2020年から始まったコロナ禍で、鉄道各社は大打撃を被りました。中でもダメージが大きかったのは、東海道新幹線を運営するJR東海です。
JR東海の業績ですが、2020年度は、約2,500億円の赤字(単体ベースの経常損益)でフィニッシュ。2021年度も、コロナ禍からの回復が思わしくなく、通年で黒字を確保できずに終わりました。状況が状況なので仕方ないですが。
問われるリニア中央新幹線の必要性 そして電力問題
こうした状況で改めて浮かび上がってくる問題が、リニア中央新幹線の必要性です。
早い話、リニアを開業させると、JR東海は赤字体質に転落するのではないか? リニアはJR東海の戦略上必要な路線だが、コロナで世の中の状況が変わったので、戦略を見直す必要はないのか?
今後の業績にもよりますが、このような意見が出てくる可能性は低くないと思います。
また、仮にコロナの影響がなかったとしても、技術面からリニアを疑問視する声は、昔から多くあります。
その一つに消費電力の問題があります。ようは、リニアという仕組みは電気をむちゃくちゃ喰うので、費用対効果の悪いやり方ではないか? という指摘。また、大量の電力が必要となれば原子力発電所の再稼働が必要になるかもしれないが、それはどうなの? という不安。
今回の記事では、リニアの消費電力問題について触れます。感情論などではなく、いろいろなデータをもとに考察します。
リニアの消費電力は瞬間最大値で74万kWと想定
まず、リニアがどれだけの電力を消費するかのデータから。
JR東海の公表資料によると、リニアが500㎞/hで走行したときの消費電力は35,000kW(キロワット)。これは列車一本当たりの数値で、品川~名古屋間に複数本を同時に走らせたとき、ピーク時の消費電力(瞬間最大値)は27万kW。品川~大阪が全線開業した暁には、この瞬間最大値が74万kWにまで上昇するそうです。
……と書いても、たぶんわかりませんよね。というわけで、まずは消費電力の基本知識を説明します。
「あ~なんか物理の話になってきた。難しそう」と思った人、大丈夫ですよ。小学生レベルの話なので安心してください。わからなかったら逆にヤバいです(^^:)
「電気をどれだけ使ったか?」の計算式を解説
これから説明するのは、ようは「電気をどれだけ使ったか?」という話ですが、それは↓の式で計算します。
消費電力 × 使った時間 = 消費電力量
たとえば、消費電力100kW(キロワット)の電化製品があるとします。これを1時間使い続けたら、消費電力量は 100kW × 1時間(h) = 100kWh(キロワットアワー) になります。
「消費電力と消費電力量? 何が違うの?」と思った人、お風呂に水を溜めるシーンを想像してください。
蛇口から水が出て、どんどん浴槽に溜まっていきます。このとき、「蛇口からどれくらいの勢いで水が出ているか?」と「浴槽にどれだけ水が溜まったか?」は別の話ですよね。
「蛇口からどれくらいの勢いで水が出ているか?」に相当するのが消費電力。対して、「浴槽にどれだけ水が溜まったか?」が消費電力量です。
消費電力 × 使った時間 = 消費電力量
電気料金は、消費電力量すなわち「どれだけの量の電気を使ったか?」によって決まります。お風呂の例でいえば、「浴槽にどれだけ水を溜めたか?」で決まるわけ。
今度、電力会社から電気料金のお知らせが来たら、きちんと眺めてみてください。電気の使用量は、kWhという単位で書かれているはずです。
確認問題
では確認問題を。
繰り返しますが、式は消費電力 × 使った時間 = 消費電力量です。
A.35,000kW × 0.5h = 17,500kWh
これがわかればOKです。先に進んでください。消費電力と消費電力量、紛らわしいですが、混乱したら↓を思い出してください。
消費電力 = 蛇口からどれくらいの勢いで水が出ているか?
消費電力量 = 浴槽にどれだけ水が溜まったか?
リニアの消費電力量は年間でどれだけ?
さきほど、リニアの消費電力は、大阪まで全線開業したときの瞬間最大値が74万kWhだと書きました。仮に朝6時から夜24時までの18時間、この状態が続いたとしたら、どれだけの電気を喰うのか?
74万kWh × 18時間(h) = 1,332万kWh
これが一日あたりの消費電力量です。
年間だと、
1,332万kWh × 365日 = 48億6180万kWh
これだけの消費電力量です。
もちろん、これはバカげた試算。朝6時になった瞬間から夜24時になるまで、全列車がひたすら走り続けている仮定だからです。オイ、どうやって乗り降りするんだ(笑)
実際には駅で止まりますし、減速のために電気を喰わない時間もあります。また、リニア(というか現代の電車全般)には、「回生ブレーキ」という電気をリサイクルするシステムが備わっており、消費電力量をより抑えることができます。
よって、実際の消費電力量(年間)は、先ほど計算した48億6180万kWhよりも小さくなります。ただ……どれくらいの数字になるかはわかりません。
根拠はないですが、ここではキリよく数字を丸めて40億kWh(年間)にしましょうか。もっと小さくなる気もしますが。
消費電力量に関するさまざまなデータを紹介!
では、この40億kWhという年間の消費電力量、はたして大きいのか小さいのか?
数字というのは、単独で大きい小さいと論じるのではなく、他の数字と比較してこそ意味があります。というわけで、消費電力量に関するさまざまなデータを出してみます。
日本の年間消費電力量は?
