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JR西日本の終電繰り上げ サンライズの時刻が変わることはある?

2020(令和2)年9月17日、JR西日本が以前より検討していた終電繰り上げについて、具体的なダイヤ案を発表しました。近畿圏で、24時以降の列車を中心に、現行ダイヤより約50本が削減されるそうです。

https://www.westjr.co.jp/press/article/items/200917_00_saisyuuressya.pdf

終電繰り上げで「作業員不足」を解消するのが狙い

終電繰り上げの話題は、過去に記事を書いていますが、簡単におさらいします。

終電繰り上げの目的は、夜間工事の時間拡充です。

JR西日本(と関連会社・下請け会社)は、線路工事に従事する作業員の減少に苦しんでいるとのこと。作業員が減れば、工事をさばくのは大変になりますし、休みも取りにくくなって作業員の労働環境が悪化します。そうなると、離職を招いてますます作業員が減っていく……。悪循環ですね。

それを解消するための施策が「終電繰り上げ」です。

夜間工事の時間を多く確保できれば、一回当たりの工事でたくさん作業を進められる、少ない人数でも工事をさばけるなどのメリットがあります。それによって作業計画に余裕ができれば、作業員の休日も確保しやすくなる。

つまり、作業員の労働環境を改善して、離職の防止や採用の促進につなげたい。これが終電繰り上げのおおまかな狙いです。

工事時間の確保が難しい東海道線

だいたいの路線では、終電の繰り上げがイコール夜間工事の時間増加につながります。

ところがどっこい、話がそう単純ではない路線があります。貨物列車寝台特急サンライズ出雲・瀬戸が走る東海道線です。

詳しくはこちらの記事で説明しましたが、東海道線は終電後にも貨物列車とサンライズが走っているので、終電を繰り上げても、単純に工事時間が増えるとは限らないのです。

図で説明しましょう。
東海道線上りの現行ダイヤでは、新快速(野洲に1時00分着)と普通列車(野洲に1時08分着)の2本がその日の〆です。

f:id:KYS:20200913170918p:plain

現行ダイヤ 〆の2本

今回、JR西日本が発表した新ダイヤ案によると、この新快速と普通列車は消滅します。これで工事時間が拡充できる……と思いきや、実は新快速と普通列車の後ろに貨物列車とサンライズが走っているので、これが通過し終えないと線路工事に着手できません。

f:id:KYS:20200913171503p:plain

実はまだ後ろに貨物列車とサンライズがいる

ようするに、工事という観点からすれば、東海道線上りの“本当の終電”はサンライズなのですね。

「工事時間を確保する」という趣旨からすれば、サンライズの運転時刻も繰り上げた方がよいでしょう。たとえば、15分ほど運転時刻を繰り上げて、先行する貨物列車の前を走るようにすれば、工事を早く開始することができます。

長距離列車はダイヤ調整上の「障害」が多い

で、実際のところ、サンライズの運転時刻を繰り上げることは可能なのか?

これはかなり難しいですね。おそらく、15分どころか、たった5分繰り上げるのもシンドイのではないでしょうか。

というのも、サンライズのような長距離を走る優等列車は、ダイヤ調整上の障害が多いのです。

たとえばサンライズ出雲は、出雲市から岡山までの途中に伯備線を通りますが、ここは単線が多い。単線ということは途中で行き違いが発生するわけで、サンライズ出雲の運転時刻をいじると、それに付随して、伯備線の他の列車も時刻を変える必要があります。

伯備線には特急やくもが走っており、やくもの時刻が変わると、山陰方面の列車や、新幹線接続駅である岡山駅のダイヤにも影響が出ます。

岡山~米子を結ぶ特急やくも

ようするに、サンライズ出雲の時刻を変えると、玉突きみたいにあちこちのダイヤに影響するのです。

これはJR四国の高松から発車するサンライズ瀬戸も同じ。高松から岡山までのダイヤが変われば、快速マリンライナー四国の特急に影響を及ぼします。

JR東日本の朝ラッシュにも影響してくる?

影響を受けるのは、山陰や四国だけではありません。終着駅である東京方面も大変です。

現行ダイヤだと、サンライズは横浜駅に6時44分、終点・東京駅に7時08分に到着します。すでに朝ラッシュの時間帯に入っているので、もしサンライズの運転時刻をいじると、朝通勤列車の時刻も見直す必要があります。

ましてや、東京エリアの管轄はJR西日本ではなくJR東日本。JR西日本の終電繰り上げのために、JR東日本が自社エリアの朝通勤ダイヤを見直してくれるとは思えません。

まあ、これは手がなくもないです。運転停車(=駅に着いても扉を開けず、旅客の乗降を行わない停車。行き違いや乗務員交代が目的)する夜中の米原や豊橋で時間を潰して帳尻を合わせ、JR東日本エリアには今まで通りの時刻に突入する。

そこまでやるか? という感じですが……。

全体調整が大変なので時刻を変えるのは困難では

その他、JR東海・JR貨物も“利害関係者”なので、協議・調整しなければいけません。

結局、サンライズの運転時刻は、ダイヤを組む上での基幹や軸みたいなモノのはずで、「時刻をいじっちゃダメ!」とタブーになっているのだと思います。

こうした諸々の事情があるので、サンライズの運転時刻を繰り上げることは、まず不可能でしょう。「サンライズの時刻も変わっちゃうのかな?」と心配している方、安心してください(笑)

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JR西日本の終電繰り上げ 懸念を示す滋賀県にどんな説明がされたのか?


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JR西日本の終電繰り上げ 懸念を示す滋賀県にどんな説明がされたのか?

JR西日本では、終電(最終列車)の繰り上げを検討中。終電を繰り上げて夜間の線路工事ができる時間を増やし、工事計画にゆとりを持たせることで、作業効率の向上や作業員の労働環境の改善につなげる狙い。

前回の記事に続いて、今回も終電繰り上げについて書いていきます。

終電繰り上げの目的は一つだけではありませんが、特にJR西日本は、終電を早めることで夜間工事の時間を確保するという理由を強調しています。

JR西日本のダイヤ政策で滋賀県は発展してきた

ただし、終電繰り上げは鉄道会社の「中」だけの問題ではありません。沿線自治体などの「外」にも影響を及ぼします。

たとえば、2019(令和元)年にJR西日本が終電繰り上げの検討を発表した際、滋賀県の沿線自治体は、「沿線の利便性や魅力に影響するのでは」と懸念を示しました。

東海道線の滋賀県エリア(=大津駅・草津駅・野洲駅など)には、0時以降にも大阪・京都方面からの列車が到着します。2020年3月改正ダイヤでは、野洲駅に1時08分着! の普通列車が最終です。

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現在の終電は野洲駅1時08分着の普通列車

MAX130㎞/hというスピードで爆走する新快速が、15分に1本という高頻度で運転され、京都・大阪へのアクセスが迅速。0時以降にも、大阪・京都方面からの列車が走っている。

こうしたJR西日本の政策が、ベッドタウンとしての滋賀県の利便性・魅力を高めてきたことは間違いありません。ですので、列車ダイヤの方針変更に、沿線自治体が危機感を示すのは当然かと思います。

滋賀県を爆走する新快速。大阪から米原まで走っても1時間20分ほど

新ダイヤ予測 普通列車を消して新快速を格下げか?

