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乗務員不足で減便 中小だけでなく実は大手も乗務員確保に苦労している

今年(2023年)に入り、複数の中小私鉄で「乗務員不足により減便」という事態が起きています。

バスやトラックでは、ドライバー不足は以前から叫ばれていました。しかし、鉄道でも同じことが起きるとは、正直思いませんでした。

いや、将来的にはそういうこともあるよなぁ……と私も漠然と想像はしていました。が、それは20年後くらいのイメージで、2023年に起きるとは考えていなかったです。

ただ、私の先読みも甘かったでしょうが、3年にも及ぶコロナ禍で鉄道会社の経営状況が一気に悪化した影響も少なからずあると思います。

減便していない会社も乗務員確保に四苦八苦

今のところは減便していなくても、実は乗務員の台所事情が火の車で、乗務員の確保に四苦八苦している会社もあります。

何かのツテがあれば、他社に勤める人間に対しても引き抜き行為……とまでは言いませんが、接触しているケースもあると聞きました。たとえば、自社の社員に対し、「他の会社に免許持ちの知り合いいない? ウチに来てもらえないか聞いてみて」という具合。

特に、気動車(ディーゼルカー)で運行している鉄道は、人材確保に苦労しているようです。というのは、気動車は「免許持ち」が少ないからです。

鉄道車両にはいろいろな種類があり、車両ごとに免許が違います。これは自動車の世界と同じ。普通乗用車・バス・トラックでは、それぞれ必要となる免許は異なりますよね。

多数派なのが「電車の免許」で、これは私も持っています。「気動車の免許」となると少数派。電車免許オンリーの私がその気になったとしても、気動車は運転できません。中途採用で即戦力を確保しようにも、そうした壁があります。

さらに、地方ローカル線を運営しているような中小私鉄だと、どうしても給与水準が低い。そのために採用が難しい面もあります。

大手でも人手不足が深刻な会社がある

乗務員が足りなくてヤバいのは中小だけかというと、そうでもありません。私の情報の範囲だと、大手でも、「もーヤダッ仕事きつすぎ。この会社ではやってられない」と退職者が続出して乗務員の足りない事態が起きているところがあります。

ではどうするかというと、所定の仕事にプラスアルファ、つまり時間外労働(残業)で余分に乗務してもらうことで、なんとか回しているそうです。

ただ、それをやると、ただでさえシンドイ仕事がさらに大変になり、それがまた退職者を生む悪循環に陥りかねません。

乗務員は一朝一夕では養成できませんし、頭数さえ揃えればいいというものでもないため、想定を超える数の退職者が出ると、すぐには手を打てないのが現実です。“回復”するまでは、残っている乗務員で頑張るしかないため、仕方ない話ではありますが……。

「カムバック制度」や「退職者の相互受け入れ」で人材流出防止

また、近年になって、退職者の出戻りを受け入れる「カムバック制度」を設けた会社もあります。

ただ、その会社が嫌になって退職した場合は、乗務員が戻ってきてくれる可能性は低いでしょうね。退職したのは、それだけの理由があったはずで、出戻ったからといって理由が消えているわけではないからです。

昔は「去る者は追わず」だったんですが……。それだけ人手不足が深刻ということです。

人材流出防止といえば、大手鉄道会社同士で、退職した社員を受け入れる取り組みもあります。

たとえば、東京の鉄道会社Aで勤めていた人が、家庭の都合等で大阪へ転居するとします。この場合、大阪の鉄道会社Bが受け入れてくれるというものです。
(もちろん、A社とB社の間でキチンとやり取りが行われたうえでの入社)

本人もキャリアを活かして次の職を見つけられるし、業界としても人材流出を防げるメリットがあります。

このへんは、大手 → 大手の転職が難しい雰囲気のあった昔とは、状況が変わってきましたね。以前は、転居のために都市圏の大手鉄道を退職する場合、鉄道の仕事を続けたければ、転居先の近くにある中小私鉄を転職先にするのが一つのパターンだったと思います。

もしかすると、こうした取り組みが、中小私鉄の人材確保に影響している可能性もありますが……。

もはや「アンタの代わりはいくらでもいる」時代ではなくなった

こうした乗務員不足は一時的なものなのか、それとも社会構造等の変化によって、今後は恒常的なものと化していくのか?

