2019(令和元)年8月21日、JR東日本の東北新幹線で、走行中の車両のドアが開く事態が発生しました。
大きなニュースになったので、みなさんもご存知かもしれませんが、原因は清掃員がドアコックを操作した後に戻し忘れたミスによるものでした。
(ドア = Doorということから、ドアコックのことを「Dコック」と呼ぶこともあります)
走行中の車両ドアが開く原因は「部品の劣化」が多い
走行中の車両ドアが開く事例って、たまにあるんですよ。ただし、この手のトラブルは部品の劣化が原因であることがほとんどです。
- ドア関係の部品が金属疲労で折れたため、ドアを支える力がなくなってドアが開いた
- 電気回路の配線が経年劣化で被覆がはげた、または電気回路に水滴が侵入した。ようするに絶縁不良。その結果、「短絡」が起きてドアを開ける電気回路がオンになってしまったため、ドアが開いた
これが二大原因ですね。
「部品の劣化」が原因ですから、古い車両で発生するのが普通です。ですから、今回の新幹線のように、比較的新しい車両で「走行中にドア開」の事案が発生するのは非常に珍しい。
ドアコックを操作すると「圧縮空気」が排出される
本題に入る前に、まずは「車両ドアの開け閉め」のメカニズムについて、簡単に説明しておきます。
そもそも、ドアの開け閉め動作は、何の力によって行われているのでしょうか?
圧縮空気です。
車両に搭載されている電動空気圧縮機(エアーコンプレッサー)が作り出した圧縮空気の力によって、ドアを動かしているのです。また、一度閉じたドアが開かないように圧着させておくのも、圧縮空気の力です。
緊急事態で外に脱出したい場合は、この圧縮空気を抜かないと、ドアを手で動かせません。風船にたとえれば、穴を開けなければいけないわけです。
そのために使うのが非常用ドアコック。ドア制御に使用している圧縮空気を排出することによって、ドアがぶらぶらの状態になり、人の手でも開けられるようになります。
ドアコックを扱うと、中の圧縮空気が抜けます。風船でいえば穴があいた状態になり、ドアを動かすための圧縮空気が抜けるため、乗務員が運転台でドアの開閉スイッチを操作してもドアは動かない。
以上が、ドアの開閉メカニズムの基礎知識です。
今回の事故では、ドアコックが扱われた状態、つまりドア制御部分の圧縮空気が抜けている状態で列車が走行したわけです。人の手でも開けられるぶらぶら状態ですから、振動でドアが開いてしまうのは当然ですね。
ドアコックが操作されていても列車は動ける
「そもそも、ドアコックが扱われた状態で列車は動けちゃうものなの?」
こういう疑問があるかもしれないので、お答えしておきます。またまた鉄道車両の仕組みの説明になりますが……。
鉄道車両というものは、ドアがすべて閉まっていないと加速できない仕組みになっています。ドアがすべて閉まることで、車両を動かす(加速させる)ための電気回路が構成されるのです。
ちょっと難しいかもしれませんが、ドアも「回路の一部」だとイメージしてください。どこか一箇所でもドアが開いていると、電気回路が構成されないのです。ようするに、すべてのドアが閉まらないと、運転士が運転台でいくらレバーを操作をしても列車は動かないわけ。
ここで問題になるのが、ドアが閉まっている状態の定義。
これは、「圧縮空気によってドアが圧着されている状態」を指すのではありません。
ふすまが閉じているのと同じように、「ドアが圧着していない状態」でも、ドアが閉じ位置にあれば、電気回路的にはドアが閉まっていると判定されます。つまり、今回の事象のようにドアコックが扱われていても、ドアが閉じ位置にあれば列車は動けてしまうのです。
追記
在来線車両と違って、新幹線車両は「ドアが圧着状態=ドアがロックされている状態」でないと動けない・加速できない仕組みになっている、という情報もあります。
が、申し訳ありません。私、新幹線については専門家ではないので、その情報の真偽についてはわかりません。上に記した車両の仕組みについては、「少なくとも在来線はそうなっている」というものです。
あくまでドアが開かないと乗務員にはわからない
最新の新幹線車両では、ドアコックが扱われたときには、検知されるようになっているらしいですが……。
現在、日本で使用されているほとんどの車両、特に在来線には、そういう検知・警報システムはないはずです。あくまでも、実際にドアが開いてからでないと、乗務員にはわからない仕様なのです。
今回の事故を受けて、JR東日本(と東北新幹線と直通しているJR北海道)は車両の改修を行うでしょう。また、今後新造される車両については、在来線でも警報システムが搭載されるようになるかもしれません。
- シリンダ内の圧縮空気の圧力を測定し、○㎞/h以上で走行中に異常減圧を検知した場合に、警報を出力する
- ドアコックの位置が正常でない(=ドアコックが操作された)ことを検知した場合に、警報を出力する
こんな感じでしょうか。
再発防止策をどういうアプローチで考えるか?