終電繰り上げのニュースが発表されてから、いろいろなブログで新ダイヤを予想する記事がアップされています。私もいくつか拝見しましたが、だいたいの記事は↓のような予想をしています。

  • 野洲駅に1時08分に到着する普通列車、この列車は終電繰り上げ時には消されるだろう
  • この普通列車の1本前に、野洲行きの新快速(野洲1時00分着)があるが、この新快速が普通列車に“格下げ”されて終電になるだろう

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現行ダイヤ 野洲行きの新快速と普通の2本がその日の〆

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新ダイヤ予測 新快速が普通に格下げされ、後ろの普通は消滅?

終電の後ろにもまだ列車がある!?

ただ、終電繰り上げの目的が工事時間の確保だというのなら、このダイヤ案には一つ疑問があります。新快速と普通列車の後ろに、貨物列車寝台特急サンライズが走っているのです。

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現行ダイヤ 新快速と普通の後ろに、実はまだ列車がある

仮に新快速と普通列車をいじっても、この貨物列車とサンライズが通過しないと、上り線は工事を始められないはず。言い換えれば、現行ダイヤの新快速と普通列車の存在は、工事時間の確保に影響を及ぼさないのでは? ということです。

私が沿線自治体の人間なら

「工事時間の確保が目的というけれど、大阪・京都方面からの終電の後ろに、貨物列車とサンライズがいますよね? 終電を繰り上げても、工事時間は変わらないでしょう。だったら終電の繰り上げはやめてほしい」

とJR西日本に言いたくなります。

貨物列車を含む列車ダイヤは、市販の時刻表などに載っていますから、沿線自治体もこの程度の情報は把握しているでしょう。JR西日本に対して、「工事時間確保が目的なら、終電を繰り上げても意味ないじゃん」と意見の一つも言ったはずです。

それに対して、JR西日本がどのような回答を沿線自治体にしたのか? うーん、気になる。

滋賀県は「終電繰り上げは仕方ない」と受け入れた?

滋賀県の三日月知事は、「終電の繰り上げ・始発の繰り下げをするなら、運行時間内のダイヤ密度を濃くしてほしい」とJR西日本に要望したそうです。

こういう要望を出したということは、つまり、終電の繰り上げは仕方ないと受け入れた(諦めた?)と見てとれます。

ということは、沿線自治体は「貨物とサンライズがいるから、終電を繰り上げても意味ないぢゃん」という意見を出したが、JR西日本から、ある程度納得できる回答が示された、ということになります。回答に納得できなければ、ゴネ続けるはずですからね。

JR西日本が沿線自治体にどういう回答をしたのか、興味深いところです。

(2020/9/14)

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終電繰り上げ 実は夜間工事の時間確保につながらないケースも

JR東日本とJR西日本では、終電(最終列車)の繰り上げを検討中。終電を繰り上げて夜間の線路工事ができる時間を増やし、工事計画にゆとりを持たせることで、作業効率の向上や作業員の労働環境の改善につなげる狙い。

最近話題の終電繰り上げ。まあ、JR西日本では昨年(2019年)から終電繰り上げを検討していましたから、最近と書くのは語弊があるかもしれませんが……。

それはともかくとして、今回の記事では、この終電繰り上げと線路工事の関係について書きます。

【基本知識】大掛かりな工事は夜中にしか行えない

まず、線路工事に関する基本的な説明から。線路設備は劣化してくるので、たとえば以下のような工事が欠かせません。

  • レール交換
  • レール位置のズレを修正
  • 架線の補修

これらの保守工事は、列車が走っている時間帯では施工できないので、列車のいない夜中に行われるのが一般的。「その日の最終列車」が通過してから、「次の日の始発列車」が動くまでの数時間で工事するのですね。

なお、工事は鉄道会社本体の社員だけでなく、関連会社・下請け会社の協力で行うのが一般的です。

「作業員の減少問題」を終電繰り上げで解消!

工事の時間は、たくさん確保できるならば、それに越したことはありません。が、あまり終電を早くしたり、はたまた始発列車が遅かったりすると、お客さんにとっては不便なダイヤになってしまう……。そのあたりのバランスが難しいわけです。

しかし近年、状況が変わってきました。

JR西日本(と関連会社・下請け会社)は、線路工事に従事する作業員の減少に悩んでいるそうです。コスト削減のために意図的に人員を減らしてきたのか、あるいは採用したくても学生にソッポを向かれていたのか……。

ちなみにウチの会社でも、保線部署の社員が、「若手の定着率が低い」と嘆いていたのを聞いたことがあります。

原因はともかくとして、作業員が減れば、工事をさばくのは大変になります。そういう悩みを解消するための方法が、終電繰り上げです。

仮に、いままで午前1時だった終電を、午前0時に繰り上げる。すると工事可能時間が1時間増える。そうすれば少ない作業員でも工事をさばける。また、余裕のある工事計画が立てられれば、作業員の労働環境改善につながり、離職防止や採用の促進につながる。

これが終電繰り上げの大まかな狙いです。

貨物列車が走る路線では工事時間を増やせない?

ただし、終電を繰り上げても工事時間を増やせないケースがあります。貨物列車が走る路線です。

たとえば、日本の大動脈である東京~大阪間だと、東海道線を夜中に爆走する貨物列車は、上下それぞれ20本ずつくらいあります。(途中の中京圏発着の列車を含む)

みなさんが大好きなスーパーレールカーゴ、トヨタロングパスエクスプレス、福山レールエクスプレスなんかも、この中に含まれていますね(^^)

夕通勤ラッシュを終えた20時くらいから、東京と大阪では貨物列車がぼちぼち発車していきます。大砲の弾を一発ずつ撃つように、間隔を開けながらです。そして夜中の東海道線を爆走し、陽が昇るくらいの時刻に終着駅にすべり込みます。

サンライズ出雲・瀬戸に乗って、1~4時くらいまで起きていた経験のある人、いますか?

