この事件を受け、ネット上では、新幹線運転士の過酷な労働環境に驚く意見が多くありました。また、以下のような疑問を感じた人が多いようです。
「今回はトイレだったけど、運転士が急病で失神したり、倒れたりしたらどうするの? 列車が暴走して危なくない?」
そうですね、運転士が失神等で運転操作ができない状態に陥ったとき、そのまま列車が走り続けたら危険ですよね。そうした場合に備えて、鉄道車両にはEBまたはデッドマンという緊急停止装置があることが一般的です。
(ただし、新幹線にはEBもデッドマンも付いていません。後述)
運転士が失神・倒れたときに発動するEBやデッドマンとは、どういうシステムなのか? 今回の記事では、それを説明します。
EB 一定時間操作されなかったら列車が止まるシステム
まず、EBとは何ぞや? を説明しましょう。簡単に言えば、以下のような装置です。
運転士が失神したら、当然ですが、ハンドルやレバーを握って操縦はできませんよね。つまり、ハンドルやレバーが操作されない状態で、ずっと放置されます。そこに着目して、「一定時間操作がなければ、運転士に異常ありとみなして列車を止める」という仕組み。
(なお、一定時間とは60秒に設定されているケースが一般的)
これがEB(Emergency Break エマージェンシー・ブレーキ)です。
EBは60秒無操作で警音 → 5秒放置 → 非常ブレーキ
ただし、無操作で60秒が経過したら、いきなり非常ブレーキが掛かるのでは乱暴ですね。
そこで、無操作で60秒経ったところで、まず「プー」という警報音が鳴ります。これは、EB装置からの「運転士さ~ん、生きてます~?」という問い掛けです。
プーの警音を5秒放置すると、非常ブレーキが掛かります。そうならないよう、運転士は目の前にある「リセットボタン」を押す。これを押すと「運転士は生きている」と判断され、ブレーキが掛からずに運転を継続できます。そして、60秒のタイマーがリセットされ、0秒からリスタートするわけ。
図で示すと、↓の通りです。
なお、EBはJR在来線で多く導入されている装置で、新幹線にはありません。ネット上では、「新幹線は一定時間、運転操作をしないと非常ブレーキが掛かるようになっている」、すなわちEBがあるかのように書いている人もいますが、これは誤り。
【余談】リセットボタン押し忘れでEBが作動することはある
余談ですが、EBが実際に作動することは、まれにあります。
といっても、運転士が急病になったとかではなく、単なるリセットボタンの押し忘れが原因。EB警報が「プー」と鳴っているのに、運転士が警音に気付かず5秒経過 → 非常ブレーキ、というわけ。
「音に気付かないことがあるの?」と思うでしょう。が、たとえば運転席の窓を開けた状態でトンネルに入ると、ゴトンゴトン音がうるさいため、それにEBのプー音がかき消されて気付かなかった、というのが「あるある」です。また、列車無線で指令と交信している際、そちらに気を取られてEBリセットボタンを押し忘れた事例もあります。
本当に運転士が失神してEBで列車が止まったケースは……ちょっと聞いたことがないですね。
デッドマン ハンドルやレバーから手を離したら列車が止まるシステム
EBの説明は以上です。
続いて、もう一つの緊急停止装置・デッドマンについて説明しましょう。簡単に言えば、以下のような装置です。
つまり、運転士は生きている証として、ずっとスイッチ部分を握り続けておけ、ということ。失神したら(普通は)ハンドルやレバーから手が離れますから、そこに着目した仕組みですね。
なお、手を使うのではなく、ずっと足で踏んでおく「足踏みデッドマン」もあります。
デッドマンは私鉄で多く導入されている装置ですが、新幹線にはありません。ネット上では、「新幹線はハンドルやレバーから手を離すと、非常ブレーキが掛かるようになっている」、すなわちデッドマンがあるかのように書いている人がいますが、これも誤り。
新幹線にはATCが備わっている EBやデッドマンはない
さて、運転士が失神や倒れたときの緊急停止装置・EBとデッドマンの説明をしましたが……先ほど述べたように、新幹線には装備されていません。「おいおい大丈夫かよ!」と思うでしょうが、大丈夫。新幹線にはATCというシステムが備わっているからです。
ATCとは、どんなシステムなのか? ちょっと難しいですが、以下のような感じです。
まず、走行中の車両は、さまざまな情報を受信できるようになっています。情報は地上設備から送信されてきたり、最初から車両に登録してあったり、という具合。
- 先行列車との間隔
- 線路条件(カーブがどこにあるか等)
- 車両性能(ブレーキ力はどれくらいか等)
ATCは、取得したこれらの情報を処理して計算し、「いま○○㎞/hまで出して大丈夫だよ」と運転台に表示します。
たとえば、先行列車との距離が大きければ高い速度で走ってOK。先行列車との間隔が詰まってきたら、少し速度を下げるべし。カーブが近づいてきたから、カーブの制限速度まで減速しよう。この車両のブレーキ性能は優れているので、ブレーキを掛け始める地点はギリギリまで遅くできる。
こんな感じで、ATCは現在の条件を総合的に判断して「安全な速度」を示してくれるのです。
さらに、ここがポイントなのですが、もし列車の速度が○○㎞/hを超えそうになると、自動的にブレーキが掛かって○○㎞/hまで減速します。
ようするに、ATCが制限速度や先行列車との間隔をちゃんと監視しており、必要に応じて自動で減速・停止してくれるわけ。そのため、仮に運転士が居眠りや失神しても、速度オーバーによる脱線や、先行列車に追突する事故は起きないようになっています。だからこそ運転士はトイレで離席できたわけです。
こうした仕組みなので、EBやデッドマンがなくても大丈夫なのです。
関連記事
防護無線とは? 二次災害を防ぐための「近寄るな!」という危険信号