現役鉄道マンのブログ 鉄道雑学や就職情報

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「列車を停める勇気」が鉄道マンには必要

2021(令和3)年5月19日、JR九州で、見習運転士の指導をしていた指導運転士が、体調不良により運転席を離れる事件が発生。指導運転士の離席中、免許を持たない見習運転士が列車を運転していた。

先日、東海道新幹線で、運転士がトイレに行くために運転席から離席する事件がありました。ようするに、運転免許を所持する人間が運転席にいないまま列車が走っていたわけですが、残念ながら、JR九州でも似たような事件が起きていたことが発覚しました。

まあぶっちゃけた話、「トイレで無断離席」というケースは、全国の鉄道会社で今までにも少なからずあったのでしょう。発覚しなかっただけで。

鉄道誕生以来、これまですさまじい本数の列車が走ってきました。そして、乗務員のトイレ問題は、常について回ってきた。そこから考えると、今回のケースが初めてだとは思えません。

嫌な話ですが、もしかしたら、ウチの会社でも過去にあったのかも……。まあ、少なくとも私の知っている範囲ではないですけど……。

指導運転士と一緒でなければ見習運転士は運転できない

今回のJR九州のケースですが、見習運転士指導運転士が出てきます。

見習運転士は、指導運転士(=免許を持っている人)と一緒でなければ、列車を操縦することはできません。自動車免許でいえば「仮免」の状態。教官がいなければ、公道を運転することはできませんよね。それと同じ。

したがって、今回のように指導運転士が運転室から離れた場合、見習運転士が列車を動かすのは無免許運転です。

安全を脅かすような真似はプロとしてNG

一連の事件によって、会社側の体制がどうとか、わざわざ複雑な方向に議論を持っていきたがる人が多いですが、本質の部分は難しいものではありません。

「プロとして、鉄道の安全を脅かすような真似をしてはいけない」。これが本質です。

そもそも、生理現象を我慢しろとか、トイレに行くのを許さないとか、鉄道会社は乗務員にそんなこと言っていません。

運転中に勝手に離席するのは安全上マズいからやめてくれ。
トイレに行ってもいいけど、列車を停めてからにしてくれ。

それだけの話です。

もちろん、列車が遅延してしまうとか、お客さんからのクレームとか、そういう問題は実際あるでしょう。しかし、「安全を守る」という本質部分に比べれば、枝葉にすぎません。そこは会社側が、「列車が遅れたのは悪かったけど、安全のためには仕方ない措置でした」と身体を張って社員を守る必要があります。

運転士2人体制にしても本質は変わらない

それからネット上では、「急病や生理現象に備えて、運転士を2人体制にすべきでは?」という声も少なくありません。

しかし、2人体制にすれば、この手の問題が必ず解消されるわけではありません。というのも、2人が同時に急病や便意に襲われることだって、可能性としてはありえるからです。

結局、2人乗務体制が実現したとしても、「いざというときには列車を停めて対処」というマニュアル・運用は必要です。それなら、現行の1人乗務と本質的には変わらないという話になります。

鉄道マンには「列車を停める勇気」が必要

さて、最後に一つ、自戒の意味も込めて教訓的な話を書いてみます。

鉄道の安全に関する“基本のキ”は、「何かトラブルがあったら躊躇なく列車を停める」です。したがって、

いざというときに「列車を停める勇気」がない人は、乗務員……というか鉄道マンに向いていない

「勇気」という言葉は、前進するときに必要なイメージが強いですね。しかし、本当に勇気が必要なのは、むしろ「退く場面」ではないでしょうか?

企業経営でいえば、不採算事業からの撤退。
投資でいえば、損切り。

撤退や損切りは、いままで費やしたカネをドブに捨てることを意味し、自分のやり方が間違いだったと認めることになりますから、決断が難しい。「もう少し我慢していれば好転するのでは」と、ズルズル続けてしまう。日本では、退くことをよしとしない風潮が強いですから、なおさらです。

しかし、それで傷をさらに大きくしてしまうケースは少なくないはず。そして、「あのときやめておけば……」と後悔する。

こうした泥沼に陥らないためには、「前に進む勇気」ではなく「後ろに退く勇気」が必要でしょう。「列車を停める勇気」も、それと同種のモノだと思います。

列車を遅らせたら、クレームを受けるのではないか?
あとで叱られるのではないか?

そうした恐れを振り切って、「安全が最優先だから仕方ない! えいやっ!」と列車を停める。鉄道の安全を守るため、乗務員に限らず、鉄道マン全員に必要な資質だと私は思っています。

(2021/6/8)

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EBやデッドマン 運転士が失神したときに列車を止める装置

2021(令和3)年5月16日、東海道新幹線で、運転士がトイレを我慢できず運転席を一時的に離れる事件が発生。運転士の離席中、運転免許を持たない車掌だけが残っていた。JR東海は、運転士の処分を検討するとのこと。

この事件を受け、ネット上では、新幹線運転士の過酷な労働環境に驚く意見が多くありました。また、以下のような疑問を感じた人が多いようです。

「今回はトイレだったけど、運転士が急病で失神したり、倒れたりしたらどうするの? 列車が暴走して危なくない?」

そうですね、運転士が失神等で運転操作ができない状態に陥ったとき、そのまま列車が走り続けたら危険ですよね。そうした場合に備えて、鉄道車両にはEBまたはデッドマンという緊急停止装置があることが一般的です。
(ただし、新幹線にはEBもデッドマンも付いていません。後述)