この時間帯、貨物列車とたくさんすれ違ったはずです。下手すると、それこそ数分おきくらいに。「貨物大行列」「貨物流星群☆彡」とでも呼ぶべき現象ですね。

工事可能時間の確保を巡るダイヤ改正での攻防

話を夜間工事に戻しましょう。

「工事を始める直前の列車」が旅客列車ならば、終電繰り上げによって工事時間を増やせます。しかし、「工事を始める直前の列車」が貨物列車だと、旅客列車の終電を繰り上げても工事時間は増えません。

つまり、JR旅客会社からすれば、貨物列車が走るせいで夜間工事の時間をじゅうぶんに確保できない、ということがあるわけです。いっぽう、着実に業績を向上させてきたJR貨物からすれば、むしろ列車本数を増やしたい。

両社の利害は相反しているわけで、その思惑がぶつかるのがダイヤ改正です。

JR旅客会社
「工事時間確保のために、貨物列車の走る時間帯を縮小させたい」

JR貨物
「いやいや、ウチもこれだけの走行時間帯は確保したい」

両社の間で火花散る熾烈な攻防戦が繰り広げられ……ているかどうかは知りませんが、ダイヤ改正における一つの焦点であることは確かですね。

大規模工事のときは貨物列車を時刻変更することも

大規模な工事をするときは、通常の工事時間では足りないことがあります。その場合は、工事時間を広げるために、貨物列車を時刻変更する場合があります。

具体的には、工事の前後を走る貨物列車の運転時刻を変えて、工事の時間を大きく取れるようにします。

工事計画は、年単位で管理されています。また、貨物列車の時刻を変えると荷主にも影響が及ぶので、工事の1週間くらい前になって、「この貨物列車の時刻を変えてよ^^」みたいなことはできません。

そのため、工事の数ヶ月前から、JR旅客会社とJR貨物の間でダイヤ調整をするのです。

夜間工事にかこつけた減便が行われるかも

以上のように、貨物列車のダイヤは夜間工事と密接に関連しています。ですので、貨物列車が走る路線では、終電を繰り上げても工事時間が増やせるとは限りません。

もし、「工事を始める直前の列車」が貨物列車という路線で終電繰り上げがされたら、それは夜間工事にかこつけた体のいい減便というわけですね(笑)

(2020/9/10)

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終電を繰り上げた分だけ貨物列車も繰り上げられないのか?


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銚子電鉄のコスト削減策 気動車への転換が難しい理由とは?

前回の記事では、経営難がなにかと話題になる銚子電鉄について書きました。「電車は設備を維持するのにカネがいるので、コスト削減のために気動車に転換するのはアリか?」という話でした。

電車をやめて気動車に転換。

言うのは簡単ですが、現実的には問題が多すぎて、かなり難しいです。問題解決の見通しがなければ、国土交通省も「銚子電鉄は気動車に転換してもいいよ」と認めないはずです。

気動車への転換には、どんな問題があるのでしょうか? ザッといえば、以下の三点です。

  1. 免許の問題
  2. 車両調達の問題
  3. 設備やノウハウの問題

問題① 電車と気動車は免許が違う

初っ端から大きく立ちはだかるのが、免許の問題。

鉄道車両にはいろいろ種類があり、車両ごとに免許が違うのです。これは自動車の世界と一緒で、たとえば普通乗用車とトラックでは、必要な免許は違いますよね。

現在、銚子電鉄の運転士が所有しているのは、電車を運転できる「電気車」という免許です。気動車の免許区分は「内燃車」というもので、電車の免許では運転できません。

したがって、銚子電鉄が気動車を使う場合、運転士に新たに内燃車の免許を取らせる必要があります。

電気車の免許を持つ運転士に、新たに内燃車の免許を取らせて二刀流にする。これ自体はJRなどで普通にあり、業界用語では「転換」と呼びます。電気車の免許を取得して数年、次のステップアップとして気動車も運転できるよう、内燃車の免許を取って……という具合です。

転換については↓の記事で詳しく説明しています。

キーワード解説 運転士免許の「新規」「転換」とは?

内燃車免許取得の教育ノウハウがない

仮に、運転士が「内燃車の免許を取ります!」とヤル気になったとします。しかし、銚子電鉄は電車オンリーの会社なので、社内には内燃車の免許を取得するためのノウハウがない(はずです)のが問題。

ようするに、誰がどうやって運転士に教育するんだ? ということ。気動車を運転する近隣の鉄道会社に、いろいろ教えてもらうしかなさそうです。

運転士を教育している間の代打要員は?

教育ノウハウの問題が解決したとしても、まだまだ困難はあります。運転士を教育している間、誰が代わりに列車を運転するのか? という話です。まさか「社員教育のために当分運休します」とはいきませんよね。

銚子電鉄社長の竹本氏は、なんと自ら電車の免許を取得して(!)、実際にときどき営業運転を行なっているそうです。というわけで、いちおう代打要員が一人はいるわけです。

運転士一人をシフトから外し、その人を教育する。一人への教育が完了したら、次の人への教育を行う。

うわあ、非効率……。
しかも、竹本氏の社長業に差し支えることは必至。でも、やるならそれしかなさそうです。

問題② 車両をどこから調達する? 費用は?

気動車転換の問題②は、車両の調達について。

鉄道車両って一両あたり何円くらいするか、ご存知でしょうか?

いや、実際のところ、私も詳細な値段は知りません(^^;) ただ、俗に「電車」のお値段は一両あたり約1億円といわれます。そして、気動車は電車よりも高額になる傾向がある、と聞いたことがあります。

仮に新車を3両購入するなら、4億円くらい必要になるのでは……。

そんなカネはないはずですから、どこからか中古の気動車を安く購入するしかないでしょう。銚子電鉄が現在使用している電車も、他社から中古で買ったものです。

しかし、電車に比べると、気動車の中古購入はハードルが高いかもしれません。具体的には、中古車を売ってくれる会社が都合よく見つかるかどうか。

というのも、日本では電車が主流なので、気動車は絶対数が少ないのです。たとえばですが、JR東日本が保有する車両は、電車が約10,500両に対して、気動車は約500両に過ぎません。(2020年4月1日現在)

この数字を見るだけでも、中古気動車を探すのは大変そうだと予想できます。探すのが大変ということは、調達コストが膨らんでしまうかもしれません。それだけのカネが銚子電鉄にあるかどうか。

問題③ 気動車特有の設備やノウハウは?