各社とも、コロナ禍で経営悪化したダメージが噴出した面はあるでしょうから、一時的な現象との解釈も可能です。ただ、人手不足は社会全体の問題になってきていますから、やはり今後は常に乗務員不足を見据えての対応が求められるでしょう。列車の自動運転実験なんかも、その一環です。

先ほども書きましたが、昔は「去る者は追わず」だったんですよ。「やめたい? ハイハイどうぞ。アンタの代わりはいくらでもいるから」という雰囲気で。

しかし、もはやそういう時代ではなく、会社側が「乗務員を繋ぎ留めておく努力」をキチンとしなければいけなくなったのは間違いありません。

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新幹線「函館駅乗り入れ」の企画提案を考察 3両+7両は実現するのか?(2)

この記事は、『新幹線「函館駅乗り入れ」の企画提案を考察 3両+7両は実現するのか?(1)』の続きです。

現在、北海道新幹線の終着駅である新函館北斗駅。函館の名が入っているものの、実際は北斗市が所在地。函館駅からは十数㎞離れています。函館に向かうには、ここで新幹線から在来線に乗り換えなければいけません。不便です。

そこで、乗り換えの手間を無くすため、新幹線を函館駅に乗り入れさせる構想が存在します。函館市は、コンサル会社に委託して、構想の実現性を調査することにしました。

そのコンサル会社から提出された企画提案資料によると 車両は3両編成と7両編成を用意します。東京~新函館北斗間では、3+7の10両で運行。新函館北斗駅で両者を切り離し、3両は函館へ、7両は札幌へ向かわせる。

こういう方法が一つ考えられるよ、とのことです。

ただ、前回の記事でも指摘したように、この方法は無理気味な面が否めません。東北・北海道新幹線に使用されるE5系H5系は10両固定編成ですが、これを3+7に分割すると、いろいろ問題が発生するからです。

なお、北海道新幹線の札幌延伸時(2030年度を予定)には、新型車両が導入されると思われますが、その場合でも、これから指摘する問題点は変わらないはずです。

【問題1】3+7の形にすると座席数が大幅に減る

まず考えたいのが、座席数の問題。

東京と北海道を結ぶはやぶさで使用しているE5系・H5系。JR東日本のホームページによると、座席数は↓図の通りです。

トータル座席数は710

コンサル会社の企画提案で出た、3+7の構想だと、単純計算で座席数は↓図のようになると推測できます。

トータル座席数は583。710座席から127減った

編成全体の座席数がドカーンと減りました。原因は「先頭車」です。

ご存知のように、E5系とH5系の先頭車は鼻が非常に長いため、客室スペースが少ない = 座席数が少ないです。3+7だと途中に先頭車が存在するので、座席数大幅減少が起きてしまうと。

これによって、「乗れるはずだったお客さんが乗れない」という機会損失が発生します。ようは売上を損するわけ。1列車あたり、100~200万円くらい損するのではないでしょうか。

1列車あたりの損を100万円と仮定しましょう。一日の運行本数が上下12本ずつ、合計24本だとすると、

  • 一日 100万円×24=2,400万円
  • 年間 2,400万円×365日=87億6,000万円

うわ、とんでもない額の損になった。これは超テキトーな仮定ではありますが、年間で数十億を損することは間違いないでしょう。新幹線の札幌延伸を切り札にしているJR北海道なんか、絶対に承服しないはず。

ちなみに前回の記事で、私は「E5系・H5系ベースで3+7を構成するのは難しい。3+7をやるなら秋田新幹線のE6系を使った方がいいのでは」と書きました。

秋田新幹線のE6系は「ミニ新幹線用」なので、車両が小さいです。そのため、座席数はさらに減りまして……

トータル座席数は492

こんな感じになるかもしれませんね。どれだけのカネを損するか、考えるのもバカバカしいです(笑)

【問題2】お客さんの車内設備利用が制約される

次に考えたいのが、3+7の形だと、お客さんが車内設備の利用を限定されてしまう問題。E5系・H5系は、10両編成の中に、以下の設備があります。

  • 車椅子対応座席
  • 車椅子対応トイレ
  • 多目的室
  • AED
  • グリーン車
  • グランクラス

たとえば車椅子用対応座席。3+7のうち、7両編成の方だけに車椅子用座席があって、3両編成の方にはない。そんなことになったら、車椅子で函館に行きたい人は困ります。

ようするに、3両・7両編成どちらにも同様の設備を設けないと、不公平になるという話。

しかし、ただでさえ3両と短く、しかも鼻の長い先頭車を2両組み込んで客室スペースや座席が少ない編成。その中に、上記設備を全部詰め込めるか? そのためのスペースが必要なため、【問題1】で指摘した少ない座席数が、さらに減りますね。

もし設備用のスペースが捻出できない場合、函館行き3両編成は、お客さんの設備利用が制約されます。赤ちゃんの授乳のために、多目的室を使用したい。俺はグリーン車で優雅に函館入りしたいんだけど。

はい残念、それは無理。そういう人は、設備のある札幌行きの7両編成に乗って、切り離し駅の新函館北斗で乗り換え……って、「乗り換えなしで函館に行ける」が構想の主眼じゃなかったっけ?