運転士が失神・倒れたときに発動するEBやデッドマンとは、どういうシステムなのか? 今回の記事では、それを説明します。

EB 一定時間操作されなかったら列車が止まるシステム

まず、EBとは何ぞや? を説明しましょう。簡単に言えば、以下のような装置です。

運転台のハンドルやレバーが一定時間操作されなかったら、「運転士に異常あり」とみなして非常ブレーキが掛かるシステム。

運転士が失神したら、当然ですが、ハンドルやレバーを握って操縦はできませんよね。つまり、ハンドルやレバーが操作されない状態で、ずっと放置されます。そこに着目して、「一定時間操作がなければ、運転士に異常ありとみなして列車を止める」という仕組み。
(なお、一定時間とは60秒に設定されているケースが一般的)

これがEB(Emergency Break エマージェンシー・ブレーキ)です。

EBは60秒無操作で警音 → 5秒放置 → 非常ブレーキ

ただし、無操作で60秒が経過したら、いきなり非常ブレーキが掛かるのでは乱暴ですね。

そこで、無操作で60秒経ったところで、まず「プー」という警報音が鳴ります。これは、EB装置からの「運転士さ~ん、生きてます~?」という問い掛けです。

プーの警音を5秒放置すると、非常ブレーキが掛かります。そうならないよう、運転士は目の前にある「リセットボタン」を押す。これを押すと「運転士は生きている」と判断され、ブレーキが掛からずに運転を継続できます。そして、60秒のタイマーがリセットされ、0秒からリスタートするわけ。

図で示すと、↓の通りです。

f:id:KYS:20210530003310p:plain

なお、EBはJR在来線で多く導入されている装置で、新幹線にはありません。ネット上では、「新幹線は一定時間、運転操作をしないと非常ブレーキが掛かるようになっている」、すなわちEBがあるかのように書いている人もいますが、これは誤り。

【余談】リセットボタン押し忘れでEBが作動することはある

余談ですが、EBが実際に作動することは、まれにあります。

といっても、運転士が急病になったとかではなく、単なるリセットボタンの押し忘れが原因。EB警報が「プー」と鳴っているのに、運転士が警音に気付かず5秒経過 → 非常ブレーキ、というわけ。

「音に気付かないことがあるの?」と思うでしょう。が、たとえば運転席の窓を開けた状態でトンネルに入ると、ゴトンゴトン音がうるさいため、それにEBのプー音がかき消されて気付かなかった、というのが「あるある」です。また、列車無線で指令と交信している際、そちらに気を取られてEBリセットボタンを押し忘れた事例もあります。

本当に運転士が失神してEBで列車が止まったケースは……ちょっと聞いたことがないですね。

デッドマン ハンドルやレバーから手を離したら列車が止まるシステム

EBの説明は以上です。

続いて、もう一つの緊急停止装置・デッドマンについて説明しましょう。簡単に言えば、以下のような装置です。

レバーやハンドルの「握り部分」にスイッチを設けておく。レバーやハンドルから運転士の手が離れるとスイッチがオフになり、「異常あり」とみなして非常ブレーキが掛かるシステム。

つまり、運転士は生きている証として、ずっとスイッチ部分を握り続けておけ、ということ。失神したら(普通は)ハンドルやレバーから手が離れますから、そこに着目した仕組みですね。

なお、手を使うのではなく、ずっと足で踏んでおく「足踏みデッドマン」もあります。

デッドマンは私鉄で多く導入されている装置ですが、新幹線にはありません。ネット上では、「新幹線はハンドルやレバーから手を離すと、非常ブレーキが掛かるようになっている」、すなわちデッドマンがあるかのように書いている人がいますが、これも誤り。

新幹線にはATCが備わっている EBやデッドマンはない

さて、運転士が失神や倒れたときの緊急停止装置・EBとデッドマンの説明をしましたが……先ほど述べたように、新幹線には装備されていません。「おいおい大丈夫かよ!」と思うでしょうが、大丈夫。新幹線にはATCというシステムが備わっているからです。

ATCとは、どんなシステムなのか? ちょっと難しいですが、以下のような感じです。

まず、走行中の車両は、さまざまな情報を受信できるようになっています。情報は地上設備から送信されてきたり、最初から車両に登録してあったり、という具合。

  • 先行列車との間隔
  • 線路条件(カーブがどこにあるか等)
  • 車両性能(ブレーキ力はどれくらいか等)

ATCは、取得したこれらの情報を処理して計算し、「いま○○㎞/hまで出して大丈夫だよ」と運転台に表示します。

たとえば、先行列車との距離が大きければ高い速度で走ってOK。先行列車との間隔が詰まってきたら、少し速度を下げるべし。カーブが近づいてきたから、カーブの制限速度まで減速しよう。この車両のブレーキ性能は優れているので、ブレーキを掛け始める地点はギリギリまで遅くできる。

こんな感じで、ATCは現在の条件を総合的に判断して「安全な速度」を示してくれるのです。

さらに、ここがポイントなのですが、もし列車の速度が○○㎞/hを超えそうになると、自動的にブレーキが掛かって○○㎞/hまで減速します。

ようするに、ATCが制限速度や先行列車との間隔をちゃんと監視しており、必要に応じて自動で減速・停止してくれるわけ。そのため、仮に運転士が居眠りや失神しても、速度オーバーによる脱線や、先行列車に追突する事故は起きないようになっています。だからこそ運転士はトイレで離席できたわけです。

こうした仕組みなので、EBやデッドマンがなくても大丈夫なのです。

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運転士への行政処分は免停か 東海道新幹線・トイレによる離席

2021(令和3)年5月16日、東海道新幹線で、運転士がトイレを我慢できず運転席を一時的に離れる事件が発生。運転士の離席中、運転免許を持たない車掌だけが残っていた。JR東海は、運転士の処分を検討するとのこと。

大きなニュースになったので、ご存じの方も多いでしょう。今回の記事では、この事件について書きます。

運転士に対する処分は「免停」の可能性が高い

まず、当該運転士に対する処分ですが、運転免許の停止 = 免停の可能性が高いです。免許の取消まではいかないはず。

これは法令的な根拠があります。

国土交通省によって、『動力車操縦者運転免許の取消等の基準』というものが定められています。ようするに、「運転士がこういうことをやったら、免許の取消や停止処分を下すよ」がキチンと決まっているわけ。

