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手歯止め・ハンドスコッチとは? 鉄道に残された極めてアナログな部分

2023(令和5)年2月、九州新幹線で、手歯止めを装着したままの列車が発車する事件が発生。発車時の異音に車掌が気づき、列車を緊急停止させた。脱線などには至らなかった。

手歯止めとは、車輪に噛ませるストッパーです。車両を無人状態で長時間置いておくとき──夜間等に駅や基地で車両を留置する際は、車輪(どこか一箇所)に手歯止めを噛ませます。

実物

この手歯止めですが、呼び方がいろいろあります。ハンドスコッチと呼称する会社も多いです。

さらに略称もさまざまで、ハンドスコッチを略してハンスコ。手歯止めを略して歯止め。また、車輪を止めるために噛ませることから、輪止め(わどめ)と呼ぶ人もいます。この記事では、手歯止めという呼称で通します。

ブレーキの空気が抜けても車両が動かないようにするのが目的

なぜ、車両を置いておく際には手歯止めを使用するのか?

鉄道車両のブレーキには圧縮空気を使っていますが、何らかの原因で空気が漏れてブレーキが緩んでも、車輪に手歯止め(ストッパー)を噛ませておけば、車両が動いてしまうことを防げるわけです。

クルマで言うところのサイドブレーキみたいなものですね。

実際、あるんですよ。手歯止めを噛まし忘れたために、車両が勝手に動き出してどこかに行ってしまった事件が。

2006(平成18)年、JR東海の家城駅で、手歯止めを着け忘れたまま駅に夜間留置された車両が、下り勾配によって動き出す事件が発生。当該車両は無人状態で、駅から8.5㎞離れたところまで走行した。

この事件は「着け忘れ」ですが、取扱いを一つ間違えると、このような事態を招きかねません。

手歯止めを外し忘れて脱線した事例は過去に何件もある

着け忘れも怖いですが、実際よく問題になるのは「外し忘れ」の方です。

この手歯止め、車輪に噛ませるものですから、外し忘れたまま発車するとヤバい。具体的には、車輪が手歯止めに乗り上げて脱線するのですね。

外し忘れると、こうなりかねない

事実、過去には「手歯止めを外し忘れたまま走り出して脱線」がいくつも発生しています。運が良ければ、手歯止めに乗り上げた際、車両の重さで手歯止めが潰れて(割れて)セーフで済むんですが……。冒頭で挙げた九州新幹線の事件のように。

最近では、2022(令和4)年9月に脱線事故がありました。

JR西日本の車両基地で、最後尾の車両に着けられていた手歯止めを外し忘れたまま発車する事件が発生。当該車両は脱線したが、運転士は気付かず走行を続け、しばらく走行してから復線したらしい。

鉄道トラブルの調査を行うのは運輸安全委員会という組織ですが、そこのホームページでは、他にも「手歯止めを外し忘れて脱線」の事例を見つけることができます。

2017(平成29)年、JR西日本の豪渓駅で、線路火災を発見した列車が停車。手歯止めを着けてから現場に向かい、火災を処置。運転再開する際に手歯止めを外し忘れて脱線。
2008(平成20)年、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線の名古屋駅で、手歯止めを外し忘れたまま発車した列車が脱線。取り外したと運転士が勘違いした模様。

手歯止めの着脱は完全に人間の注意力頼み

この手歯止めの着脱作業ですが、これは完全に人間の注意力頼みです。失念してもシステム的なバックアップがない、という意味です。

たとえば、列車の運転中に間違って赤信号に突っ込んだ場合は、ATSという装置が作動して列車を自動的に止めてくれる──システムがバックアップしてくれますが、手歯止めの着脱にはそれがありません。担当係員が着脱を忘れたら、それまで。

安全対策のシステム化が進む鉄道ですが、その中に残された、極めてアナログな部分ということができます。

手歯止めを外したら、車両床下の手歯止め収納場所へ。もちろん手作業

なお、車輪に手歯止めを噛ませた際には、「いま手歯止めを着けていること」を示すために使用中札というものを運転台等に出します。使用中札が出ている = 車輪に手歯止めが着いている → 発車前に外すのを忘れるなよ、という失念防止のための札です。

まあ、この使用中札も、アナログな対策でしかないですけどね。使用中札と手歯止めの間には、システム的な連動は何もありません。

手歯止めを着けたのに使用中札を出さない。逆に、使用中札が出ているのに手歯止めは噛まされていない。そういうことも普通に可能です。

車両自体にパーキングブレーキを装備する方法もあるが……

こんなことを書くと、手歯止めには良いところがない印象を受ける人もいるでしょう。着脱忘れ一つで事故に直結する怖い要素なのに、システムのバックアップがない。作業は人間の注意力頼み。

手歯止めというものを使用せず、自動車みたいにパーキングブレーキ(サイドブレーキ)を車両に装備する。運転台でパーキングブレーキの入・切を操作できる仕組みにしないのか。そうすれば、手歯止めを外し忘れて乗り上げる脱線事故も起きないのでは。

そのように考える人もいるでしょう。実際、パーキングブレーキを装備し、手歯止めを省略できる車両もあります。ただ、少なくとも現代の日本の鉄道においては、主流の考え方とは言い難い。

なぜか? これは私もハッキリとした理由はわからず、あくまで推測なのですが……

車両にパーキングブレーキを装備しようと思ったら、その機構を台車に組み込む必要があります。

台車

台車は、重い鉄道車両の走行を支える土台ですから、非常に高い強度が求められます。

高い強度を実現するために必要な要素の一つは、「シンプルであること」です。設計がシンプルなほど、高い強度を実現させやすい。台車にパーキングブレーキを組み込むと、それだけ作りが複雑になるので、強度が落ちやすくなります。

ようするに、「台車にパーキングブレーキを組み込む」と「台車の強度を保つためのシンプル化」は相反する要求ということ。そのへんをトータルで考え、パーキングブレーキではなく手歯止めで対応する車両が多いのだと推測します。

もっとも、これは技術の進歩によって解消できる話なので、将来的にはパーキングブレーキを装備した鉄道車両が主流になり、手歯止めというものは消えていくかもしれません。

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