気動車転換の問題③は、設備やノウハウの問題。

気動車に転換できれば、電車を走らせるための設備(変電所・架線・電柱等)は不要になります。これによるコスト削減効果は少なくないはずです。

しかし世の中、そう一方的には都合よくいかないもの。

気動車には気動車なりの設備が必要です。たとえば、ディーゼルカーは軽油を燃料として走りますが、そのためには燃料を補給するための設備がいります。これを新しく作らなければいけません。

また、整備や検査のノウハウも、電車と気動車では異なりますから、それができる人材を確保しなければいけません。

【余談】気動車を整備できる人材は減っている

余談ですが、JRでも気動車の保有数は減ってきているので、整備できる人材が少なくなっているそうです。たとえば、ディーゼルエンジンが故障したときに自社内で対応できず、メーカーにお願いするしかない、という具合です。

昔、JR貨物では、若手社員をコマツ(小松製作所)に出向させて技術を学ばせていたと聞いたことがありますが、今はどうなんでしょうか。

気動車への転換は難しいが現状でもジリ貧は免れない

長くなりましたが、まとめましょう。

  1. 免許の問題
  2. 車両調達の問題
  3. 設備やノウハウの問題

以上のような問題があるので、電車を気動車に転換するのは非常に難しいです。たぶん、国土交通省も容易に認めてくれないはず。

しかし、難しいといえば、現状のまま路線を維持することも難しいでしょう。たとえば、銚子電鉄では2021(令和3)年に変電所の更新費用として2億円が必要だそうですが、これを気動車転換の費用に充てたほうがいいのでは? という考え方もアリといえばアリです。

このままではジリ貧は免れません。どっちに転んでも難しいのなら、勝負をかける選択があってもいいと思います。

(2020/9/5)

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銚子電鉄の経営難 本業の鉄道は将来的にどうするのか?


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銚子電鉄のコスト削減策 気動車に転換するのはどうか?

前回の記事では、経営難がなにかと話題になる銚子電鉄について書きました。

いろいろと副業で増収を図るのはよいけど、本業の鉄道を根本的にどうするのか? そうした問題提起をしました。

具体的には、より合理化して存続を図る方向になるでしょうが、以下のような方法は考えられないでしょうか?

銚子電鉄は電車を走らせているが、地方ローカル線みたいに気動車(ディーゼルカー)へ転換してコスト削減を図る

わりとポピュラーな発想で、「なんで実行しないの?」と疑問に思う人がいるかもしれません。そこで今回の記事では、「電車から気動車への転換はアリか?」について考えます。

電車を走らせるための設備にはカネが掛かる

列車本数が少なければ、費用対効果の面から、電車ではなく気動車(ディーゼルカー)を走らせるのが一般的です。というのも、電車は走らせるために大掛かりな設備が必要だからです。

電車に電気を供給するための変電所。
電車の頭上にある架線。
線路脇の電柱。
当然、これらをメンテするための人手や費用も必要です。

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設備が大規模ですから、初期投資や更新費用がかさみます。実際、銚子電鉄では2021年に変電所の更新費用として2億円が必要だそうですが、捻出に困っているとのこと。

列車本数の少ないローカル線が気動車なのは、電車では費用対効果が合わないからです。

2020年9月現在、銚子電鉄のダイヤは、ラッシュ時間帯が毎時2本、閑散時間帯は毎時1本。これくらいなら、電化設備をなくして気動車にした方がコスト面からも望ましいのでは?

……と考えるのが自然です。

気動車への転換は課題が多くて現実的ではないが……

電車から気動車への転換、言うのは簡単です。が、実際にはいろいろと課題(というか困難)があり、正直、現実的ではないと思います。

しかし、いきなり「無理じゃね?」とネガティブモードになるのもアレなので、今回の記事では気動車転換のメリットを説明しましょう。問題点は次回の記事で考察します。

メリット① 電力設備の負担から解放される

気動車でパッと思いつくメリットは、電力設備の負担から解放されることです。

先ほど、電車を走らせるには大掛かりな設備(=変電所・電柱・架線等)が必要と書きました。しかし、気動車に転換、つまり非電化路線ならばこうした負担からは解放されます。

また、銚子電鉄の安全報告書という書類を読むと、「架線支障により遅延や運休が発生」という事象がここ数年で目立ちます。原因まではわかりませんが(設備の不具合か、架線にビニールでも引っ掛かったか)、そもそも架線がない非電化路線には架線支障という事故がありませんから、そういう面でも有利かもしれません。

メリット② 線路に掛かる負荷を減らしてコスト削減

気動車のメリット②は、線路に掛かる負荷を減らせることです。

現在、銚子電鉄を走る電車は2両編成。【モーターを積んだ車両】+【モーターを積まない車両】という組み合わせ。

モーターを積んだ「電動車」が約32トン。
モーターなしの「付随車」が約26トン。
まあ、電車としては標準的な重さです。

ただし、田舎の第三セクター鉄道で使われる気動車だと、一両26トンくらいの車両もあります。こういう軽い気動車を導入し、1両で運転すれば、コスト削減につながります。

「なんで車両を軽くするとコスト減になるの?」と思うでしょうが、車両が軽いと線路に掛かる負荷が減るので、保守費用を削減できるのです。

実際、ネットで発見した昔の記事(千葉日報2009年11月6日)によると、現在の車両を導入する際、重量アップで従来よりも線路への負荷が増えるため、線路を強化する工事を行なったそうです。余計なコストが掛かったのですね。

重たい貨物列車が走る線路は傷みが激しい

以下の話は銚子電鉄から逸れますが、「車両の軽量化」と「線路(軌道)コスト削減」の関係について、もう少し述べておきます。

「車両が重いと線路への負荷が大きくなる」は、重た~い貨物列車で特に問題になります。保線の社員いわく、「貨物列車の走る線路と走らない線路、傷み具合はまったく違う」そうです。

この点が、JR貨物と第三セクター鉄道が揉める原因になったりします。

JR貨物の列車は、一部の三セク鉄道にも乗り入れています。軽い旅客列車が走るだけなら線路の痛みが少ないので、保守費用は少なくて済む。が、実際は重い貨物列車が線路を荒らす(?)ので、保守費用がかさんでしまう。これが三セク鉄道の財政上の重荷になるわけです。

建設コスト削減に失敗した台湾新幹線

もう一つ、車両と線路コストの関係についての話。以下は、『南の島の新幹線』という本で読んだ話です。

南の島の新幹線ー鉄道エンジニアの台湾技術協力奮戦記

南の島の新幹線ー鉄道エンジニアの台湾技術協力奮戦記

  • 作者:田中 宏昌
  • 発売日: 2018/02/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

突然ですが、みなさんは台湾新幹線をご存知でしょうか? ここは日本の車両(=東海道・山陽新幹線の700系)をベースにした車両が走っています。

この台湾新幹線、経営状況がよくありません。過大な建設コストが、財政を圧迫する原因の一つだとされています。

なぜ、建設コストが過大になったのか?