たとえばですが、「酒気を帯びた状態で列車を操縦した者」は、一発で免許取消を喰らいます。たとえ事故が起きなかったとしても、です。

で、今回のトイレが我慢できなくて離席した件ですが、これは当基準内の「正当な理由なく列車の操縦中に運転席を離れた者」に該当すると思われます。

もう少し詳しく説明すると、『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』では、以下のように定められています。

(列車の操縦位置)
第百二条 動力車を操縦する係員は、最前部の車両の前頭において列車を操縦しなければならない。

列車を操縦する際、運転士は一番前で運転しなければならない。それすなわち、運転中に運転席から離れるのはNGということですね。もし離れたければ、操縦をいったん中断するとか、代わりの人を配置するとかの措置が必要です。

で、話を戻しますと……

『動力車操縦者運転免許の取消等の基準』によると、運転席からの離席に対する処分は、「鉄道運転事故が起きなかったのであれば免停30日」となっていますから、免停処分になるでしょう。免許の取消までは、さすがにいきません。

「トイレは生理現象なのだから仕方ない。免停などの処分はおかしい」という意見もネット上ではありますが、それは通りませんね。ルールが決まっていますから、それに則って処分が下されるのは当然。

ただし、これは国土交通省による行政処分の話。JR東海の社内的な処分は、話が別です。

JR東海も、当該運転士の免許剝奪まではしない(というかできない)でしょうが、おそらく、関連会社に出向(左遷)させるでしょう。大きなミスをした乗務員を乗務から外し、関連会社に出向させるのは、鉄道会社での一種の“定石”です。つまり、「実質的な免許取消処分」を下すわけ。

プロとして最も恥ずべきことは何か?

さて、当該運転士ですが、「腹痛で列車を停止させて遅延させるのは、プロとして恥ずかしかった」と話しているとのことです。

列車を遅らせるのが恥ずかしいという感覚、私も運転士経験者ですから、よくわかります。決められた時刻通りにキッチリ列車を走らせるのも、プロの条件の一つです。

ただ、この運転士は、もっと大事なことを忘れてはいないでしょうか。

プロとして最も恥ずべきは、乗客を危険な状態に晒すこと

運転席に、列車を操縦する(だけではなく、異常事態が発生したときに対応する)運転士がいないまま列車が走り続ける。これが危険でなくて何なのか?

確かに列車を遅らせるのは恥ずかしいかもしれませんが、乗客を危険に晒すのは、それ以上に恥ずべきことです。この運転士の言い分は、そこの優先順位を間違えた「誤ったプロ意識」であると断言しておきます。

「運転士2人体制にすべき」という意見は疑問

今回の事例を見て、「こうした生理現象も当然ありうる話なのだから、運転士を2人体制にするべきだ」という意見も多くあります。が、少なくとも私は、その必要性を感じません。

というのは、乗務中に体調不良(トイレに行きたいも含む)になったときの対応は、JR東海ではちゃんとルール化されているからです。具体的には、「指令に連絡して指示を仰ぐ」だそうです。

「腹イタで急を要するときに、いちいち指令の指示を仰ぐなんて非現実的」と思うかもしれませんが、それを言ったら、「全列車の運転士を2人にする」だって非現実的です。

というか、それを言い出したら、新幹線に限らず在来線だって運転士2人体制にするべきですし、バス等の他の公共交通機関でも同様でしょう。さすがにそれは無理です。

「腹が痛いのでトイレに行きたいです」と乗務員が申告してきたら、指令も「我慢しろ」とは言いません。「しゃあないので列車を停めてからトイレに行け」と指示します。

ちなみに、乗務員の体調不良時の扱いはウチの鉄道会社でも同じ。

私は指令の仕事をしていますが、実際、乗務員から「体調が悪くて運転を続けられません」と申告してきた事例に遭遇した経験はあります(熱中症でした)。そのときは駅停車中だったので、交代運転士を急いで派遣しました。

体調不良時には、すぐに列車を停める。それからトイレに行くなり、交代運転士を派遣するなりして対応する。現実的な範囲内のルールですから、それを守るよう徹底すれば、運転士2人という非現実的な体制は不要なはずです。

(2021/5/24)

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運転士がカギを忘れて運転室に入れず列車遅延 「忍び錠」と「マスコンキー」とは?

2021(令和3)年5月21日、JR東北線で遅れが発生。新白河駅で折り返す列車の運転士が、運転室のカギを忘れたため中に入ることができず、列車が発車できなかった。

これはまた珍しい遅延理由で……(^^;) このニュースですが、前提知識として以下の二つを知らないと、理解しにくいと思います。

  • 乗務員が持っている「カギ」
  • 運転室の扉の仕組み

運転士は「マスコンキー」と「忍び錠」の二つを持っている

前提知識その1。
まず、JRの運転士・車掌が持っているカギについて説明しましょう。

みなさんは、自動車のカギについては知ってますよね。「扉のカギ」と「エンジン始動のためのカギ」が共通、つまりカギは一種類だけです。

しかし、鉄道車両は違います。「運転室の扉のカギ」と「運転操作に使うカギ」が別物、つまりカギが二種類あります。それぞれ忍び錠・マスコンキーと呼びます。

  • 運転室の扉のカギ ⇒ 忍び錠
  • 運転操作に使うカギ ⇒ マスコンキー

運転士は列車を操縦するときにハンドルを操作しますが、あのハンドル、デフォルト状態ではロックされていて動かせません。運転台にマスコンキーを挿入することで、動かせる(操作できる)ようになります。