編成を短く「切って」しまうと、こういう問題が起こりえます。

【問題3】鉄道会社のオペレーション上も都合が悪い

もう3+7案のライフポイントはゼロだと思いますが(笑) まだ問題はあります。お客さん目線ではなく、鉄道会社側のオペレーションの都合です。

途中で合体させる列車は遅延した場合に大変

北海道に行くはやぶさ(10両)は、途中の盛岡駅まで、秋田新幹線のこまち(7両)と併合して走ります。札幌延伸後も同様と仮定し、そのうえで、はやぶさ10両を3+7の形にした場合──

東京~盛岡間は、3+7+7の形で走ることになります。東京行の上り列車の場合は、最初は3本の列車だったものが、途中で合体して一つになるわけです。

こういう場合にメンドクサイのが、遅延です。3本のうち、どれかが遅延したら、合体計画が狂います。遅れている列車を待って、予定通り合体させるか。それとも合体は諦めて、それぞれの編成を単独で走らせるか。そのへんの判断や手配が大変です。

もちろん、これは現行の「はやぶさ10 + こまち7」でも起こる問題ですが、これにさらに1本プラスすると、より話が複雑になります。

座席数が違うので車両運用も融通しにくい

鉄道会社目線で厄介な点は、まだあって、先ほどから触れている座席数の問題。

10両編成と3+7編成は、座席数が違います。たとえば10両編成が故障し、代わりの車両を用意する必要があるとき、3+7編成を代走させたい──と思っても、座席が少ないため、営業面で問題が発生します。

ようするに、「仕様が共通ではないので、互換性がない・融通が利かない」のです。

互換性がないということは、別々に運用しなければいけない。運用計画(車両の使用スケジュールのこと)に柔軟性がなく、効率が悪くなってしまいます。車両というものは、仕様を揃えた方が何かと都合が良いのです。

3+7案が実現することはないと思う

  • 座席数の問題
  • 車内設備の問題
  • 鉄道会社側のオペレーションの問題

というわけで、北海道新幹線の函館駅乗り入れ構想について、方法の一つである「3+7案」を考察しました。

いろいろ厄介事が想定されるわけですが、失礼ながら“枝葉”の函館のために、JR東日本とJR北海道が課題解決を頑張るとは思えません。さすがに費用対効果が悪すぎます。

こちらの記事でも書きましたが、「東京から乗り換えなしで函館に行けるようにしたい」は得策ではないと考えます。新函館北斗~函館間に新幹線を通すのであれば、それは「札幌 ⇔ 函館の直通」に目的を絞るべきでしょう。

(2023/9/30)

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新幹線「函館駅乗り入れ」の企画提案を考察 3両+7両は実現するのか?(1)

現在、北海道新幹線の終着駅である新函館北斗駅。函館の名が入っているものの、実際は北斗市が所在地。函館駅からは十数㎞離れています。函館に向かうには、ここで新幹線から在来線に乗り換えなければいけません。不便です。

ということで、乗り換えの手間を無くすため、新幹線を函館駅に乗り入れさせる構想が存在します。

この構想の実現性については、函館市が外部に調査を委託することにしています。そして、8月に委託先を選定するための審査を行い、委託先のコンサル会社が決定しました。

そのコンサル会社から、企画提案資料が出されました。「新幹線の函館駅乗り入れ構想を実現するためには、こういう方法が考えられるよ。クリアすべき課題は、これこれが想定されるよ」という雰囲気の内容です。

受託候補者(最適提案者)の公開用企画提案資料

で、私も資料を読みましたが、結論から言うと、「これは一目無理」が正直な感想です。今回の記事では、この話題を取り上げます。

【資料の内容】新函館北斗駅で分割 → 3両は函館へ・7両は札幌へ

まず、コンサル会社の企画提案資料の内容を、簡単に説明しておきます。

東京と北海道を結ぶはやぶさは、10両編成です。盛岡駅までは秋田新幹線のこまちと併結して走り、盛岡で切り離す。こまちは秋田へGo。はやぶさは北海道へ向けて単体10両で走ります(↓図)。

現在のはやぶさ

コンサル会社の資料では、3両編成と7両編成を用意し、これを連結して10両にします(↓図)。

函館駅乗り入れのために「3+7」の形にする

新函館北斗駅に到着したら、両者を切り離す。3両は函館へ、7両は札幌へ。これによって、函館駅乗り入れを実現させる構想です。はやぶさ・こまちを盛岡駅で切り離すのと同じ感じですね。

新函館北斗駅で切り離してお別れする。東京行の列車では、この逆──新函館北斗駅で両者を連結する

【用語解説】M車・T車・c

という概要を説明したところで、なぜこの構想が無理っぽいかの話に入るのですが……その前に、専門用語を三つ解説させてください。

  • M車
  • T車

みなさんご存知のように、電車はモーターを使って走ります。しかし、4両の電車だとしたら、その4両すべて(各車両ごと)にモーターが搭載されているわけではありません。「モーターを搭載している車両」と「搭載していない車両」が混在しています。

モーターを搭載している車両を、M車と呼びます。MはモーターのMです。

モーターなしの車両を、T車と呼びます。

という用語も知っておいてください。これは、運転台がある車両のこと。controller、すなわち運転士が操縦を行う車両なので、頭文字のcを取ってこう呼ばれます。早い話、編成の両端がcになりますね。

