この記事は、『三セク同士が経営統合? えちごトキめき鉄道と北越急行』の続きです。
両社の経営統合話が浮上していますが、そもそも会社をくっつけるとは、何を目的にした行為なのか? 以下のような狙いがあるはずです。
- 双方の経営資源を活用して相乗効果を生む
- それによって売上・利益アップや抱えている問題を解決する
今回の記事では、両社が経営統合したとして相乗効果はあるのか、売上・利益アップや会社の問題解決につながるのかを考察します。
経営統合しても運賃は安くならないと予想
経営統合することで沿線住民がまず期待するのは、「運賃が安くなるか?」でしょう。
えちごトキめき鉄道と北越急行は、間にJR東日本が挟まりますが、途中で改札を出ずに乗り通せます。また、直通列車も運転されています。
2022年3月現在、えちごトキめき鉄道の妙高高原駅から、北越急行の六日町駅まで乗り通すと、運賃は2,190円です。経営統合で同じグループ会社になれば、値下げされるのか?
しかし、運賃が今以上に安くなることはないというのが私の予想。
両社とも大幅な赤字(営業赤字)です。前回の記事で説明したように、えちごトキめき鉄道は旅客収入が仮に1.5倍になっても赤字、北越急行は2倍でも赤字です。黒字転換は難しいとしても、赤字額を少しでも減らさなければいけません。
赤字を改善するためには、「売上アップ」「経費削減」が必要ですが、経費削減はなかなか難しい。ご存じの方も多いでしょうが、鉄道という業態は、経費において固定費の占める割合が大きいです。つまり、利用者が半分になったからといって、経費も半分にはできません。
「経費削減」の方向が難しければ、赤字改善のためには「売上アップ」です。「売上 = 客数 × 客単価」の数式に従えば、客数か客単価のどちらか(あるいは両方)を上げる必要があります。
しかし、短期的にはコロナの影響、長期的にも人口減少や少子高齢化の影響で、客数を増やすのは難しい。値下げによって客数を増やすアプローチもあるでしょうが、多少値下げしたところで、客数が1.5倍とか2倍とか極端に増えることはないと考えるのが自然です。
となれば客単価を上げるしかない。つまり、運賃を安くするのは自爆行為です。……というか、両社とも近年すでに運賃値上げを実施しています。経営状況が苦しいからです。いったん値上げしておいてまた値下げは、まあ普通に考えて「ない」ですね。
運行体系の見直しやダイヤの利便性向上は?
運賃面では経営統合の効果はなさそう。では、グループ会社になったことで実質的に運行体系を一本化し、両線の間でもっと利便性を高めたダイヤにならないのか? 両線のつなぎ目である直江津駅での乗換待ち時間を減らすとか、直通運転の本数を増やすとか。
しかし、それも期待できないと思います。
そもそも、えちごトキめき側と北越急行側で、相互に行き来する需要がそれほどあるのか? という根本的な問題があります。
それは置いとくにしても、ダイヤを決める際の会社間調整が大変でしょう。えちごトキめき鉄道と北越急行は、JR東日本・あいの風とやま鉄道・しなの鉄道と接しています。えちごトキめき鉄道には貨物列車も通るので、JR貨物も利害関係者です。経営統合によって同じグループ会社になっても、両社の都合だけで好き放題ダイヤが組めるわけではありません。
というか、そのあたりの「ダイヤの最適化」は今でも両社間で行なっているはず。
車両の仕様が違うが運用の共通化は可能か?
以上のように、利用者目線だと、経営統合しても相乗効果はさほど生まれず、利便性が良くなる可能性は低いと予想します。
では、運行する側の目線だと? 相互に行き来する旅客需要は少ないとしても、たとえば両社の乗務員や車両のやりくりを共通化して、より柔軟・効率的な運用はできないか? それが双方の資源を活用した相乗効果では?
まず、乗務員の共通化について。運転のルールや取扱いが両社では違うでしょうが、そこは教育でなんとかなるでしょう。たとえばJR貨物の運転士は、JR旅客会社の境界をまたいで乗務することもあるので、各社ごとの運転取扱いを覚えているそうです。指導する側は大変らしいですが。
問題は車両です。
現在、えちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインと北越急行の間では、直通列車が運転されています。車両(電車)は北越急行のものを使用。これを逆に、はねうま側の車両(電車)が北越急行に乗り入れることは可能か?