さて、↓の図をご覧ください。

f:id:KYS:20210522000016p:plain

運転士は、二種類のカギを持っています。
運転室に入るための忍び錠。
操縦に必要なマスコンキー。

対して、車掌は操縦をしないのでマスコンキーは不要。持っているのは忍び錠だけです。ワンマン運転だと↓の図になりますね。

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運転室から出るときはカギを使わなくても施錠できる

カギの種類・役割についてはわかったと思います。続いて、前提知識その2。運転室の扉の仕組み。

運転室の扉ですが、運転室内側には、取っ手のそばに「開」と「閉」のツマミがあります。

f:id:KYS:20210522002348p:plain

たとえば、車掌が車内巡回をするため、運転室から客室に出るとしましょう。そのときは、ツマミを「開」位置にして取っ手を回せば扉が開きます。

f:id:KYS:20210522003523p:plain

ツマミを「開」にして、運転室内から扉を開ける

で、扉がロックされていないまま車内巡回に行ったら、誰かが運転室に入るかもしれませんよね。当然、扉は施錠しなければいけません。どうやって施錠するかというと……扉が開いた状態でツマミを「閉」位置にします。

f:id:KYS:20210522003743p:plain

客室に出た車掌は、扉のツマミを「閉」位置にする

ツマミを「閉」位置にしたまま扉をバタンと閉じれば、それで施錠完了です。

f:id:KYS:20210522004034p:plain

客室側から扉を閉じる。扉は施錠された状態に

つまり、運転室から出るときは、いちいちカギを鍵穴に差し込まずとも施錠できるわけです。一種のオートロックですね。もちろん、車内巡回を終えて客室から運転室に戻るときは、鍵穴にカギ(忍び錠)を差し込んでロックを解除しなければいけませんが。

忍び錠を運転室に置き忘れたまま外に出てしまった模様

前提知識として、二つの説明をしました。

  • 乗務員が持っている「カギ」
  • 運転室の扉の仕組み

さて、ここから今回のトラブルの説明。まず、列車が終点に到着します。

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ワンマン列車だった模様

運転士は折返しのため、反対運転室に移動します。その際、扉を開けるための忍び錠を、先ほどまでいた運転室内に置き忘れてしまったのでしょう、たぶん。

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忍び錠がないと扉を開けられませんから、反対運転室に入れません。つまり、折返し列車を発車させられない。

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先ほどまでいた運転室に戻ってカギを取って来たいのですが、そこの扉も、すでにロックされていて入れません。運転室から出る際に、ツマミを「閉」位置にして、先ほど説明したオートロックをしたのですね。これで両運転室から締め出されてしまった、というのが事の真相でしょう。

ワンマン運転ならではのトラブル

さて、今回のトラブル。相方の車掌がいれば、車掌も忍び錠を持っていますから、「開けて~」と頼めばOKです。

しかし、ワンマン運転だと、運転士以外にカギを持っている人がいませんよね。誰でも一度は経験がある「オートロックの部屋内にカギを忘れて締め出された」状態になると、万事休す。

自分で予備キーを持っているとか、駅務室に予備キーが配備されているとか、そういうのもナシだと完全にお手上げです。他の列車が到着し、その乗務員が所持する忍び錠で、運転室を開けてもらうしか手がありません。

(2021/5/22)

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列車とクマが衝突 他の動物と違って運転再開に長時間かかるケースも

「列車と動物の衝突」は、決定的な対策が打ち出せず、長年にわたって鉄道会社を悩ませている事案です。今回の記事は、その実態や裏話を紹介する『列車 vs 動物シリーズ』の第5弾ですが……まずは一つニュースを紹介。

2021(令和3)年5月8日、北陸新幹線が軽井沢付近でクマと衝突。30分ほどの遅れが発生した。

「列車と動物の衝突」というと、シカや鳥が一般的なイメージですが、実はこのようにクマがぶつかることもあります(・(エ)・)

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ぼくはクマ、クマー、クマー、クマー

今回は、新幹線とクマが衝突しました。高速で事故ったので、間違いなくクマは天に召されたはず。ですので、車両点検をして遅れ30分で済んだのでしょう。

これが在来線だと、もうちょっと面倒です。

列車と衝突すれば、クマといえども死ぬのが一般的。が、死んだように見えるけど、気絶しているだけで実は生きていることもありえます。その場合、車両点検等のために外に出た乗務員が襲われた、なんてことになったら大変ですよね。

どこからどう見ても100%死んでいる(原形を留めないほどミンチになっているとか)なら、外に出ても大丈夫でしょうが、微妙なときはどうするか?

こういう場合は、猟友会に頼んで死体の始末(もし生きていれば駆除)をしてもらうしかありません。当然、すぐには来られないので時間がかかります。シカなどと違って、非常に厄介なのです。

いや~、クマったクマった……とか言ってる場合じゃない。

実際、クマとの衝突後に長時間立ち往生してしまったケースもあります。

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本記事の写真提供 Rob-Royさん

本記事内のクマの写真は、『数万人に一人の病気 褐色細胞腫になったときの体験談』を運営するはてなブロガー・Rob-Royさんにいただきました。ありがとうございました(^^)

『数万人に一人の病気 褐色細胞腫になったときの体験談』は、いわゆる闘病記のブログ。入院や手術の知られざる(?)様子が詳しく書かれていて、かなり面白く読めます。なお、ブログ主のRob-Royさんは鉄道好きだそうです。

4時間半はかかりすぎ! JR越後線での列車立ち往生

2021(令和3)年5月2日、JR越後線で列車の駅間立ち往生が発生。何らかの原因でブレーキが掛かり、動けなくなったとのこと。発生から約4時間半後、救援列車が到着して連結、次駅まで移動した。

まず、同業者としての正直な感想を書かせてください。

4時間半はないわぁ……
お客さんに迷惑かけすぎ

嫌味ではなく、純粋に疑問なのですが、逆に何をどうやったら4時間半かかるのか教えてほしい。

例えとして適切かわかりませんが、みなさんが都市部に住んでいるとして、110番・119番してから到着までに1時間かかったら、どうでしょうか? 「遅すぎだろ!」と思うでしょうが、それと同じような感覚です。

