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「乗務員が交代場所を間違えた」はささいなミスなのか? 貨物列車での大事件

もうずいぶん前ですが、以下のような出来事があったのをご存知でしょうか?

JR西日本の運転士が、運転を交代するホームを勘違いした。そのため交代が2分遅れ、作業完了が1分遅れた。JR西日本は、その2分に対する賃金85円をカットし、「それは不当だ」というのが運転士側の主張。

当初は、このような報道がされていたと記憶しています。JR西日本側の主張としては、

交代すなわち作業開始が2分遅れたのだから、その2分間は労働の提供がない。だから2分に対する賃金を差し引いた。

──というわけ。運転士は、これを不当な扱いと主張して会社と争います。その後、労働基準監督署が介入して、「遅れた2分に対する賃金差し引きはダメ」と勧告したようです。

これで解決……と思ったら、なんやかんやで争点が変わったらしく、結局は訴訟に発展。報道では、「1分間に対する賃金」「残業代」というキーワードが出てきていたので、

作業開始が遅れたため、作業終了もズレ込んで遅くなった。具体的には、予定時刻を1分オーバーした。終了予定時刻を超えて働いたのだから、これは残業(時間外労働)に該当する。JR西日本は、その1分間の残業代を払うべきだが、支給されなかった(=カットされた)。それはおかしい。

おそらく、こういう話に変わったのではないでしょうか。

ただ、このへんの是非は置いとくことにします。私が書きたい内容は、そのあたりの考察ではなく、別にあるので。

メディアは「ささいなミス」と簡単に片付けているが……

私が気になったのは、この訴訟について伝えるメディア記事です。その記事には、以下のように書かれてました。

岡山地裁の訴訟では、運転士が待機場所を間違えたというささいなミスで不利益な扱いを受けた。

うーん。鉄道マンとして、これはちょっと引っ掛かる表現です。この記事では、運転士が交代(待機)場所を間違えたことを「ささいなミス」の一言で簡単に片付けていますが、それでよいものか。

実は、交代場所の誤りが大事件に発展することもあるのです。昔、JR貨物の人から聞いた話を紹介しましょう。「運転士が交代場所を間違えたため、ダイヤが大きく乱れた」という事例です。

JR貨物での事例 愛知県の稲沢駅にて……

舞台は愛知県の稲沢というところです。鉄道好きの人ならご存知でしょうが、この稲沢はJR貨物の一大拠点です。簡単な配線図を示しておきます。

この稲沢付近には、東海道線から分岐した稲沢線という路線も存在します。メインルートが東海道線、サブが稲沢線というイメージでOKです。

そして、東海道線と稲沢線のそれぞれに稲沢駅が存在します。東海道線の稲沢駅は、JR東海が旅客営業を行なっている駅。対して稲沢線の稲沢駅は、JR貨物の運行拠点としての駅です。

正しくは「東海道線で交代」を「稲沢線で交代」と勘違い

この稲沢には、稲沢機関区という大きな乗務員基地があって、貨物列車の運転士交代が頻繁に行われます。

ところが、実は一つ罠があって……。

ここを通る貨物列車は、そのすべてが稲沢線を走るのではありません。東海道線を経由する貨物列車もあります。

再掲図

つまり、運転士の交代は「東海道線の稲沢駅」で行うこともあれば、「稲沢線の稲沢駅」で行うこともある、ということです。

そしてここが話のポイントなのですが、「東海道線での交代場所」と「稲沢線での交代場所」は、かなり離れているそうです。5分やそこらで移動できる距離ではないと聞きました。

──ある日、事件が起きます。交代運転士が、「自分の担当列車は稲沢線だ」と交代場所に向かいました。ところが実際は、その貨物列車は東海道線経由だった……。

はい、交代場所の誤りです。そして先ほど書いたように、二つの場所は相当離れているので、間違いに気付いても、すぐに駆け付けることはできない。

東海道線の稲沢駅は、いわゆる「棒線駅」で待避線がありません。交代運転士が現れず、停まっている貨物列車が発車できなかったら、後続列車は詰まってしまいます。実際そうなってしまい、旅客列車のダイヤが大きく乱れたそうです。

ダイヤの乱れは安全度の低下を招く

……ということで、運転士が交代場所を間違えたためにダイヤが大きく乱れた事例でしたが、これは「ささいなミス」でしょうか? ちょろっと口頭注意して済ませられる事象でしょうか?

詳しくは『定時運行は安全に直結する』という記事で説明していますが、私は、「定時運転をキープすることは鉄道の安全を守るために大切」と考えています。ですから、この手のうっかりミスで列車を遅らせてしまうのは、安全度を下げたという意味で、けっこう罪が重いものだと思います。

ちなみに、交代乗務員が場所を間違えて現れない場合、到着するまで待つのではなく、下車するはずだった乗務員にそのまま乗務を続けさせることもあります。到着を待っていると列車が遅れてしまうからで、やむを得ない措置です。

するとどうなるかというと、下車するはずだった乗務員は、休憩時間が削られてしまいます。これも安全上よろしくない。

なぜなら、休憩が不十分だと疲労が回復せず、休憩後の乗務のときに集中力をキープできないからです。それは安全度の低下を意味します。車掌のドア扱いなどは、瞬間的な集中力がけっこう求められるので大変ですし。

鉄道マンは、しっかり休憩するのも仕事の一つです。

交代場所の誤りは「ささいなミス」などではない

以上のような事象もあるので、交代場所の誤りは決して「ささいなミス」ではありません。メディア記事のように、「ささいなミスなんだから、そんなに厳しく乗務員に当たらなくても」みたいな雰囲気で簡単に片付けてしまうのは困ります。私に言わせれば、そちらの方がよほど安全軽視の姿勢です。

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