まず、日本では年間にどれだけ電気が使われているか(=日本の年間消費電力量)。資料によると……
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2019html/2-1-4.html
どうやらここ数年、日本の消費電力量は、年間9,500億kWh前後で推移しているようです。それ以前は1兆kWhの大台に乗っていましたが、技術の進歩や、東日本大震災をきっかけとする節電意識などで、少し下がってきているようです。
鉄道会社はどれだけの電力を消費している?
次に、日本の鉄道全体で、年間にどれだけの電力を消費しているか? これは、国土交通省が発表している鉄道統計年報でわかります。2017(平成29)年のデータによると……
約175億kWh
日本の消費電力9,500億kWhのうち、175億kWhは鉄道に使われている。比率でいうと、約1.8%です。
なお、この数字は「運転用電力」つまり車両を動かすのに使われた電力です。駅構内や事務所での消費電力は、含まれていないと思われます。
(リニアの74万kWという数字も、同様に車両を動かす電力だけのはず)
175億kWhのうち、JR7社で約105億kWhの電力を消費しています。JRごとの内訳を示すと……
JR東日本 36億2,000万kWh
JR東海 21億2,000万kWh
JR西日本 31億5,000万kWh
JR四国 6,000万kWh
JR九州 5億9,000万kWh
JR貨物 7億7,000万kWh
JR東海は、年間で約20億kWhの電気を使っています。ここに、先ほど仮定したリニアの消費電力量40億kWhを加えると、約60億kWh。
ただ、リニアが開業すれば東海道新幹線の本数は減りますし、16両編成ではなく、もっと短い両数で運転するでしょう。つまり、東海道新幹線の消費電力量は減るので、差し引きして、会社トータルの消費電力量を55億kWhと仮定してみます。
消費電力量が、現在より35億kWh増える計算(55億-20億)ですね。
電力会社はどれだけの電力を販売している?
最後に、電力会社が年間でどれだけの電力を販売しているか? 将来、リニアに絡んでくる東京電力・中部電力・関西電力の数字を見てみます。
中部電力 1,200億kWh
関西電力 1,200億kWh
いずれも2019年度の決算書から
なお、これは「販売量」であって「供給力」ではありません。つまり、供給力すなわち発電能力は、この数字よりもっと上ということ。実際、決算書などを見ると、三社とも以前はもっと販売量があったようです。
消費電力量は現行体制で問題ないと推測
さて、ここまでいろいろ数字を出しましたが、ちょっと整理します。
まず、消費電力量について。お風呂にたとえれば、「浴槽をどれだけの水で満たせるか?」という観点の話。
- リニア開通で、年間の消費電力量は35億kWhくらい増えるのでは?
- 電力会社は年間で1,000~2,000億kWhの電気を販売している
ここで注意が必要なのは、電力負担が一つの電力会社に集中するのではなく、東京電力・中部電力・関西電力の三社に分散されるということ。単純計算だと、各電力会社が12億kWhくらい供給を増やす必要があります。
先ほども書きましたが、電力会社三社とも、以前はもっと販売量が多かったです。素人なので断言はできませんが、12億kWh増なら、現行体制で差し支えないと思われます。
瞬間最大値74万kWへの対応 原発なしでリニアは動かせる?
問題は消費電力「量」ではなく、消費電力だと思われます。お風呂でいえば、「瞬間的に蛇口からどれくらいの勢いで水を出せるか?」という話。
- リニアの消費電力は、瞬間最大値で74万kW
この条件をクリアするために、かなりの勢いで蛇口から水を出せなければいけません。
ただし、やはりこの負担も電力会社三社に分散されます。一社が74万kWをすべて負担するわけではなく、平準化されるということ。どれくらいの比率で分散されるかは、列車の本数や走行位置によってケースバイケースですが。
では、電力会社三社は、どれだけの供給力を持っているのか? JR東海の資料によると……
中部電力 2,785万kW
関西電力 2,542万kW
素人考えではありますが、供給力に対して1%前後の負担になりそうなので、なんとかなりそうな気が……。いちおうJR東海は資料の中で、『超電導リニアの消費電力は、電力会社の供給力に比べて十分小さいものです。』と書いています。
たとえば「原子力発電所の再稼働が必要か?」ですが、原発がないとリニアは成立しない、という話にはならないのではないでしょうか。
なお、原発の発電能力ですが、俗に「1基で100万kW」と言われます。また、年間の発電量は「1基で100億kWhくらい」という数字を見たことがあります。
(もちろん、原発によって発電能力は異なりますが)
このあたりの考察、電力関係の仕事をされている方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
電気自動車は原発なしで成立するのか?
最後に、鉄道から話が逸れますが、原発うんぬんを言うのなら、むしろ問題は電気自動車ではないでしょうか。
現在、ガソリンや軽油などで動いている自動車を、すべて電気自動車にシフトしたと仮定すると、日本全体で年間900億kWhくらいは電力が必要になるはずです。先ほど、「日本の年間消費電力量は9500億kWh」と書きましたが、電気自動車のために10%くらい供給量を増やさなければいけない。
電気自動車は、電力需要が少ない夜間に充電するケースが多いはずなので、900億kWhという見た目ほど電力会社の負担は増えないと思いますが……。
記事が長くなって申し訳ありません。まだ書き足りない部分があるので、次回もリニアと電力の話を書きます。
続きの記事はこちら リニアの運転本数は「1時間に8本」で足りるのか?