故障車の救援は普通なら2~3時間で済む

「4時間半はかかりすぎって言うけど、何時間なら適正なんだ?」

故障車両の救援は2~3時間です。一例として、以下のような時間配分です。

  • 初期対応、情報収集から救援列車派遣の決定 → 30分
  • 救援列車の手配、各種手続をして発車 → 1時間
  • 救援列車の発車から現場到着、収容まで → 30分

これでトータル2時間。多少モタついても、3時間あれば足りるでしょう。

もちろん状況によって必要な準備や手配が異なるので、ケースバイケースではありますが。たとえば、列車本数や人手の少ないローカル線だと、救援列車を仕立てるまでのハードルは上がります。また、故障列車と救援列車の連結器の形状が違うと、連結に多少時間が必要です。

ただ、今回の越後線は20分間隔で走っている区間なので、人手・車両不足はないでしょう。連結器が特殊なわけでもないので、特段時間を喰う要素はないと思います。

国土交通省からいろいろ事情を聴かれるはず

今回の4時間半立ち往生という事態、国土交通省も傍観はしないでしょう。

ここ2年くらいで、国交省は鉄道各社に対し、駅間停車についてやかましく言うようになっています。

なるべく駅間停車は発生させないようにしてください。もし発生した場合は、速やかに旅客救済を行なってください。そのための体制を検討・準備しておいてください。

そういう状況ですから、おそらく今回の件でJR東日本は、「4時間半はかかりすぎじゃない? ねぇなんで? ねぇどうして?」と国交省からネチネチ言われると思います。やっちまったな……という感じです。

考えられる故障の原因は?

さて今回、列車が立ち往生した原因は何でしょうか?

報道では、「自動でブレーキが掛かってしまった・装置が故障して誤作動?」といった情報が出回っています。これだけの情報だと粗い推測しかできませんが、たとえば以下のような原因が考えられます。

考えられる原因① ATSの故障

まず考えられるのが、「ATSの故障」です。

ATSとは、運転士がミスをしたときに、自動でブレーキを掛けて列車を停める装置です。たとえば、運転士が赤信号を見落として進入しようとした。速度制限のあるカーブに高速で突っ込もうとした。

この場合、列車を停止(または減速)させないと危険です。赤信号の冒進・制限速度オーバー時に、自動的に列車を停止・減速させてくれるのがATSです。

ATSは、ようは自動的にブレーキを掛けてくれる装置。ですから故障した場合、「ブレーキを掛けろ!」との命令が出てしまい、ブレーキがロックされることはありえます。
(ブレーキがロックされて緩まなくなることを、専門用語では「ブレーキ不緩解」と呼びます)

ATS故障の場合は「増乗」の手配で運転再開できる

で、仮にそうなった場合はどうするか? ATSがブレーキをロックするという悪さをしているので、ATSを切れば(オフにすれば)ブレーキが緩み、走行が可能になります。

ただ、ATSをオフにすると安全度が下がります。そのまま走行して、運転士がウッカリ赤信号を見落としたら事故になりますよね。

そうならないよう、運転士をもう一人運転室に派遣し、二人で信号等をチェックしながら列車を走らせます。つまり、ATSという機械に代わって、人間によるダブルチェック体制を構築することで安全を確保するわけ。

この手配は、乗務員(運転士)を増やすので増乗(読み方:ましじょう)と呼んだりします。

ただ、ここまで書いといてなんですが、今回のケースはATS故障によるブレーキ不緩解ではないようですね。単なるATS故障ならば、増乗の手配をすれば運転再開できるので、わざわざ救援列車まで出す必要はありません。

もちろん、増乗の手配も簡単ではありませんが、救援列車の派遣に比べれば100倍ラクです。運転士一人を現場に送り込むだけで済みますから。

考えられる原因② エアーコンプレッサーの故障

他に考えられる原因はないでしょうか?

「エアーコンプレッサーの故障」はありえるかもしれません。

エアーコンプレッサーとは、圧縮空気を作る機械です。鉄道車両では、圧縮空気をさまざまな部分で使っています。

  • ドアの開け閉め
  • 空汽笛
  • 車体の揺れを軽減させる空気バネ
  • 空気ブレーキ

「圧縮空気なくして列車は走れない」と言っていいでしょう。特に、ブレーキにも圧縮空気は使われているので、圧縮空気のないまま走行すると非常に危険です。

そこで、圧縮空気の量が一定を下回った場合、「これ以上走行を続けるのは危険だ」と機械が判断し、自動的にブレーキが掛かる仕組みになっています。エアーコンプレッサーが故障し、新たな圧縮空気が作れなくなると、列車は停まってしまうわけですね。

考えられる原因③ 圧力計の故障

②の派生の理由で、「圧力計の故障」もありえます。

ようは、まだ圧縮空気はたくさん残っていたのに、圧力計が故障して「圧縮空気量が一定を下回った」と判定されてしまい、自動的にブレーキが掛かった。そういう理屈です。

今回の事件の本質は「なぜ救援に時間がかかったか?」

……とまあ、こんな感じの原因がありえますが、そのへんは調査をすれば解明されるでしょう。

さて、今回の事件の本質は「なぜ立ち往生したか?」ではありません。「なぜ救援に時間がかかったか?」です。

機械は故障するものですから、立ち往生が発生すること自体は、ある意味仕方ありません。機械の故障時にブレーキが掛かるというのは、安全方向に転んでいるのでOKなのです。しかし、故障後の対応が遅れた面については、仕方ないとは言えません。

「異常を起こさないことももちろん大事だが、異常発生後の対応がキチンとできるかの方が大事」です。

実は、車両故障で立ち往生した場合、救援列車を派遣する方法は、きちんとルール化されています。専門用語では、伝令法と呼ぶものです。
(話が難しくなるので、どういう方法なのかの説明は省略)

