手歯止めとは、車輪に噛ませるストッパーです。車両を無人状態で長時間置いておくとき──夜間等に駅や基地で車両を留置する際は、車輪(どこか一箇所)に手歯止めを噛ませます。
この手歯止めですが、呼び方がいろいろあります。ハンドスコッチと呼称する会社も多いです。
さらに略称もさまざまで、ハンドスコッチを略してハンスコ。手歯止めを略して歯止め。また、車輪を止めるために噛ませることから、輪止め(わどめ)と呼ぶ人もいます。この記事では、手歯止めという呼称で通します。
ブレーキの空気が抜けても車両が動かないようにするのが目的
なぜ、車両を置いておく際には手歯止めを使用するのか?
鉄道車両のブレーキには圧縮空気を使っていますが、何らかの原因で空気が漏れてブレーキが緩んでも、車輪に手歯止め(ストッパー)を噛ませておけば、車両が動いてしまうことを防げるわけです。
クルマで言うところのサイドブレーキみたいなものですね。
実際、あるんですよ。手歯止めを噛まし忘れたために、車両が勝手に動き出してどこかに行ってしまった事件が。
この事件は「着け忘れ」ですが、取扱いを一つ間違えると、このような事態を招きかねません。
手歯止めを外し忘れて脱線した事例は過去に何件もある
着け忘れも怖いですが、実際よく問題になるのは「外し忘れ」の方です。
この手歯止め、車輪に噛ませるものですから、外し忘れたまま発車するとヤバい。具体的には、車輪が手歯止めに乗り上げて脱線するのですね。
事実、過去には「手歯止めを外し忘れたまま走り出して脱線」がいくつも発生しています。運が良ければ、手歯止めに乗り上げた際、車両の重さで手歯止めが潰れて(割れて)セーフで済むんですが……。冒頭で挙げた九州新幹線の事件のように。
最近では、2022(令和4)年9月に脱線事故がありました。
鉄道トラブルの調査を行うのは運輸安全委員会という組織ですが、そこのホームページでは、他にも「手歯止めを外し忘れて脱線」の事例を見つけることができます。
手歯止めの着脱は完全に人間の注意力頼み
この手歯止めの着脱作業ですが、これは完全に人間の注意力頼みです。失念してもシステム的なバックアップがない、という意味です。
たとえば、列車の運転中に間違って赤信号に突っ込んだ場合は、ATSという装置が作動して列車を自動的に止めてくれる──システムがバックアップしてくれますが、手歯止めの着脱にはそれがありません。担当係員が着脱を忘れたら、それまで。
安全対策のシステム化が進む鉄道ですが、その中に残された、極めてアナログな部分ということができます。
なお、車輪に手歯止めを噛ませた際には、「いま手歯止めを着けていること」を示すために使用中札というものを運転台等に出します。使用中札が出ている = 車輪に手歯止めが着いている → 発車前に外すのを忘れるなよ、という失念防止のための札です。
まあ、この使用中札も、アナログな対策でしかないですけどね。使用中札と手歯止めの間には、システム的な連動は何もありません。
手歯止めを着けたのに使用中札を出さない。逆に、使用中札が出ているのに手歯止めは噛まされていない。そういうことも普通に可能です。
車両自体にパーキングブレーキを装備する方法もあるが……
こんなことを書くと、手歯止めには良いところがない印象を受ける人もいるでしょう。着脱忘れ一つで事故に直結する怖い要素なのに、システムのバックアップがない。作業は人間の注意力頼み。
手歯止めというものを使用せず、自動車みたいにパーキングブレーキ(サイドブレーキ)を車両に装備する。運転台でパーキングブレーキの入・切を操作できる仕組みにしないのか。そうすれば、手歯止めを外し忘れて乗り上げる脱線事故も起きないのでは。
そのように考える人もいるでしょう。実際、パーキングブレーキを装備し、手歯止めを省略できる車両もあります。ただ、少なくとも現代の日本の鉄道においては、主流の考え方とは言い難い。
なぜか? これは私もハッキリとした理由はわからず、あくまで推測なのですが……
車両にパーキングブレーキを装備しようと思ったら、その機構を台車に組み込む必要があります。
台車は、重い鉄道車両の走行を支える土台ですから、非常に高い強度が求められます。
高い強度を実現するために必要な要素の一つは、「シンプルであること」です。設計がシンプルなほど、高い強度を実現させやすい。台車にパーキングブレーキを組み込むと、それだけ作りが複雑になるので、強度が落ちやすくなります。
ようするに、「台車にパーキングブレーキを組み込む」と「台車の強度を保つためのシンプル化」は相反する要求ということ。そのへんをトータルで考え、パーキングブレーキではなく手歯止めで対応する車両が多いのだと推測します。
もっとも、これは技術の進歩によって解消できる話なので、将来的にはパーキングブレーキを装備した鉄道車両が主流になり、手歯止めというものは消えていくかもしれません。
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