そして、「M・T」と「c」は組み合わせて使うこともあります。「モーター搭載 + 運転台がある車両」はMcと呼びます。「モーターなし + 運転台がある車両」はTcという要領。

いまいち理解が進まないかもしれませんが、図を見ていけば頭に入ると思います。東北・北海道新幹線の主力である、E5系H5系の編成図を示します。

TOMIX Nゲージ JR E5系 東北・北海道新幹線 はやぶさ 基本セット 98497 鉄道模型 電車

10両編成のうち、両端つまり運転台がある車両(c)は、モーターを積んでいません(T)。つまりTc車です。中間の8両はすべてモーター搭載のM車です。

Tc車とM車で3両・7両編成を造るのは難しいのでは

先ほど説明したように、コンサル会社の資料では、3両と7両を組み合わせていました。最初は3+7の10両編成で走る。新函館北斗で分割し、3両は函館へ。7両は札幌へ。

しかし、この3+7の形に問題ありと見ます。具体的に言うと、3両・7両の編成を製造することが大変だと思うのです。

再掲図。E5系・H5系の編成図

↑図でわかるように、E5系とH5系は、Tc車とM車という二種類の組み合わせで成り立っています。Tc車・M車の二種類を使って、3両・7両編成を造ると、↓図になります。

これの何が問題かというと、3+7の連結をしたとき、M車すなわちモーターの数が足りないのです。10両単独編成では、8両がモーター搭載つまり8Mでした。しかし、3+7編成では6M。当然、走行性能が落ちるのでダメです(↓比較図)。

また、鉄道車両にはユニットという概念が存在します。ちょっと難しい話ですが、必要機器を一車両にすべて載せるのではなく、複数の車両に分散させます。その複数の車両をセットにすることで「一人前」として扱います。

E5系・H5系だと、M車は2両でワンユニット……と言ってもピンとこないでしょうから、↓図を見てください。

ようするに、「M車は2両を組み合わせないといけない」わけ。となると、3両編成はどうやって造るんだ? という話になってしまいます。

需要の少ない函館直通のために多大な労力を割くのか?

こうした理由で、E5系とH5系、既存のTc車・M車を組み合わせて、3両と7両の編成を造る(改造する)のは難しいのではないでしょうか。

この問題を解決するには、既存のTc車・M車という二種類に加えて、新たにMc車を設計し誕生させる必要があります。

これでM車が足りない事態は一応解決だが……

しかし、JR東日本とJR北海道が、需要の少ない函館直通のためだけに、わざわざそんなメンドクサイことをやってくれるはずがない。E5系とH5系の3両・7両編成が誕生する可能性は皆無と考えます。

3+7を実現させたければ、E5系・H5系ではなく、秋田新幹線で使用されるE6系を使った方が現実的かも。

TOMIX Nゲージ JR E6系秋田新幹線 こまち 基本セット 98500 鉄道模型 電車

なんと都合の良いことに、E6系は7両編成です。そして、Mc車も存在する。さらに、「3両でワンユニット」の部分もあるので、3両編成に改造できる……かもしれません。

ただ、先ほども書いたように、需要が少ない函館直通のためだけにそこまでやるか? と聞かれれば、常識的に考えて「やらない」がJR東日本とJR北海道の答えではないでしょうか。

とにかく、実際の鉄道車両は制約がいろいろあるので、プラレールみたいに都合よく組み替えることは難しい。それをわかっていただければOKです。

今回の記事はここまでですが、3+7構想の問題点は、車両の性能面だけではありません。次回は、営業面や運用面の問題を考察します。

(2023/9/26)

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知床遊覧船の沈没事故 調査報告書が公表される(2)

2022(令和4)年に発生した知床遊覧船の沈没事故について、運輸安全委員会の報告書が公表されています。

概要 | 船舶 | 運輸安全委員会

実はこの事故については、よく当ブログにコメントをくださるTakamasa Nakagawaさんから、いろいろ教えていただいたことがあります。そこで得た知識を基に、今回の記事を展開していきます。

事故のあとに大切なのは、いかに再発防止を図るかですが、そのあたりについて思うところを書いてみます。

船舶は他業界以上に安全に関して敏感であるべき

まず認識しておかなければいけないのが、「船舶は他の乗り物業界以上に、安全に関して敏感であるべき」ということです。

私の働く鉄道は、何かあったら列車を止めれば大丈夫です。「とりあえず列車を止めれば安全」が合い言葉になっています。そのため、気象悪化が予測されるケースでも、最初は動かして → 天気がヤバくなったら止める、という方法が可能です。

これに対して、船は「止まれば安全」とはいきません。荒天に遭遇したから停船させたところで、安全な状態には全然ならない。

ちなみに、航空機も「止まれば安全」はまったく当てはまりませんね。止まったら墜落しますから。

だからこそ、船舶や航空機は、事前の気象予測や運航の可否判断が大事になるわけです。「とりあえず動かして、ヤバくなったらそのときはそのとき」という方法は無理。

また、トラブル発生時の救援(救助)も、鉄道と船とでは難易度が大きく違います。

鉄道の場合、道路の近くに位置することが多いため、トラブル現場に駆けつけることは比較的容易です(山中の路線だと大変ですが)。

これに対し、船が遭難した場合は、まず現場に着くまでが一苦労。救助の船やヘリコプターを手配するのも簡単ではない。知床遊覧船のように沈没した場合は、目標物がないので、ますます大変。「現場に着く」ではなくて「現場を捜す」ところから始めないといけません。