車両の相互乗り入れの際に問題になるのが、仕様の違いです。実は、両線の車両には大きな違いが一つあります。車体の高さです。
- はねうまラインET127系 409㎝
- 北越急行HK100形 362㎝
妙高はねうまラインと北越急行の車両、車高が50㎝近く違います。北越急行のトンネルは断面積が小さいので、車高を低く製造したのですね。はねうまラインで使用しているET127系が通れればいいのですが、はたしてどうなのか……。
もしダメなら、北越急行の電車は自由にあちこち行けるけど、はねうま電車は走行区間が限定されることになります。それでは車両の共用による効率化に全然なりません。
運行本数が少ないが電化を維持する必要はあるか?
もし統合によって車両運用の共通化を、そして20~30年という長期スパンでのコスト削減も併せて見据えるなら、妙高はねうまラインも北越急行も、車両更新時に電車から気動車に転換する構想は考えられます。
運転本数が少ない路線だと、電車で運営するのは非効率的です。電力設備の維持にかかるコストと見合わないからです。電車から気動車に変えれば、電力設備は撤去できます。
両社とも運行本数は1~2本/時間で、今後さらに減便する可能性もありますから、選択肢としては変ではないと思います。たとえば、えちごトキめき鉄道が日本海ひすいラインで走らせているET122形気動車は、北越急行への入線実績があるので、これと同系統の車両を揃えるとか。
一般的に、気動車は電車に比べて高価なのがデメリットですが、共通化によって部品調達やメンテナンスのコストを削減する効果はあるでしょう。
もちろん、設備の撤去費用や運転士免許の問題(=電車と気動車は免許が異なる)、はたまた車両整備の問題等があるので、トータルで割が合うと見込めるのが前提ですが。
ただ、こういう大転換の決断は実際には難しいでしょうね。
えちごトキめき鉄道は電化を維持しなければいけない
さらに、この構想には大きな問題があって……。実は電力設備を撤去できるのは北越急行側だけで、えちごトキめき鉄道は電化を維持しなければいけません。貨物列車が通るからです。
日本海ひすいラインは、電気機関車が牽く貨物列車が走っており、通行料(線路使用料)を貰っています。
妙高はねうまラインには貨物列車は走っていませんが、非常時の経路として貨物列車が通れるようにしてあるそうです。その見返りとして補助金を貰っていると。
物流上必要な路線であり、さらに線路使用料・補助金収入という観点でも、えちごトキめき鉄道から貨物列車を締め出すことはできません。したがって、電力設備を撤去するのは不可能です。
日本海ひすいラインは交流・直流が混在しており、交直両用の車両を買おうとすると割高なので、現行でも気動車を使っています。が、少なくとも妙高はねうまラインでは、既存の電力設備を使って電車で運転した方が有利なわけです。
北越急行は気動車転換すればいいかもしれません。しかし、えちごトキめき側(妙高はねうまライン)はそれと合わせても、あまり得しないという話になります。
経営統合の効果はあまりないと予想
長くなりましたが、まとめます。
運賃値下げや運行体系の一本化など、利用客の利便向上につながるような施策は期待できない。コスト構造を抜本的に変えることも難しい。
したがって、経営統合しても売上・利益アップや経費削減につながらず、両社が抱える赤字問題はさほど改善しないのでは……というのが私の意見です。
一般的には、似たような会社をくっつけても相乗効果は期待できず、違う特色の会社を組み合わせることで1+1が3や4になる、と言われます。「営業は強いけど技術力の低い会社」と「営業は下手だけど技術はスゴイ会社」を組み合わせて「営業と技術の両方が強い会社」を作るみたいな。
しかし、こと鉄道に限って言えば、背景や仕組み・強みが違う会社を統合させても双方の経営資源が嚙み合わず、1+1=2にしかならない気がします。これは鉄道が「固定装置産業」であり、規格やシステムを柔軟に変更できない点が大きいのでしょう。
となると、経営統合の効果はなに? という話になります。事務部門の共通化はできるかもしれませんが、しかし、たとえば人事の業務ひとつとっても、両社の間では就業規則や給与体系が異なるので、やはり両社に担当者を置かないといけない。無理にまとめると、かえって非効率になるのでは、という気はします。
「いろいろ書いてっけど、結局アンタとしてはどうするのが良いと思う?」とか聞かれると非常に困るのですが……。
経費削減については、新しい技術を活用して、将来的に信号機や軌道回路といった装置を撤廃できればとか、両社ともトンネルが多いので、最先端の点検用マシンを1台共同で購入して一緒に使うとか、その程度の意見しか持ち合わせていません(^^;)
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【外部リンク】鳥塚社長に聞いてみた「トキ鉄と北越急行って統合するんですか?」(マイナビニュース)
本記事の写真提供 エストッペルさん
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