前回の記事では、動物支障が鉄道会社の悩みのタネになっている現状をお伝えしました。列車と動物(シカやイノシシ)の衝突は、おそらく全国で年間数千件が発生しているのでは、という話でした。
もちろん、鉄道会社も傍観しているわけではありません。どのような対策をとっているのでしょうか?
どの対策も時間が経つと効果が薄れてしまう
鉄道会社は、「動物を線路に近づけない」ための対策をとっています。たとえば、
- ライオンの糞をまく
- 灯を設置する
- 音源装置を設置する
- 走行時の風圧を利用した「笛」を車両に設置する
- 線路脇に侵入防止用のロープを張る
このように、さまざまな対策が試されています。しかし残念ながら、どれも「最初は効果があるけど、時間が経つと元通り」になってしまうようです。
これらはいずれも、時間経過とともに動物側が慣れてしまいます。根本的な対策を考えるなら、
- 毎回痛い目に遭ってもらう(電気柵を設置するとか)
- 物理的に完全に遮断する(線路脇に壁を作るとか)
このどちらかが必要なのですが、いずれも現実的ではないですね。
最新の研究が効果を発揮するも全体の件数は増加傾向
その他、近年の研究では、「シカは鉄分を補給するためにレールを舐めに来るのでは?」ということから、鉄を使った誘引材が開発されています。この誘引材を適切な場所に配置すれば、線路からシカを遠ざけることができるというわけ。
また、近畿日本鉄道では「シカ踏切」なるものを導入し、効果を上げているそうです。
ただ、部分的にはこうした対策が効果を発揮しているとはいえ、全体としては、動物との衝突は増加傾向にあります。
線路上に動物を発見 運転士は何をする?
このように、「動物を線路に近づけない」ための対策をとっても、結局は線路内にバンバン動物が侵入してくるわけです。ということは、「線路内に動物を発見したとき」の対応も、併せて考える必要があります。
現場で実際に動物と遭遇するのは運転士です。では、線路上に動物を発見したとき、運転士はいったい何をするのか?
まずは当然ですが、衝突を回避するためにブレーキを掛けます。みなさんも車を運転しているとき、目の前に何かが飛び出してきたら急ブレーキを踏むはず。それと同じです。
次に、動物に対して「列車が接近しているぞ!」と知らせ、線路外に出て行ってもらう。そのための方法としては、
- 汽笛(警笛)を鳴らす
- 列車のライトをパッシング(点滅)させる
- 汽笛とパッシングの組み合わせ
運転士にできるのは、これくらいです。みなさんも、もし車で山道を運転しているとき、目の前に動物が出てきたら、クラクションを鳴らしたり、ヘッドライトを点滅させて追い払おうとするのではないでしょうか。鉄道の場合も、それと同じというわけ。
衝突の回避率がもっとも高い手段は? まさかの……
では、①~③の中で「衝突の回避率がもっとも高い手段」はどれでしょうか?
このテーマについての研究論文を読んだことがあるのですが、残念ながら、どれも回避率は大差なかったそうです。しかし実は、この研究論文によると、①~③の方法よりも回避率の高い手段があったとのこと。その手段とは……
何もしない
なんと、汽笛を鳴らしたりライトをピカピカ点滅させたりするのではなく、何もしないのがもっとも回避率が高かったそうです。まさかの開き直りが正解とは……(笑) この調査結果が統計学的に有意な差かどうかはわかりませんが、興味深い結果ではあります。
もっとも、言われてみれば「なるほど」と思えないこともありません。というのも、汽笛やライトで警告すると、動物は驚いて固まってしまうことがあるからです。
もともと、シカなどの動物は、人間に比べて視野が圧倒的に広い。つまり、動物側からは列車の接近がちゃんと見えているはずなので、わざわざ汽笛やライトで接近を知らせなくても大丈夫、というわけです。
徐行運転で衝突の可能性を軽減
その他、動物と衝突する可能性を軽減する方法として、徐行運転があります。
動物との衝突が発生する「場所」と「時間帯」は、まったくのランダムではなく、ある程度は傾向があります。つまり、「衝突の多い時間帯」と「衝突の多い場所」がある、ということ。
言い換えれば、「どの列車がどの地点で動物と衝突するか」をある程度は予測可能なわけです。
予測ができれば、たとえば「○○列車は△△の区間を徐行運転させる」といった対策が考えられます。徐行運転ならば、動物を見つけたときにすぐ止まれるので、衝突の可能性は減ります。
もちろん、徐行運転をすれば列車に多少の遅れが発生しますが、もし動物とぶつかれば多少の遅れでは済みません。そうなるくらいなら、徐行運転をしたほうがよいのか。といっても、あまり徐行をしすぎると、乗客に迷惑をかけてしまう……
「発生する列車遅延」と「衝突の確率を減らす」のバランスをどうとるかの問題ですね。うーん、難しい。こればかりはデータを積み重ねて予測精度を高めていくしかないでしょう。