さらに、鉄道では、最悪でも乗客を線路に降ろして最寄駅まで避難誘導する方法があります。船でそれが不可能なのは、言うまでもありません。

──以上のように、乗客の安全確保について、船舶は非常に高いレベルが求められます。ところが、知床観光船の安全レベルはお粗末なものでした。

悪条件が多い中で安全を確保しなければいけない

ただし、これは社員の安全意識が低かったこともあるでしょうが、知床特有の事情や、遊覧船という業態の背景も、いろいろ影響を及ぼしていると思われます。いくつか挙げてみます。

  1. 売上の確保が簡単ではない

    知床は、冬は凍結するので遊覧船が出せないそうです。つまり、稼げる期間が1年のうちで限られている。加えて、コロナ禍で観光客が激減しました。報告書にも、「コロナ禍になって売上は以前の3分の1」との記述があります。会社活動のすべての源となる売上を失えば、当然、いろいろなところで支障が出ます。

  2. 社員の育成が難しい

    遊覧船の仕事は基本日帰りなので、手当がつかないそうです。つまり給与が低い。給与が低ければ人は来ないし、定着もしにくいです。社員に経験を積ませて育成するという、最も基本的なことが難しい。係員の能力を高レベルで維持する必要があるにもかかわらず、です。事故を起こした船長にしても、経験不足が指摘されていました。

  3. 燃料費の高騰

    ご存知のように、燃料費が高騰しています。売上減 + 経費増のダブルパンチで利益は圧迫され、安全投資へ回せるカネも削られます。ちなみに、個人事業主が多い漁業者に対しては、農林水産省の「漁業経営セーフティーネット構築事業」で燃油補助があります。しかし、国土交通省管轄 & 会社組織の遊覧船事業には、そうした支援はないそうです。

  4. 不備や故障の対応も手間がかかる

    船の場合、不備や故障の対応も一筋縄ではいかないそうです。修理の内容によっては、遠方のドッグまで回航する必要がありますが、その間は(当然)運休になってしまいます。ドッグが空いていないこともあり、その場合は空くまで待つしかない。

これだけ大変な事情がある中で、安全を確保しなければならない苦労は、並大抵ではないでしょう。悪条件だらけの点については、正直、同情します。

(だからと言って、事故を起こしてよい理由には全然なりませんが。知床観光船は、事故を複数回起こし、運輸局の特別監査も受けています。そのうえで指導を無視するなど、悪質極まりないです)

抜本的な対策強化が行えるかは疑問に感じる

以上のように、「他業界以上に高い安全レベルが求められる」にもかかわらず、「いろいろな悪条件」のために、実現が大変な面はあると思います。そうした中で、今後はどのように再発防止(安全確保)を図っていくか?

監査や罰則の強化、係員の能力担保のための制度導入(試験とか)などが、考えられる方法です。

確かに、これらの施策によって、安全意識の低下やモラルハザードに一定の歯止めをかけることはできると思います。が、先ほど挙げたような「会社を取り巻く条件そのもの」が改善するわけではない。人手不足が解消し、カネ回りが良くなって設備レベルが向上することは期待できません。

また、海域によって、安全運航に必要な技術や知識(=どの地点でどういう風や波に注意するか、注意すべき地形 etc)は異なるはずです。そのため、監査や試験をする側が、「この事業者は必要な能力を本当に備えているのか?」という判断を適切に下せるかは、疑問が残ります。

「法令遵守をしている = 必要な能力を備えている」とは限らないのも難しいところ。

これら諸々の事情から考えると、現在の状態から、どれだけ抜本的な対策強化がなされるかは、あまり期待しない方がよい気がします。外部からの作用ではなく、事業者のガバナンスや、係員個人の能力に頼らざるをえないと。

実際、知床遊覧船でも、会社としての教育・管理体制など存在せず、安全運航は係員個人の能力次第でした。現在、もし同じような状態の事業者があったとして、それが即座に改善するでしょうか。

利用者側にも自衛の意識が求められるかも

こうなると、利用する側にも、自衛の意識が必要かもしれません。日本人には馴染まない感覚かもしれませんが。

「君子危うきに近づかず」が危機管理の基本です。ただ、何が「危うき」なのかを知らないと、「近づかず」は実行できません。利用者への情報提供として、行政処分や指導事項の公表が行われた場合は、そうしたものにも目を通しておくとか。