台湾が高速鉄道を導入する際、その受注合戦は、欧州システムと日本システム(つまり新幹線)の一騎打ちになりました。いったんは欧州システムに決まった……かに見えたのですが、日本システムが逆転勝利。

ところが、最初に欧州システムに決まりかけていたため、線路関係の設備は、欧州式の車両が走る前提でスペックが決まっていました。欧州式の車両は重いため、線路は頑丈に造る必要があります。

しかし、新幹線車両は欧州式の車両より軽いので、線路への負荷は小さい。ということは、そこまで頑丈な造りにしなくてよいわけです。

本の表現を借りると、「ウマ(=新幹線車両)が渡る橋なのに、ゾウ(=欧州式の車両)の荷重にも耐えられる設計」になっていたのだとか。

もちろん建設コストの無駄なので、日本側は、「もう少し簡素な造りで問題ないよ。コスト削減のために設計を見直したら?」と台湾側にアドバイス。ところが、「もう発注済なので」などの理由で受け入れられず、当初の設計通りで建設されました。

ようするにオーバースペックな線路を造ってしまったわけで、これが建設コスト増大の理由の一つとされています。著者いわく、「車両スペックを決める前に線路スペックを決めるのは話が逆」だそうです。

この話からも、車両と線路コストは密接に関係していることがわかります。

まとめ

話が逸れましたが、まとめます。気動車導入のメリットは以下の二つです。

  1. 電力設備の負担から解放される
  2. 軽い気動車ならば線路に掛かる負荷を減らせる

次回の記事では、気動車へ転換する際の問題点をたっぷりと挙げてみましょう。

続きの記事はこちら 銚子電鉄のコスト削減策 気動車に転換するのは難しい

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本記事の写真提供 ヤーコンさん

本記事内の写真は、『ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。』を運営するはてなブロガー・ヤーコンさんにいただきました。ありがとうございました(^^)

『ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。』は、鉄道旅やその周辺を紹介するブログで、「子どもが楽しめる視点」を多く取り入れている印象です。また、国連サミットで採択された「SDGs=持続可能な開発目標」と「鉄道」の組み合わせをブログのテーマにしているのも珍しいと思います。

赤字で経営難の銚子電鉄 本業の鉄道は将来的にどうするのか?

鯖威張るカレー・まずい棒・ガリッガリ君・ぬれ煎餅。

この四つのキーワード(商品名)を並べれば、鉄道ファンはもちろん、それほど鉄道に詳しくない人でも、「あの会社か」とわかるでしょう。千葉県の銚子電鉄ですね。

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メディアでもよく紹介されていますが、銚子電鉄はカネがピンチで、あの手この手で増収を図ろうとしています。2020年8月には、ついに『電車を止めるな!』という映画まで作ってしまいました。

鉄道(本業)の赤字を関連事業(副業)で補うスタイルは、昔から多くの鉄道会社で行われてきました。JR九州JR貨物の不動産事業は好調です。黒字のJR東日本でも、人口減による鉄道需要減少に備えて、非鉄道事業の割合を意識的に増やしています。しかし、銚子電鉄ほど副業に熱心な会社も、なかなかないでしょう。

今回の記事では、銚子電鉄について、私なりに思うところを書きます。

カネがなければ安全を守るための設備が維持できない

鉄道で何より大切なのは安全ですが、安全に関しては、私なりに持論があります。

鉄道の安全を守るために大切なのは、利益を出すこと。
カネの切れ目が安全の切れ目。

というのも、車両・軌道・踏切・信号などの設備は、その機能を保つために更新や修繕をしなければいけません。それには、どうしてもカネが必要です。更新や修繕が満足にできないようでは、安全に支障をきたします。

この点、銚子電鉄は状況が深刻です。

私は銚子電鉄に乗ったことはありませんが、いろいろなブログで紹介されている乗り鉄記事や、Youtubeでの前面展望。そういうコンテンツで設備を見ると、とにかく古く、そしてとことん使い倒している感が……。

もちろん、経費を徹底的に削減するためには仕方ないのですが、「これで大丈夫なん?」と心配になるのも事実です。

車両や変電所を更新するためのカネがない

車両の老朽化は、特に顕著です。

先日、銚子電鉄に関する記事を読んだのですが、それによると、最も新しい車両でも1963(昭和38)年製なのだとか。1963年といえば、東京オリンピック(1964年)よりも前です。東海道新幹線なら、初代の0系を現在でも使い続けているようなもの。

ジブリ映画でいえば、『コクリコ坂から』の舞台がまさに1963年。高校生だったメルちゃんや風間さんが青春をしていた、まさにその当時に製造された車両。その車両が、メルちゃんや風間さんが後期高齢者になろうとしている2020年でも走り続けているのです。

更新問題に直面しているのは、車両だけではありません。電車に送電するための設備・変電所も、資金不足で更新が滞っているそうです。

カネがなければ優秀な人材も確保できない

資金不足は、設備というハード面だけではなく、人材というソフト面にも悪影響を及ぼします。

会社を維持・発展させていくためには、優秀な人材が絶対に必要です。しかし、ある程度の給料を支払わなければ、優秀な人材を確保するのは難しい。

現在在籍する社員の方々は、優秀なのでしょう。カネが無いながらも何とか会社を回し、これだけ世間を賑わせるユニークな増収策を次々に実行しています。

また、先ほど設備の老朽化について触れましたが、なんやかんやで大事故はほとんど起きていません。銚子電鉄より設備が優れているのに、事故やインシデントを連発させている会社もあります。これは、銚子電鉄の現場が必死に努力しているからでしょう。

しかし、現在の状況で、次代を担う人材がはたして育つのか? これほど「カネがなくてヤバい」を世間に知られてしまうと、優秀な人材が、銚子電鉄に憧れて入社しようという気になるでしょうか?

