JR西日本の運転士が、会社に対して訴訟を起こしました。
報道によると、当該運転士は運転を交代するホームを勘違いしたため、交代が2分遅れたとのこと。JR西日本は、その2分に対する賃金85円分をカットしたそうで、「それは不当だ」というのが運転士側の主張。
この主張や訴訟の是非は置いといて……
実は私にも、駅に到着したら交代乗務員がいなかった経験があります。もちろん“加害者”じゃなくて“被害者”の方ですが、今回は、その経験談を書いてみます。
あれ? 交代運転士いなくね?
まだ20代の頃、運転士をしていたときの話。
トラブルもなく順調に運転を続けて、間もなく運転士交代を行う駅。ブレーキを掛けながら駅のホームに滑り込み、停止位置が近づいてきたところで、ふと気が付いた。
交代運転士いなくね?
あれ? と一瞬動揺しつつも、ちゃんとブレーキを掛けて停まる。そして、停まってから外に顔を出したが、やっぱり交代運転士が見当たらない。
なんで? (^^;)
まず頭をよぎったのは、「列車を停める位置を間違えた?」ということ。
列車は、両数によって駅(ホーム)での停止位置が変わります。6両と10両とでは、停める位置が違うんですね。
交代運転士は、当然ですが列車の先頭が停まる位置で待っている(交代車掌なら列車のお尻で待つ)ので、停止位置を間違えると、そこに交代運転士はいないわけです。このときの私は、それをやらかしたのかと思って慌てて確認したのですが……。
いやいや、停止位置ちゃんと合ってるし。ていうか、車掌もドア開けてるし。もし私が停止位置を間違ったのであれば、車掌から「停める位置間違ってるぞ」と連絡が入るはず。別の言い方をすると、車掌がドアを開けているということは、停止位置は正解なわけです。
次に疑ったのは、「この駅で交代というのが、自分の勘違いではないか?」。しかし、手元の時刻表+その他を確認すると、「この駅で運転士交代」で間違っていない。
なんでいないんだよ(怒)
ていうか、こういうときってどうすればいいの? とりあえず、このままでは発車できないので、車内電話で車掌に連絡する。
私(運転士)「あのー」
車掌「なんですか?」
私「自分ここで乗継なんですけど、交代運転士がいなくて……」
掌「えっ……マジで?」
私「マジです」
掌「えー……」
私「と、とりあえず指令に連絡しますね」
掌「りょ、了解です」
私、列車無線の発信ボタンを押して指令につなぐ。
指令「ただいま指令を呼ばれた乗務員、どうぞ」
私「○○駅停車中、△△列車の運転士です。この駅で乗継なんですが……」
と、喋っているところに、息を切らせた交代運転士が到着。
「すみません、ホーム間違えました!ハァハァ」
おいコラアァァ!
私「交代運転士、いま到着しました。大丈夫です、発車できます」
指令「了解しました」
急いで引継ぎ + 車掌への連絡を済ませ、約1分遅れで列車は駅を発車していきました。
わずか1分の遅れでも立派な「事故扱い」になる
この事象、業界用語では出場遅延と呼び、立派な事故扱いになります。1分といえど列車を遅らせてしまった交代運転士は、乗務後に事情聴取をされ、日勤教育送りになりました。
(“被害者”の私も簡単に事情を聴かれた)
たかが1分の遅れで日勤教育送りは厳しくない? と思うかもしれませんが、何分という数字は、実はさほど重要ではありません。「交代箇所や交代時刻を間違えるミスをした」という部分がキモだからです。極端な話、遅れ時分が1分でも10分でも30分でも同じです。
仮に「遅れが1分ならセーフ」という扱いにしてしまうと、じゃあ2分や3分はどうなの? という話になってきます。なんで1分はセーフで2分はアウトなの? その根拠は? という具合でどんどん際限がなくなるので、「0か1か」で判定するのです。
ヘンな温情で隠蔽や誤魔化しをすると自分の身を滅ぼす
さて、私が指令所に「交代運転士がいない」と言ってしまったので、そこから運転士の所属区所に連絡が行き、日勤教育送りというアウトの判定が下されました。もしかすると私に対して、「ほんの少し遅れただけなんだから、車掌や指令に連絡しないで黙っといてあげればよかったのに」と思う人がいるかもしれません。
わずか1分の遅れですから、ぶっちゃけ黙っていれば発覚する可能性は低いです。仮に1分の遅れについて事情聴取されたとしても、「お客様から問い合わせがあったので対応していました」とか言っておけば、誤魔化しは可能です。
が、それはダメですね。
というのは、1分というのは結果論。今回は交代運転士がすぐに到着したので1分で済みましたが、もしずっと到着しなかったら、列車が大きく遅れてしまいます。その場合、交代運転士が責任を問われるのは当然ですが、私も「なんで速やかに連絡しなかった?」と責められます。
また、遅れた運転士本人が、「実はミスをしました」と上司に自己申告するかもしれません。その場合、当事者の私が何も報告をしていなかったら、「こういう事象があったようだけど、なんで報告しないの?」と咎められます。
ようするに、「同僚がかわいそうだから」とヘンな温情で隠蔽や誤魔化しをすると、自分の身を滅ぼす可能性が高い。自分の身を守る意味で、私も黙っているわけにはいかないのです。
ずいぶん昔の話ですが、運転士講習のとき、教習所の講師が冗談交じりで言った言葉をよく覚えています。
「ミスがあったときに、隠したり誤魔化したりしても別に構わんぞ」
ここだけ切り取ると問題発言に聞こえますが……
「ただし、やるなら絶対にバレないよう徹底的に。発覚したらメチャクチャ酷い目に遭うことを覚悟したうえでな。少なくとも二度と乗務はできないし、飛ばされるのも間違いない。それが嫌なら正直に報告しとけ」
結局はそういうことですね。今回の話の教訓は、そこに尽きます。新社会人のみなさん、よく覚えておいてください。