少なくとも、何かの事故に巻き込まれたあとに、「そんな危ない事業者だったなんて知らなかった」とはならないようにしたいものです。

また、利用者の目が厳しくなれば、それが事業者に対するプレッシャーになり、改善につながる可能性もあります。

記事は以上になります。業界外の人間が書いたので、的外れな部分があるかもしれませんが、指摘をいただけると幸いです。

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JRの2021年度決算から 「カネの切れ目が安全の切れ目」にならないか心配


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知床遊覧船の沈没事故 調査報告書が公表される(1)

2022(令和4)年4月に起きた、知床遊覧船の沈没事故を憶えているでしょうか。

鉄道・船舶・航空機で事故が起きると、運輸安全委員会という組織が調査を行い、報告書を作ります。このたび、知床遊覧船事故の報告書が公表されました。

概要 | 船舶 | 運輸安全委員会

私の勤める鉄道とは違う乗り物ですが、今回は、この報告書を読んだ感想を書きます。記事の中心となるテーマは、社員への教育です。

KAZU I(カズワン)が沈没したメカニズム

沈没したのは、有限会社知床遊覧船が所有するKAZU I(カズワン)です。KAZU Iが沈没に至ったメカニズムですが、ものすごくザックリ説明すると、

  1. 運航中に、船首甲板部のハッチが開いてしまった
  2. 現場海域は天気が荒れて高波だったため、開いたハッチから船内に海水が入り込み続けた
  3. 入り込んだ海水の重みで浮力を失い、沈没した

運輸安全委員会の調査報告書から抜粋

運輸安全委員会の調査報告書から抜粋

このように推測されています。高波で横転したとか、何かに衝突して船体破損したとか、そういう原因ではない模様。

もっとも、ハッチから海水が入り込んだために沈没したと「断定」されたわけではないです。あくまで「可能性が高い」というだけであって。実際のところどうだったかは、もはや解明しようがありません。

元船長は運航基準を知らなかった!

沈没のメカニズムはこれくらいにして、ここからは、会社の管理体制の話。

この事故で大きく批判されたのが、「天候悪化が予想されていたにもかかわらず、出航させたこと」です。

なぜ、天候悪化が予想されていたのに出航したのか? 私は報告書を読むまでは、「予報では風や波がヤバそうだけど、まぁ大丈夫だろう。出航!」という、いわゆる正常性バイアスによるものだと思っていました。

ところが、読み進めていくうちに、どうも違う気がしてきて……。

今回の報告書には、KAZU Iの元船長前船長という二人が登場します。二人はすでに退職していますが、当該船舶や会社の事情を知っている人物なので、聴取の対象になっているわけ。

で、元船長に関して、以下の記述がありました。

会社が安全管理規程や運航基準を定めていたことを把握しておらず、運航の可否判断の基準となる風速や波高も知らなかったと口述している。
(報告書94Pから引用)

この会社には運航基準というルールが存在し、その中で、風速8m/s以上または波高1.0m以上に達するおそれのある場合は、発航を中止しなければいけない決まりになっていました。

しかし、元船長は、それを知らなかったと言っているのです。

これは大問題です。なぜか? ──この会社のルールでは、どれくらいの風速や波高で運航を中止するか、つまり出航の可否は、船長が判断することになっていました。

(運航の可否判断)
第24条 船長は、適時、運航の可否判断を行い、気象・海象が一定の条件に達したと認めるとき又は達するおそれがあると認めるときは、運航中止の措置をとらなければならない。

(報告書88~89Pから引用)

つまり──気象・海象条件によっては運航中止の判断を下すべき船長が、その判断基準となる数字を知らなかったということ。オイッ! 数字を知らなくて、どうやって運航する or しないの判断をするんだ。

会社として、船長にキチンとした教育を行なっていたのか、極めて疑わしい。

もっとも、運航基準を知らなかったのは、元船長の話。もしかしたら、事故で亡くなった船長は、運航基準の存在や、運航中止は風速8m/s以上・波高1.0m以上といった数字を把握していたかもしれません。当人が亡くなっている以上、そこは永遠に謎ですが。

ただ、個人的には、亡くなった船長が基準を把握していた可能性は低いと考えます。

というわけで、「風や波の予報数値がヤバいけど大丈夫だろう」との正常性バイアスによって無理な出航をしたのではなく、そもそも数字を知らなかったために、適切な判断ができなかったのでは? というのが、私の受けた印象です。

発航の判断や必要な教育を「他社に依存」していた知床遊覧船

では知床遊覧船、出航する or しないの判断は、どのように行なっていたのか? これについては、知床遊覧船の社長が次のように述べています。

現場では、同業他社の船長等と相談して出航等の判断をする体制ができていたので、本船の運航については、船長の判断に任せておけばよいと思った。
(報告書76Pから引用)

同じ地域の同業他社と相談して出航判断。情報交換や協力体制は必要だと思いますが、他社との相談内容が、判断の「参考」ではなく「本命」になったらおかしいのでは。

これについては、同じ場所で同じ遊覧船事業を営むことから、他社との垣根がなかった(悪く言えば曖昧)のかもしれません。そのへんの現場の空気感は、業界外の私にはわかりませんが。