もちろん、働くにあたってはカネがすべてではありませんが、「貧すれば鈍する」という言葉もあります。仮に優秀な人材が入社しても、あまり給与も出ず、目の前の運転資金確保に汲々としている状況が続けば、最初のヤル気が削がれてしまうかもしれません。

新企画や新商品の投入だけでは限界がある

現在の銚子電鉄は、資金がピンチになると「ヤバいので助けてほしい」とメディアでアピールし、新企画や新商品を投入する。その売上でなんとか凌いでいる、というのが私の印象です。

もちろん、運転資金が尽きたら会社が潰れてしまいますから、新企画や新商品を投入して目先のカネを確保することは大切です。しかし、これの繰り返しで10~20年後に銚子電鉄が生き残れるのか? 大変失礼ながら私にはイメージが湧きません。

新しいお菓子にしても映画にしても、フタを開けるまで売上がどうなるか、わからないところがあります(良くも悪くも)。映画が大ヒットして、今後10年くらいの設備更新費用が賄える状況になれば万歳ですが、逆に大コケしたらそれまでです。

鉄道という業態は、定期的な設備更新が必要であり、数年単位で資金計画を立てたり見直したりします。売上予測が難しいものを主軸に据えて計画を動かしていくのは、やはり限界があります。

それに、メディアでアピールする手法は、世間が反応しなくなったら(飽きられたら)終わりです。世間に注目される話題を、10年や20年も常に振りまき続けることが、はたして可能でしょうか?

地域の発展に貢献するためのビジョンが必要

であれば結局のところ、「本業である鉄道を根本的にどうするか?」を考えなければいけません。そもそも銚子電鉄の役割は、

  • 「地域の足」として銚子市民の役に立つこと
  • 観光路線として銚子市の発展に貢献すること

この二つのはずです。そのためには、「本業である鉄道はどういう施策で維持を図っていくのか?」という将来的なビジョンが、やはり必要です。

いや、現在のギリギリの状況で、将来の展望うんぬんを言うのが難しいのはわかります。しかし、ビジョンもなしに「カネに困っているんで……」と単に窮状を訴えるだけでは、いずれ行き詰まるでしょう。

「今後はこういう方向で路線の維持を図り、銚子の発展に貢献したい。そのための資金が足りないので、全国のみなさんにぬれ煎餅やまずい棒を買ってほしい」

このようにビジョンを提示してこそ、市民・行政・鉄道ファンの理解と協力が得られ、また、社員もついていく気になるはずです。

あくまで私の感覚ですが、今のところ、そのへんが見えてこない気がするなあ……と。メディアも、銚子電鉄の増収策をおもしろおかしく取り上げるばかりですが、それだけではなく、路線維持の意義や将来的な展望にも触れてほしいと思います。

……と精神論的な話で終始してしまいました。次回は、別の角度から記事を書いてみます。

続きの記事はこちら 銚子電鉄のコスト削減策 気動車に転換するのはどうか?

(2020/9/1)

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本記事の写真提供 ヤーコンさん

本記事内の写真は、『ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。』を運営するはてなブロガー・ヤーコンさんにいただきました。ありがとうございました(^^)

『ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。』は、鉄道旅やその周辺を紹介するブログで、「子どもが楽しめる視点」を多く取り入れている印象です。また、国連サミットで採択された「SDGs=持続可能な開発目標」と「鉄道」の組み合わせをブログのテーマにしているのも珍しいと思います。

時間帯別運賃はラッシュ緩和に効果がある? 個人的には疑問視

朝30分早起きしたら、10円あげる。
そう言われたら、みなさんは早起きしますか?

突然何の話? と思うでしょうが、時間帯別運賃の話です。

巷では、「時間帯別運賃が導入されたら、通勤ラッシュが緩和される」などと言われていますよね。それに対して、「本当に通勤ラッシュは緩和されるのか?」を考えるのが、今回の記事の趣旨です。

結論から言えば、私は懐疑派です。

通勤ラッシュが緩和されるメカニズムとは?

時間帯別運賃が導入されたら、ラッシュ時間帯には割増運賃を取られる。それを嫌った利用客がラッシュ時間帯の前後に分散するので、ラッシュ緩和につながる。

こうした理屈でラッシュが緩和されるだろうと言われています。もう少し具体的に考えると、通勤ラッシュ(朝)が緩和されるとしたら、そのメカニズムは次の二つでしょう。

  1. 企業側が始業時刻を遅くした(10時とか)ので、7~8時の利用者が後ろの時間にシフトする
  2. 始業時刻は従来のまま(9時とか)だが、割増運賃を取られるのが嫌なので、早く家を出る人が増える

この二つのメカニズムを考察します。

始業・終業時刻の変更は簡単には実現しない

① 企業側が始業時刻を遅くした(10時とか)ので、7~8時の利用者が後ろの時間にシフトする。

うーむ、このメカニズム、はたして実現するか。「始業・終業時刻を変えるくらい簡単にできるんじゃない?」と思うかもしれませんが、話はそう単純ではありません。

現在、時差出勤を取り入れている企業もあるでしょうが、これは「コロナの感染拡大防止」という大義名分があり、また、一時的な措置という感じが強い。そのため、多少の不都合があっても「仕方ない」で受け入れられています。

しかし、始業・終業時刻を恒久的に変えるとなると、話は違ってきます。

終業時刻が遅くなると従業員側から不満が出てくる

従業員は、現在の始業・終業時刻を前提として生活を組み立てています。それを大きく変えられると困る従業員もいるはずです。

始業9時・終業18時の会社があるとします。従業員が少しでも通勤ラッシュに当たりにくくなるよう、始業を1時間遅くし、就業時間を10~19時に変える案が出ました。

今まで18時だった終わりが19時になると、従業員から以下のような「困る」の声が出てくるかもしれません。

  • 子どもを保育園に迎えに行くのが遅くなる
  • 親族の介護をヘルパーさんに頼んでいるが、その時間まで見てもらえない
  • 買い物や夕飯の支度が遅くなる
  • 鉄道やバスの本数が減る時間になって、帰宅が不便に

こうした不満が出てきたときに、それを抑え込んでまで始業・終業時刻の変更を断行できるのか?

労働基準法では、「始業・終業時刻は、就業規則という社内ルールで決めておかなければいけない」となっています。そして、従業員側の同意を得ずに会社側が一方的に就業規則を変えるのは、基本的にNG(違法)とされています(→ それについてはこちらの記事を参照)

つまり、「明日から10時出勤ね。決定事項だから異論は認めない」などと突然やるのは、完全にアウトです。実際、こういう違法なことをやっている会社は少なくないはず。まあ、従業員側が抵抗しないため、なんとなく通ってしまうケースが多いと思われますが……。

始業時刻を変えると他会社との連携に影響が出るかも

また、始業・終業時刻を変えるときには、取引先や関連企業との関係も考慮しなければいけません。

みなさんは、「朝イチで問い合わせ」というと、何時をイメージしますか? 8時45分とか9時とか、そんな感じですよね。

「午後イチで打ち合わせ」は何時をイメージしますか? 13時と答える人が多いと思います。

言ってみれば、世の中の企業はこのような“暗黙の了解”を前提として、互いのスケジュール調整や問い合わせなどを行なっています。

自分の会社は今まで通り9時始業だが、取引先が10時始業に変更された。朝イチに問い合わせたい場合に、10時まで待たないといけない。取引先の昼休みは、1時間繰り下がって13~14時になったので、13時からの打ち合わせが難しくなった。

こういうことも予想される中で、保守的な日本企業が、あえて積極的に始業・終業時刻を変えるか? という疑問を私は感じます。

①のメカニズムの考察はここまでです。

10~20円のために早起きして家を出るか?