ニュースでは、「橋の上なので乗客は降りられない。救出方法を検討した結果、後続列車が連結して……」などと、まるで救援列車の派遣がその場で出たアイデアみたいな報道をしていましたが、違うんですね。「この列車は動けない! 乗客も降ろせない!」となれば、検討などするまでもなく伝令法一択です。まともな鉄道マンなら、1秒で出てくる結論と言っていい。

で、最初の方で述べましたが、伝令法での列車救援は、事象発生から2~3時間で終わるのが普通です。それができなかったのは、何か理由があるわけで……

車両が直ることを期待して、伝令法(救援列車派遣)の決断を下すのが遅れたのか。現場の係員が、伝令法の取扱いを理解していなかったために準備が遅れたのか。指揮命令系統が混乱したため、余計な時間を喰ったのか。

そのあたりを分析し、再発防止に努めなければいけません。いずれ詳しい情報が出てくるはずなので、「他山の石」として、私も自分の仕事に活かしたいと思います。

(2021/5/4)

【後日追記】原因はエアーコンプレッサーの故障

2021(令和3)5月20日、JR東日本から立ち往生の原因が発表されました。エアーコンプレッサーの故障だったそうです。本記事内で書いた「考えられる原因②」でした。

また、救援まで4時間半かかったことにも触れられていました。「さまざまな手配を行った結果として、4時間を超える時間がかかった」だそうです。

いや、それにしても4時間半は時間を喰いすぎかと……。一般の方なら「そういうもんかな」と納得するかもしれませんが、同業者としては「その言い訳はちょっと通じない」という感じです。

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撮り鉄の迷惑行為は「マナー違反」ではない

最近、いわゆる「撮り鉄」のマナーの悪さについて、ネット等で取り上げられる機会が増えてきました。あくまで一例ですが、撮り鉄のマナー違反として、以下のような行為が報告されています。

  • 線路内に侵入する
  • 撮影の邪魔になる樹木を勝手に切る
  • 路上駐車で交通を妨げる

しかし、これらの行為、私はマナー違反だとは思いません。これらをマナー違反と言うのは、どう考えてもおかしい。

「ルール違反」じゃないの?

「マナー違反」を通り越して「ルール違反」

線路内に勝手に入るのは、鉄道営業法違反。撮影に邪魔な樹木等を勝手に伐採するのは、それが誰かの所有物であれば、刑法の器物損壊罪。路上駐車は、道路交通法違反。

明確に違法です。マナーの問題ではありません。

マナーとは、社会常識や周囲への配慮、節度などのこと。人と人とが社会で円滑に共同生活を送っていく上で必要なものですが、守ることに対して強制力はありません。といっても、守らなければ批判されたり、眉をひそめられたりするでしょうが。

ルールとは、法令・規程等で遵守することが定められているもの。ルールは守る必要があります。

マナー違反ならば、「守らなきゃいけない決まりでもあるんか!」という強弁が通じるかもしれませんが、ルール違反では無理。マナーとルールの線引きを、ちゃんと認識するべきだと思います。

もう一度言いますが、ネット上で晒されているような撮り鉄の行為は、

「マナー違反」じゃなくて「ルール違反」じゃないの?

それなのに、なぜか「マナーの問題」として論じられているケースが多いように感じます。

現場の鉄道マンはルール・マナー違反に怒っている

現場の駅員や乗務員は、撮り鉄をどのように思っているのでしょうか? 全国の鉄道マンの気持ちを代弁することは私には不可能ですが、ウチの会社・私が一緒に仕事をした同僚という範囲に限って言うと、次のような感じです。

まず、駅や沿線での撮影行為は、ルールやマナーを守っている限りは、特に何も思わない社員が多いようですね。私も「写真撮ってる人がいるネー」くらいにしか思いません。

問題は、ルール・マナー違反をする人や、こちらの指示を聞かない人です。

「危ないですので下がってください」と呼び掛けているのに、無視して線路に身を乗り出す人。場合によっては、運転士が危険を感じて列車を停めることもありますが、わかってるのだろうか。

撮影のために、沿線のマンションに侵入する人。ウチの会社に「なんとかしてくれ」と苦情が入るんですけど……

ホームの端に三脚 + カメラをセットし、その場を離れる人。「倒れて線路に落ちたら危ない」と撤去し、遺失物として回収したら、「カメラが盗まれた!」と騒いで窓口に来る。実際に盗まれても文句言えないと思いますが……

こちらも仕事ですから穏やかに対応しますが、内心では腸が煮えくり返っています。というか、お客さんのいないところでは、「あいつらマジふざけんなよ!!」と怒りを吐き出している社員も実際にいますよ。

ルール・マナー違反をするのは一部だけ 極論はよくない

もっとも、ルール違反(やマナー違反)をしている撮り鉄は、ごく一部でしょう。すべての撮り鉄が悪質であるかのような論調は、極論に過ぎます。

個人的には、生活保護バッシングと構図が似ている気がします。

不正受給の問題がたくさん報道されたこともあり、世間では「生活保護 = 不正受給ばかりでけしからん」みたいな雰囲気がありますよね。しかし、不正受給の割合は、金額ベースで0.4%ほどだそうです。「生活保護は不正受給ばかり」とは、とても言えないでしょう。

ついでに言っておくと、本来は資格のある人が生活保護を受けていないケースは8割にもなるそうです。そういう内容は、メディアも報じないですね。不正受給の方がニュースバリューがある = 視聴率が取れるからだと思います。

話が逸れましたが、同様に、撮り鉄のルール・マナー違反も一部だけの話でしょう。私も乗務員時代、数多くの撮り鉄さんを目にしてきましたが、「これはマズいんじゃないの?」と思ったことは、ほぼありません。