長くなりましたが、以上がシステム的な説明です。ここからは、本事故について私なりの考察を少し。
ミスが発生したときに大切なのは、再発防止策を講じることです。私は、再発防止策には二つのアプローチがあると思っています。
- ミスが発生したときに、それをカバーする体制を強化する
- そもそも作業内容が妥当・必要なのか、根本から見直す
① ミスが発生したときに、それをカバーする体制を強化する
人間の行うことですから、絶対にミスは発生します。いくら手順を整備しようが、マニュアルを作ろうが、実際に作業するのが人間である以上、ミスは避けられません。
そこで、人間のミスを機械がカバーする体制を作る。これが理想です。本件でいえば、ドアコックが操作された際には、
- 運転台に情報が表示されて乗務員が気付くようにする
- 列車が加速するための電気回路を構成しない仕組みにする
そういったカバー体制が考えられます。
② そもそも作業内容が妥当・必要なのか、根本から見直す
本件でいえば、
「そもそも、清掃員が作業をする際にドアコックを操作させるのは妥当か?」
を考えるべきということです。ドアコックを操作した後に戻し忘れるリスクがあり、しかもそれを検知するシステムもなかったため、今回のような事故が発生しました。であれば、もっと他の低リスクかつ安全な方法を模索してもよいと思います。
もちろん、作業の都合などがありますから、他の方法を考えるといっても簡単にはいかないでしょう。
しかし、何かトラブルが起きた際に、「発生したミスをどうカバーするか?」ではなく、「そもそもミスが起きにくい仕組みを作れないか?」「そもそもこの作業は必要なのか?」というアプローチで対策を考える。そういうゼロベースから考え直す思考も必要でしょう。
その他に、「清掃作業の時間や人数は適正なのか?」ということも考えてみていいかもしれません。
折り返し駅における新幹線の清掃作業、みなさんもホームに並びながら見たことがあるでしょう。短い時間でキッチリ完了させてすごいですよね。その“神業っぷり”については、メディアでもたびたび取り上げられています。
しかし、作業時間が短ければ焦ることもあるでしょう。時間切迫による焦りが作業ミスや確認不足につながり、トラブルが発生したとしたら……その全責任を作業員だけに負わせるのは、はたしてフェアでしょうか?
死傷者なしにトラブル対策の機会を得たのはラッキー
私も新幹線に乗ったときに、自由席が満席だったため、デッキのドア付近に立っていた経験がありますが、あの状態でもしドアが開いたら、ひとたまりもありません。今回の事故で死傷者が出なかったのは、たまたまです。
とはいえ、死傷者を出さずにトラブルの種を炙り出すことができ、対策する機会を得たのはラッキーだと思います。全鉄道マンは、この事故を教訓とし、鉄道の安全をより向上させなくてはいけません。私も、そのつもりで仕事に取り組みます。
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