近年、次のようなニュースをよく目にするようになりました。
命が助かったことは、素直に良かったと思います。ただし、鉄道マンとしては、報道機関にどうしても言いたいことがあります。
美談だけで終わってしまうような報道の仕方だけは、本当にやめてほしい
鉄道マン基本のキ 事故時の最優先事項は「列車を止めること」
美談だけで終わるような報道の仕方が、なぜ困るのかは後にして……。ホームから線路に人が落ちた・踏切内に人が取り残された。こういう場面に遭遇したとき、どうすべきかについて、まずは説明しておきます。
非常停止ボタンを押すのが最優先
もし線路に降りるなら、列車の停止を確認してから
これは、救助に向かった側が巻き込まれる、いわゆる二次災害を防ぐためです。
鉄道会社に入ると、基本のキとして叩き込まれる概念があります。教科書でいえば、1ページ目に太字で書くような内容です。
事故発生時の処理順は「防護→救護→連絡」
2番目の救護と、3番目の連絡は理解できるでしょう。負傷者の救出と、関係箇所への連絡ですね。
聞き慣れない防護という言葉ですが、噛み砕いて言えば、「他の列車を止めること」。たとえば、列車が脱線したとき、後続列車や対向列車を現場に近づけないようにすることです。
押さえるべきポイントは「二次災害の防止」
この「防護→救護→連絡」という概念のポイントは、救助よりも他の列車を止める方が優先されること。
もし他の列車を止めずに救助に向かってしまうと、他の列車が事故現場に突入してきて二次災害発生、という大惨事になりかねません。それを防ぐための措置なのです。
(二次災害の典型例として挙げられる事故に、1962年の三河島事故があります。興味がある人は調べてみてください)
2005(平成16)年の福知山線脱線事故のとき、脱線を目撃した付近の住人が、警察等への連絡よりも先に、踏切非常ボタンを押したそうです。それによって、接近していた対向列車は現場手前で停まることができました。これが正しい処置で、まさしくスーパーファインプレーです。
余談ですが、みなさんはAEDの講習を受けたことがありますか? 鉄道会社でも、社員は定期的に研修を受けています。
あれ、倒れている人を発見したとき、すぐに駆け寄ってはいけないと指導されます。なぜなら、人が倒れているということは、そこに危険があるかもしれないからです。
車が通る場所かもしれない。上からモノが落ちてくるかもしれない。有毒ガスが充満しているかもしれない。
そういう可能性も考え、まずは付近の安全を確認する。言い換えれば、自身の安全を確保する。こうした二次災害防止の考え方は、鉄道と同じです。
報道機関は非常停止ボタンのことにも言及してほしい
踏切内での取り残し・ホームからの転落、これも立派な事故です。したがって、先ほど示した「防護→救護→連絡」からすれば、最優先すべきは非常停止ボタン等で列車を止めることなのです。
別の言い方をすると、列車を止める前に線路に入って救助行為を行うのはマズい(危険極まりない)。
ところが、報道機関が発する記事には、そういうことは書かれていないケースがほとんどです。感謝状が贈られました、パチパチパチ……で終わっていることが多い。
記事の文末に、ちょろっとでいいから書き加えてほしい。「まずは非常ボタンを押して列車を止めるべし」と。
いや、書きにくいのはわかります。感謝状が贈られました → でも先に非常ボタンを押してくださいね、では、美談にケチをつけるみたいな感じになりますから。
しかし、人を助けたという「カッコいい部分」だけ取り上げて、「救助のためなら線路に入るのは問題ない行為だ」と読者に勘違いされたら……死人が出るかもしれません。
ちなみに、列車を止める措置を講ずることなく、線路に入って救助を行う。これ、鉄道マンがやったら、表彰どころか下手したら処分されるかもしれません。結果として人命が助かったとしても、です。安全という大切なものを守るべき鉄道マンが、結果オーライでは困るんですね。
命は一つだけ それを懸けるなら相手を選ぶべき
なるほど、二次災害防止のために、列車を止めるのが最優先なのはわかった。でも、そうしているうちに手遅れになるかもしれない。やはり自分は、すぐ救助に行きたい。
そういう人もいると思います。そこまでの覚悟があるなら……仕方ないでしょう。ただし、一つだけ言っておきたいことがあります。
命は一つだけ
それを懸けるなら、相手を選ぶべき
見知らぬ人を助けるために線路に降り、犠牲になった。いわゆる救助死は、第三者から見れば美談かもしれません。しかし、残された家族からすれば「なぜ?」「どうして?」と、やりきれない思いでいっぱいになるはずです。
自分が犠牲になり、大切な家族に悲しい思いをさせてしまうかもしれない。そこまでして助けるべき相手なのか?
非情なようですが、そこはよく考えた方がいいと私は思います。再度言いますが、命は一つしかないからです。
そのへんは自分だけでなく、特にお子さんのいる家庭では、ちゃんと伝えておいた方がいいでしょう。ぶっちゃけ私だったら、ウチの娘、甥っ子や姪っ子が、「線路で人が倒れてる! 助けに行かなきゃ!」と無闇に突っ込んでいこうとしたら、ブン殴ってでも止めます。「勇気」と「無謀・蛮勇」は違います。
この手の事象は高齢化により増加すると予想される
長くなってしまいました。結局のところ、私が言いたいことは以下の二点です。
- 事故時に最優先すべきは「列車を止めること」
- もし命を懸けるのであれば相手を選ぶ
高齢化が加速する今後の日本では、特に踏切内で取り残されるトラブルが増えると予想されます。高齢者は足腰が弱っているので、遮断機が降りるまでに渡り切れなかったり、踏切内で転んだときにすぐ立ち上がれなかったりするからです。
みなさんも、「あっ危ない!」という事態をいつ目にするかわかりません。そんなときのために、本記事の内容を覚えておいてほしいと思います。
関連記事
防護無線とは? 二次災害を防ぐための「近寄るな!」という危険信号