さて、次に②のメカニズム──始業時刻は従来のまま(9時とか)だが、割増運賃を取られるのが嫌なので、早く家を出る人が増える──を考えます。

私の予想ですが、ラッシュ時間帯に乗車したとして、余分に徴収されるのは10~20円レベルだと思います。50~100円を余分に取る仕組みは、暴挙すぎてさすがに実現しないでしょう。

となると、「10~20円を節約するために、あなたは30分とか、下手すると1時間も早く家を出るのか?」という話になります。

読者のみなさんはどうでしょうか。「朝の時間」「10~20円」のどちらを選びますか?

私の勝手な予想ですが、「時間」を選ぶ人が多いのではないでしょうか。つまり、10~20円はあきらめて大人しく徴収される。

社会人の方なら経験があるでしょうが、時として朝の5分10分には、ものすごい苦しみ(笑)が伴うことがあります。それを克服してまで10~20円を節約しようと思う人は、そんなに多くないだろう、というのが私の読みです。

ちなみに数年前、「朝活」なるものが流行っていたみたいですが、今はどうなんでしょうね。朝活という言葉は、あまり聞かなくなりましたが……。「早起きがしんどい」と断念した人も多いのではないでしょうか。

【結論】混雑緩和のメカニズムが実現するか疑問

時間帯別運賃が導入されれば、通勤ラッシュが緩和される。そのメカニズムを2パターン予想し、考察してきました。

  1. 企業側が始業時刻を遅くした(10時とか)ので、7~8時の利用者が後ろの時間にシフトする
  2. 始業時刻は従来のまま(9時とか)だが、割増運賃を取られるのが嫌なので、早く家を出る人が増える

これまで説明してきたとおり、これらのメカニズムが実現するか、私としては「どうかなぁ?」という印象です。もちろん、多少の効果はあるかもしれませんが、100の混雑が95になっても、それは緩和したとは言えないでしょう。

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時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(1)


鉄道会社が「時間帯別運賃」を導入したい理由とは?


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時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(2)

コロナを機に、JR東日本JR西日本が検討している時間帯別運賃。これについて考察する第6回です。

本記事は、前回の続きです。
時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(1)

時間帯別運賃が導入されると、ラッシュ時間帯は値上げ(割増運賃)になる。企業は、従業員に支給する通勤手当の額が増えてしまうが、このコスト増を回避する手段はないか?

こんな感じの内容でした。
そして、コスト増を避けるための手段として、

通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分は従業員に自己負担させる。

この方法を考察しましたが、法律的にたぶんダメという結論に至りました。今回の記事では、別の方法を模索します。

始業時刻を変えてラッシュを回避させる方法は?

9時始業の会社だと、鉄道で通勤する従業員は、ほぼ間違いなくラッシュ時間帯に当たるでしょう。つまり、ラッシュ時間帯の割増運賃を取られてしまう。

そこで、たとえば10時始業にすれば、ラッシュ時間帯の通勤を避けられる。それにより割増運賃を支払わずに済むようにし、ひいては従業員に支給する通勤手当のコストを抑える。

こういう方法は考えられます。
企業のコスト抑制策としてはアリでしょうか?

始業時刻を遅くしてもラッシュに引っ掛かる人はいる

……と勢い込んで書き始めたものの、考慮開始1分で私は気が付きました。

この方法、あまり効果ない
(^^;)

従来は9時始業だったところ、10時に変更したとします。

近くに住んでいる人は、9時過ぎの列車に乗れば間に合うでしょう。ラッシュ時間帯を避け、割増運賃を払わずに済みます。

ところが、通勤に1時間半かかるような人だと、8時過ぎには列車に乗らなければいけません。つまり、ラッシュ時間帯に引っ掛かり、割増運賃を払わなければいけない。

ようするに、始業時刻を遅くしたところで、ラッシュ時間帯に引っ掛かる人は出てしまうわけです。

そうなると、「通勤手当の支給を増額すべき?」という問題は消えずに残ったまま。結局、ラッシュ時間帯に当たってしまう従業員には、通勤手当を増額するしかなさそうです。

始業時刻を早めすぎると従業員が困る

だったら10時始業ではなく、7時とかにすれば? それなら、ラッシュ時間帯が始まる前に、全従業員の通勤が完了するし。

しかし、それは現実的に難しいです。遠方通勤者は始発列車に乗っても間に合わないとか、保育園がまだ開かないので子どもを預けられないとか、そういった実害が予想されます。従業員の反発は大きいでしょう。

あまり始業時間を早めると、前回の記事で解説した「就業規則の不利益変更」にも該当する可能性が高いです。

【結論】時間帯別運賃で企業のコスト増は避けられない

前回~今回のまとめをします。

・前回の結論

通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分は従業員に自己負担させる。この方法は、法律的にダメな可能性が高い(従業員側の同意があればOK)。

・今回の結論

始業時刻を変更しても、通勤ラッシュに引っ掛かる従業員はいる。結局、その人には割増分の通勤手当を支払わざるをえない。

以上の内容から導き出される結論は、「時間帯別運賃が導入されれば、割増分を従業員に支給せざるをえない」。つまり、企業のコスト増は避けられない。これが私の見解です。

となると当然、企業側(業界団体とか)は「時間帯別運賃やめろ!」と鉄道会社に圧力を掛けたいですよね。しかし、「時間帯別運賃でラッシュを緩和できれば、コロナ対策になる」と鉄道会社に言われると、企業側も反対しにくい。

私の記憶が正しければ、10年くらい前には、時間帯別運賃の構想や必要性を唱える人がすでにいました。鉄道会社によっては、水面下で検討していたところもあったのではないでしょうか。

しかし、時間帯別運賃は実質的な値上げですから、利用客や企業の反発が予想され、おいそれと出せる話ではない。そこで、コロナ対策という“錦の御旗”で反発を抑えることができるこのタイミングで、時間帯別運賃の構想を発表した。私はそのように見ているのですが、穿ちすぎでしょうか?