まあ、マズいことをやらかす一部の人に限って、こういう注意喚起記事は読んでくれないでしょうが……

「かぶりつき」は嫌がる運転士が多かった

さて、あとは軽い話で〆ます。

駅や沿線での撮影ではなく、運転席の後ろに張りつく、いわゆる「かぶりつき」。正直に書くと、コレは嫌がる運転士が多いです。みなさんも、自分の仕事シーンを第三者が後ろからジーッと眺めてきたら「なんじゃ」と思うでしょうが、それと同じです。

といっても、当然ですが業務の邪魔をしなければ何も問題ありませんので、ご自由にかぶりついてください。

私個人としては、かぶりつきは嫌ではなかったです。見せる(魅せる)のも運転士の仕事の一つだと思っていたので。かぶりつきが後ろに来ると、「プロの運転を見せてやる!」「カッコよく決めてやる!」と、むしろ気合いが入っていました。まあ、私のような運転士は少数派だと思います(笑)

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JR東日本は5,000億円以上の赤字 カネをかき集めまくった1年

JR東日本が2020(令和2)年度決算を発表。コロナの影響で、売上は前年比43%減の約1兆1,800億円にとどまり、経常損益は約5,180億円の赤字となった(いずれも単体ベース)。

世界中がコロナで苦しんだ2020年度、決算も発表され始めました。鉄道各社も壊滅的なダメージを受けましたが、中でもJR東日本は5,000億円以上の赤字(単体ベースの経常損益)です。

ちょうど1年ほど前に、「JR東日本は数千億円の赤字が出るかも」という記事を書きましたが、まさか本当にそうなるとは思いませんでした。ここまでコロナ禍が長引くとは予想外だったので……。

ここ数年の売上・経常損益の数字は?

まずは、2020年度決算の数字を簡単に見ていきます。数字とは、他と比べて初めて意味を持つもの。ここ数年の数字も併せて並べてみます。

まず、売上額(単体ベース)から。読みやすいよう、数字はザックリ丸めたものです。

売上額2017年度 2兆900億円
2018年度 2兆1,100億円
2019年度 2兆610億円
2020年度 1兆1,800億円

一気に半分近いところまで落ちています。続いて、企業が通常の活動をした結果である「経常損益」の数字。

経常利益額2017年度 3,600億円
2018年度 3,500億円
2019年度 2,600億円
2020年度 -5,200億円

コロナ前は3,000億円以上の黒字を確保していたのに、5,000億円の赤字。悪夢以外の何物でもありません。

エース格の新幹線のダメージが全体に影響した

これだけのダメージを被った原因は、いったいどこにあるのか?

↓の図をご覧ください。JR東日本の鉄道収入の構造を示したものです。

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コロナのダメージがない2018年度の実績

グラフの青い部分に注目。輸送量では17%(=全体の6分の1)にすぎない新幹線が、売上金額では32%(=全体の3分の1)を占めています。

ここからわかるのは、収益構造において、新幹線の価値が在来線よりも相対的に高いということ。JR東日本というと、首都圏在来線での圧倒的輸送量で稼いでいるイメージがありますが、エース格は新幹線なのですね。

つまり、新幹線の利用者が減ると、全体の売上に与えるダメージが大です。2020年度決算は、エース格の新幹線が大不調に陥ったことが、全体の大赤字につながったといえます。

今後の展望 テレワーク・在宅勤務の影響は意外と小さい?

今後の展望はどうでしょうか?

今後は、テレワーク・在宅勤務が進むと言われています。それによって通勤が不要になり、JR東日本の売上が大きく失われる……なんて予想されていますが、先ほどの図を見ると、案外そうでもないかもしれません。

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再掲図

テレワーク・在宅勤務の普及によって失われるのは、「在来線・定期」の売上でしょう。グラフのピンク部分ですね。

「在来線・定期」の部分は客単価が低い(=輸送量が多いわりに売上に占める割合は少ない)ので、早い話、なくなっても見た目ほどのダメージはないわけです。仮に「在来線・定期」の利用者が25%減っても、鉄道収入全体に与える影響は6~7%といったところでしょう。

むしろ「在来線・定期」の利用者が25%も減れば、通勤ラッシュがかなり緩和されるので、長期的には本数減 → 運行コスト減、という良い方向に転ぶ可能性もあります。

ですので、今後のJR東日本を脅かすのは、テレワーク・在宅勤務の普及よりも、旅行や出張(=定期外利用)の減少ですね。全体から見れば小さい「新幹線・定期外」の輸送量ですが、これが仮に半減すると、鉄道収入としては15%ほど減ります。

ただ、コロナ禍が終われば旅行需要は戻りますし、出張も復活するでしょう。リモート会議の便利さは多くの人が体感したはずですが、逆に、「顔を突き合わせての会議じゃないと不便だなあ」と感じた人も少なくないのではないでしょうか。

ですので、コロナ禍が終われば「新幹線・定期外」「在来線・定期外」の売上は戻り、じゅうぶん黒字になると予想します。
(以前の水準を望むのは無理としても)

決算書には、2021年度の予測も付記されていました。上半期はコロナの影響がまだ大きく残るでしょうが、それでも通期で2~300億円の黒字(純損益)予測です。2022年度以降は、もっとしっかり黒字になるでしょう。

借入金・社債・コマーシャルペーパー……なりふり構わず現金確保

さて、次の話。今回の決算、赤字額に驚いたのはもちろんですが、他にも「うおっ」と思ったところがあります。

現金・預金(キャッシュ)が増えている点です。

2020年4月1日の時点では、保有する現金・預金額は約1,200億円でした。これが2021年4月1日には、約1,600億円にまで膨れ上がっています。(単体の貸借対照表による)

コロナ禍の1年を経て、手持ちのカネ(キャッシュ)が減るどころか増えている!