しかし、他社との相談が前提になっているのでは、他社が運航しない日や、将来的に他社が廃業した場合はどうするのか。

実際、事故の当日、同業他社は観光船の運航を開始していませんでした。そのため、事故を起こした船長は他社からの情報を得られず、不適切な判断によって運航継続してしまった可能性は指摘されています。

なお、当日朝、他社の社員が天気予報を確認したうえで、船長に「今日は行ったらだめだぞ」と忠告したようですが……。

運航判断の他にも、知床遊覧船は他社依存をしています。社長は、船長への教育について、次のように述べています。

令和3年の運航開始前、本船船長を含む2人の船長への教育について、同業他社の船長に対し、本船に同乗して航路状況等に関する教育を実施するよう依頼したと口述している。
(報告書94Pから引用)

世の中には確かに、外部機関に委託する研修等もあります。他社との合同訓練も、大いに結構です。が、自社船の航路状況等に関する教育は、社外に依頼する筋合いのものではないでしょう。

なぜかというと、自社の運航体制が、他社の動向に左右されることになるからです。そんなバカな話はない。先ほども書いたように、他社が運航しない日や、将来的に廃業した場合にどうするのでしょうか。

教育体制が社内に存在していなかったと思われる

  • 元船長が、運航判断に関する数字を知らなかった
  • 出航する or しないの判断は、他社と相談して決めていた
  • 必要な教育が、社外の人間によって行われていた

こうした事実からは、社員に対して必要な教育が行われておらず、「会社としての教育体制」が備わっていなかったことが窺えます。

これを以て「ロクな教育体制を整えていない知床遊覧船はクソ。安全意識が低い」と叩くのは簡単です。が、問題は、「なぜそのような状況に陥ったか?」という背景です。その分析こそが、同様の事故の再発防止には大切でしょう。

報告書では、かつて勤めていたベテラン船長たちの退職(雇止め)によって、経験豊富な社員がいなくなったことが触れられていました。

本件会社には、令和2年に船長経験者等を雇止めとしたことにより、後進を指導できるだけの能力を有する経験豊富な船長等の人材がいなくなった。そのため、本船船長及び新たに採用された3人の船長は、社内で十分な教育・訓練を受ける機会を得られなかったものと考えられる。
(報告書152Pから引用)

しかし、ベテランの退職は、どんな業界・会社でも必ず起きること。それを乗り越えて安全運航(運行)をキチンと行える会社と、行えない会社。両者は何が違うのか?

そこから先は、業界の事情(たとえば人材の流動性)や慣習、もっと言えば「空気」のようなものも絡んでくると思うので、鉄道マンの私が分析するのは難しいですが……。

今回の記事は、ここまでです。次回は、別の視点で記事を書いてみます。↓関連記事からどうぞ。

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JR東日本の電柱接触事故 車内の冷房が切れた状態で降車開始まで1時間

2023(令和5)年8月5日夜、JR東日本の東海道線で、電柱と列車が接触。停電が起き、冷房が停止したまま駅間に立ち往生。約1時間後に乗客の降車を始め、駅まで避難誘導した。

停電で冷房が止まったまま、約1時間も乗客が車内に缶詰めに。当然、車内はすさまじい暑さになります。

今回の事故は、比較的涼しい夜だったので、車内に1時間いてもなんとか乗客は耐えられました。不幸中の幸いです。これが昼の1時間缶詰めだったら、熱中症で死者が出ていたでしょう。

いや、冗談じゃなくマジで。

私も乗務員時代に体感したことがありますが、夏の昼間の冷房ナシ車両はヤバいです。たとえば、電源を落として車両基地に置いてある車両、中はすさまじい暑さになっています。測ったことがないのでわかりませんが、45℃とかいってるんじゃないでしょうか。車両の中から外に出ると、35℃の気温が涼しく感じられるんですよ。

というわけで、夏停電の乗客救済は、とにかくスピード勝負になります。

国土交通省も、2019年に「猛暑時の停電による駅間停車への対応」について言及しています。他の季節と切り離して、夏用の特別プランを考えておくべき、ということ。

ウチの会社でも、「真夏の車内閉じ込めは30分がリミットライン」との方針が存在します。「30分以内に降車を決定しろ」ではなくて、「30分以内に降車を始めろ」ですよ。

降車開始まで1時間 不利な要素が複数あったからと思われる

ネット上では、「冷房が切れているのに降車開始まで1時間はかかりすぎ」みたいな意見もありました。実際、1時間という数字をどう評価するか?