(2020/8/19)

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時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(1)


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時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(1)

コロナ騒動を機に、JR東日本JR西日本が検討している時間帯別運賃。これについて考察する第5回です。

当ブログでは、これまで4本の記事を書きました。いずれも、鉄道会社の視点から時間帯別運賃の制度を考えるものでした。

今回の記事では視点を変えて、世の中の会社(企業)側から眺めてみます。具体的には、「時間帯別運賃が導入されたら、企業はどのような対応が必要か?」です。

今回は鉄道ではなく、労働法関連の話がメインです。「鉄道マンにそんな記事が書けるんかい」と思うでしょうが、実は私、社会保険労務士の試験に合格しているので、内容はそれなりに信じてもらって大丈夫です。会社の人事担当者さん、必見です(笑)

時間帯別運賃が導入されたら通勤手当の支給額はどうなる?

時間帯別運賃が導入されたら、ラッシュ時間帯は、定期券利用者からも割増として10~20円を徴収するでしょう。つまり、通勤コストが増大します。

企業が、今まで通り定期券代を従業員に支給するなら、「通勤手当を増額する? しない?」を考えなければいけません。

通勤手当の支給は、一般的に「就業規則」という社内ルールで定められています。しかし、時間帯によって運賃が異なるという前提でルールを決めてある会社は、まずないでしょう。

ですので、時間帯運賃が導入されることになったら、社内ルールの見直しを強いられる会社は少なくないはず。ビジネスチャンスと予想して、すでに準備しているコンサルタントもいるでしょうね。

それはともかくとして……従業員の通勤コストが増えたとき、企業の選択肢は次のどちらかです。

  1. 通勤手当の支給額を増やす
  2. 支給額を増やすとコスト増になるので、何か手を打つ

わずか10円の値上げでも会社のコストは大幅増

まずは、「① 通勤手当の支給額を増やす」から検証しましょう。

具体的には、どれくらいコストが増えてしまうのか? 以下の条件でシミュレーションしてみます。

  • 社員1,000人がすべて鉄道で通勤しており、通勤手当を支給
  • 年間の出勤日数250日(=年間休日115日)
  • 朝夕ラッシュでそれぞれ10円(=1日20円)ずつを余分に取られる

1,000人 × 250日 × 20円 = 500万円

一回の乗車あたり10円の値上げでも、「掛け算効果」で500万円のコスト増になってしまいました。企業側がこれを容認できるか? という話です。

コロナ不景気の現在、これだけのコスト増を無条件でOKできる企業は、そう多くないでしょう。

会社がコスト増を避ける方法は?

企業側がコスト増を嫌がるのであれば、「② 何か手を打つ」を考えるでしょう。私がパッと思いつく施策は、次の二つです。

  • 通勤手当の支給額を「据え置き」にする
  • 始業・終業時刻を変えてラッシュ時間帯を避ける

企業は勝手に就業規則を不利益変更することはできない

まず、通勤手当の支給額を「据え置き」にする方法から考察します。

支給額を据え置きにすれば、時間帯別運賃による割増分(一回の乗車あたり+10~20円)は、従業員が自己負担することになります。つまり、実質的に通勤手当を減額するという方法ですが……これは許されるのでしょうか?

そもそも論ですが、通勤手当の支給は会社側の義務ではありません。法律的には、通勤手当なしでもまったく問題ないのです。「支給されるだけありがたいと思え^^」という類の手当なんですね。

通勤手当のそうした性質を鑑みると、少しぐらい減額したっていいじゃん、という気もします。そもそも支給されるだけありがたい手当なのですから。

しかし、安易に減額するのはNGです。

通勤手当は、社内ルール(就業規則)で支給することを定めると、「賃金」という扱いになります。賃金ということは、支給方法や計算方法のルールを決めておく必要があります。

そして、ルールである以上、簡単に変えることは許されません。企業側がルールを簡単に変えることができたら、従業員の立場が脅かされるからです。

法律では、「会社は一方的に、従業員にとって不利益な方向に就業規則を変更してはダメ」とされています(=労働契約法第9条)。通勤手当の減額は、間違いなく不利益変更に該当します。

「合理的な理由」があれば不利益変更も許される

もっとも、これは程度の問題。
企業側が社内ルールをまったく変えられないとなると、世の中の変化に対応できないなど、都合が悪いこともあります。そこで法律は、「合理的な理由があれば、従業員に不利益な変更も許される」としています(=労働契約法第10条)。

ここで問題になるのが、「合理的な理由があれば」という部分。

実はこれ、明確な基準はありません。たとえば、「賃金は○円または○%までなら勝手に減額してもいい」みたいに具体的な数字が存在するわけではないのです。

会社と従業員が揉めた場合、裁判所が事情を総合的に考慮して「合理的か否か?」を判断します。ようするに、合理的かどうかはケースバイケースということ。

一部社員にのみ自己負担が発生する制度はNG

時間帯別運賃が導入された際、通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分は従業員に自己負担させる。社内ルールをこのように変えることは、合理的な理由があると認められるか?

私見ですが、おそらく合理的とは認められないと考えます。なぜか?

仮に、社内ルールを「割増分は自己負担」に変更したとしましょう。そして、JR東日本だけが時間帯別運賃を導入したとします。

すると、JR東日本で通勤する従業員は自己負担が発生し、その他の鉄道で通勤する従業員は自己負担なし。こういう事態が発生します。ようするに、住んでいる場所や利用路線の違いによって、自己負担のあるなしが分かれるわけです。

住んでいる場所や利用路線は、ある意味不可抗力ですから、そこの違いで自己負担の有無が分かれる制度はおかしい。おそらく、裁判所はそう判断するのではないでしょうか。

【結論】通勤手当を「据え置き」にするのは難しい

通勤手当の支給額を「据え置き」にし、割増分(一回の乗車あたり+10~20円)は従業員に自己負担させる。この手法でコスト増を避けるのは、難しいと言わざるをえません。

つまり、時間帯別運賃の割増分は支給せざるをえないので、企業は泣きを見る。

ちなみに、労使がきちんと話し合い、従業員側がルール変更に同意すれば不利益変更もOKです。法律が禁じているのは、「合理的な理由がないのに勝手に不利益変更すること」なので。

さて、もう一つのコスト増を避ける方法、「始業・終業時刻を変えてラッシュ時間帯を避ける」は次回の記事で検証します。

続きの記事はこちら 時間帯別運賃が導入されたら企業のコスト増は避けられない?(2)

(2020/8/18)

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