もちろん、会計的には「赤字 = 手持ちのカネが減る」という単純な図式ではないのですが、それにしても5,000億円の赤字です。カネが流出しまくるのが普通のはずですが……。

これは貸借対照表やキャッシュフロー計算書を見れば一目瞭然で、カネをかき集めまくったのが理由です。具体的には、1年前に比べると、次の各項目で大幅に数字が増えています。

  • 短期借入金  +3,000億円
  • コマーシャルペーパー +2,650億円
  • 社債     +3,100億円
  • 長期借入金  +1,650億円

ものすごいカネを調達しているのがわかります。「これって借金でしょ? 利息だってかかるんだから、ここまで借りなくてもいいじゃん」と思う人がいるかもしれません。

ただ、それは結果論ですね。

昨年の上半期の段階では、コロナの影響がどれくらいか先行き不透明でした。つまり、状況がどれだけ悪化するかわからない。

仮に状況がものすごく悪化してからだと、「カネ貸してくれ」と頼んでも、「JR東日本さんは業績がヤバいから貸せない」と断られるかもしれません。状況が悪化する前に、どれだけたくさん借りておけるかが勝負だったわけ。

その意味では、これだけカネをかき集めておいたのは正解なはずです。例えるなら、いつ絶食が行われるか分からないので、その前に食い溜めしておいた感じですね。

もちろん、借金ですから後で返済しなければならず、財政上の負担になる可能性はあるわけですが……。ただ、コロナ禍での切羽詰まった状況を考えると、仕方ありません。

最後にちょっと補足。難しいので、読み流してもらっても結構ですが……

売上 - 費用 = 利益

この図式、みなさんご存知ですよね。しかし、会計上、借金元本の返済は費用になりません。
(借金の「利息の支払い」は費用になるのですが)

これは簡単な話で、どこかの金融機関からカネを借りてきても、それは「売上」になりませんよね。カネを借りても売上にならないのだから、カネを返しても費用にならない。そういう理屈です。

つまり、借金をいくら返済しても、利益額が減るわけではない。言い換えると、黒字・赤字には影響しないのです。

決算が黒字だったとしても、それで財政状況が楽だとは限らず、黒字決算の裏側で、借金返済に苦しむ場合があります。しかも、黒字になったら法人税等は支払わないといけない。

黒字なのに、借金返済や税金の支払いで首が回らない。会計を知らない人からすると不思議でしょうが、そういうことがあります。


(2021/5/1)

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緊急地震速報を受信! そのとき鉄道会社はどうする?

2020(令和2)年7月30日、関東や東海で緊急地震速報が流れました。

緊急地震速報が流れた際、鉄道の現場では何をするのでしょうか? 今回の記事では、それを紹介します。

緊急地震速報 or 実際に地震が発生したら全列車を停める

緊急地震速報を受信した場合、鉄道会社が最優先でやるべきことは何か?

「すべての列車を停車させること」です。

これは緊急地震速報の場合に限らず、実際に地震を感じたときも同様です。どこの鉄道会社にも、「運転士は運転中に地震を感じた場合、ただちに停車すること」という類の規定があるはずです。

言うまでもなく、これは安全のための措置。高速走行中にグラグラッときて脱線しようものなら、被害は甚大ですから。

停車の方法はさまざま 運転士の手動操作から強制ブレーキまで

では具体的に、緊急地震速報を受信したら、どうやって列車を停めるのか?

これは鉄道会社によって方法がだいぶ違います。導入しているシステムや設備のレベルが異なるためです。私が知っているものを、いくつか紹介します。

① 指令員が列車無線で停車を呼び掛ける

もっともアナログな方法。
列車の運行管理を行う指令員が、列車無線で全列車に対して、「緊急地震速報だからただちに停車しろ」と呼び掛ける。それを聞いた運転士は、ブレーキを掛けて列車を停めるという方法です。

② 停車を指示する自動音声が列車無線から流れる

①の方法は、停車の指示が、指令員の肉声という「手動」でした。これが「自動化」されている場合もあります。

緊急地震速報を受信すると、システムが反応して「緊急地震速報です。ただちに停車してください」という自動音声が列車無線で流れる。これを聞いた運転士は、ブレーキを掛けて列車を停める。

運転士が最終的に手動ブレーキで列車を停めるのは、①と同じです。

③ 車両に「赤信号」を送信して強制停車させる

①②の方法は、運転士が手動でブレーキを掛けて列車を停めました。しかし、もしかすると運転士のウッカリがあるかもしれません。それを避けるために、自動的にブレーキが掛かる仕組みもあります。

たとえば、ATCという仕組みを導入している線区だと、車両に「赤信号」を自動送信して強制的にブレーキを掛ける方法があります。緊急地震速報がATCと連動しているわけですね。

ちなみに、車両に赤信号を送信して強制停車させる方法は、地震以外の場面でも用いられています。一例ですが、ホームに設置されている非常停止ボタンが押されると、付近の車両に赤信号が送信されて緊急停車する、という具合です。

④ 架線への送電を止める

列車を強制的に止める方法は、他にもあります。電車に限られますが、動力源である「電気」を断つ方法です。

具体的には、緊急地震速報を受信すると、架線への送電がストップする。車両側は、架線電圧ゼロを検知すると、自動でブレーキが掛かる仕組みになっている。

これは、新幹線で用いられているシステムです。

実際に地震が起きなかった場合はどうする?

で、今回の緊急地震速報ですが、誤報だったようで実際には地震は起きませんでした。

こういう場合は、様子見や情報収集のために5分くらい時間を置きます。それで何も起こらなければ、運転を再開します。

誤報でしたが、これはこれでいい訓練になったのではないでしょうか。ダイヤが大乱れしてお客さんに迷惑が掛かったケースもあったようですが、それは誤報が悪いのではなく、鉄道会社側の“後始末”が下手だったという話で……。

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