここで問題になるのが、発電した電気の行き先。
その電気は、加速中の他の電車が消費してくれます。架線を通じて、電気を他の電車に「転送」するイメージです。
本来は捨てるはずだったエネルギーを、他の電車が加速するときに使ってもらえる。一種のリサイクルで、発電所で生み出された電気を使わずに済むのでエコ、というわけ。
ただし、回生ブレーキは必ず発動できるとは限りません。早い話、電気を喰ってくれる相手がいないと成立しないのです。
付近に加速中の電車が存在しない場合、発電した電気を誰も喰ってくれないので、結局は捨てるしかありません。
(厳密には、回生ブレーキ自体が発動してくれない。専門用語では回生失効と呼ぶ)
また、100の発電を行える状況が整っても、相手の電車が「100も要らねー。80で足りる」というケースもあります。そうなると回生ブレーキは80で発動させるしかなく、差し引き20はムダになります。
(100の発電をできるところ80に絞るので、これを回生絞り込みと呼ぶ)
つまり、回生ブレーキは条件付きでしか発動させられないのです。
蓄電池を載せれば「電気を喰う相手」が必ず存在する
ここでようやく蓄電池車の話。
車両に蓄電池を積んでいると、どんなメリットがあるか?
ブレーキ時に発電した電気は、充電という形で蓄電池に貯める(戻す)ことができます。つまり、電気を喰ってくれる相手が見つからない、なんて事態が起きないため、エネルギーを捨てなくて済みます。
ここが「条件付き」である回生ブレーキとの大きな違いで、蓄電池車が省エネ性に優れる理由です。
架線や電柱などの地上設備を削減できることに加え、こうした点が蓄電池車のメリットになります。
蓄電池車と従来の電車 どちらがエコかはケースバイケース
ただし、どんなケースでも蓄電池車が省エネ(エコ)になるわけではありません。
電池を載せれば車両が重くなるので、走行に必要なエネルギーも増えます。「走行のためのエネルギー増量分」と「ブレーキ時の省エネ量」を比べ、差し引きで得にならなければ逆効果です。
このあたりは、電池自体のスペック(小型・軽量・強力なパワー)や、充放電時等に発生する損失を抑える技術が必要になります。それらがなければ、差し引きで損になると。
また、列車本数が多い路線(首都圏の山手線とか)だと、大抵は電気を喰ってくれる相手がいるはず。回生ブレーキがじゅうぶん発動するため、あえて蓄電池による省エネ効果を狙う意味が薄いです。
蓄電池車には、必ず充電スポットや充電時間が必要な点も、列車本数が多い路線とはマッチしないでしょう。安定した運行を確保するためにも、従来通りの電化設備を維持する方が優れています。
したがって、蓄電池車のメリットが発揮できるのは、列車本数がそれほど多くない路線だと思います。
ようは、蓄電池車がトータルでエコになるかは条件次第であり、ケースバイケースです。
長くなりましたが、記事は以上になります。車両の環境性能向上というテーマについて、興味を持っていただければ幸いです。