個人的には、自社の30分基準が頭の中にあるので、もう少し早く対応できなかったのかと感じちゃいます。しかし、今回の対応が迅速だったかトロかったかは、正直判断できないですね。

というのは、今回の事故は不利な要素がいろいろありました。そのため、結果的に降車開始まで1時間かかったのだと思います。

  1. 夜なので暗く、状況把握が難しかった
  2. 電柱が倒壊しており、感電の危険があった
  3. 指令室の体制がスロースタートだった

これらを考慮したうえで「1時間もかかった」と言うべきか、「1時間で済んだ」と言うべきかは、難しいところ。

夜なので暗く、状況把握が難しかった

不利な要素その1は、夜という時間帯。先ほど「比較的涼しい夜だったのが不幸中の幸い」と書きましたが、反面、夜特有のマイナス面もあります。

適切な対応を講じるには、現場からの正確な報告が必要です。しかし、当該列車の運転士も、事故に当たった混乱に加え、暗さのせいで何がどうなっているか迅速に把握できなかったと思われます。

事故発生時、現場の乗務員に写真撮影させ、それを指令室に転送する手法もあります。しかし、夜に撮影してもロクなモノにはならないでしょう。撮れたとしても、部分的な情報にとどまり、全容把握できる写真には程遠いはず。

電柱が倒壊しており、感電の危険があった

不利な要素その2は、電柱が倒壊したこと。

今回は単なる停電ではなく、電柱が倒れました。そうなると、架線が垂れ下がったりしているかもしれません。迂闊に降車させると感電事故が起きる可能性は、パッと頭に浮かびます。

もちろん、当該区間の送電は止まって(止めて)いるので大丈夫なはずですが、万が一が怖い。慎重になり、状況確認に時間がかかるのが普通です。これはかなりのロスだったのでは。

指令室の体制がスロースタートだった

不利な要素その3は、指令室のスロースタート。これは私の推測ですけど。

列車の運行管理を行う指令室。ここは24時間体制ですが、指令員は24時間起き続けて仕事をするのではなく、途中で仮眠をします(当然ですが)。

仮眠は、その日の泊まり勤務者が「早寝組」と「遅寝組」に分かれて取ります。たとえば早寝組は20~1時まで、遅寝組は1~6時まで、という感じ。

今回の事故が起きたのが21時24分。たぶんですが、早寝組の指令員はすでに寝てしまった後では。

もちろん緊急事態なので叩き起こし、ヘルプに加わってもらいます。が、“途中参戦者”は状況を把握するのに時間がかかるんですよ。

これは私も経験がありますが、トラブルの現場に途中から加勢しても、即座に正確な状況を把握するのは難しい。みんなバタバタしているので、誰かが丁寧に説明してくれるわけではないからです。飛び交う情報も断片的だったりで。

結局は、最初から現場にいた人が一番よくわかっています。逆に言うと、途中参戦組は、まず状況を整理してからでないと本格的な戦いに加われません。この時間的ロスは痛い。

おそらく今回、JR東日本の指令室でも似たようなことが起きたはずで、対応がスロースタートになってしまった可能性はあります。

状況が不利でも最善を尽くして結果を出すのがプロではあるが…

  1. 夜なので暗く、状況把握が難しかった
  2. 電柱が倒壊しており、感電の危険があった
  3. 指令室の体制がスロースタートだった

先ほども書きましたが、こうした不利な要素込みで1時間という数字をどう評価するかは、かなり難しいところ。

もちろん、プロとしては状況が不利だろうが何だろうが、結果を出さなければいけません。「結果は出なかったけど、よく頑張りました」が許されるのはアマチュアまで。

f:id:KYS:20210323055059p:plain

ラーメン+ビジネス漫画『ラーメン発見伝』 第35話「プロとアマチュア(前編)」より

ただ、不利な状況が積み重なれば、限界があるのも事実ではあります。

今回の事故は、運輸安全委員会の調査が入るそうです。いずれ報告書が公表されるでしょう。事故後の対応にも触れられるはずで、それを読んでから、また記事を書きたいと思います。ずいぶん先の話になりますが。

もし冷房切れの車内に長時間閉じ込められたら

最後に、いちおう読者のみなさんに知っておいて欲しいことを書きます。今回の事故のように、冷房が切れた車両に閉じ込められたときの注意点です。

基本的には、勝手に脱出せず、乗務員などの指示を待ち、それに従ってください。

ただし、鉄道会社側の対応がトロくて、降車開始まで異常に時間がかかる可能性はあります。状況は違いますが、JR西日本のような先例もありますし。

真夏の昼間に車内の冷房が切れたら、30分が限界ラインでしょう。1時間も留まるのは絶対に無理、と断言しておきます。

周りで人がバタバタ倒れ始めたのに、降車の始まる気配がない……。このままではマジで死ぬ……。命の危険が差し迫っている場合は、勝手に脱出するのもやむを得ないでしょう。

その際、一番怖いのは、脱出して線路上に降りたところに、他の列車(対向列車)が突っ込んでくること。そういうシチュエーションなら、普通は他の列車も止まっているはずですが、何かの間違いがないとも限りません。

とにかく、線路に降りたならば、他の列車にじゅうぶん注意してください。

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北海道新幹線の「函館駅乗り入れ」を考察 対札幌戦略の面からは疑問

函館市の大泉市長は、北海道新幹線の函館駅乗り入れについて、業者に委託し調査・検証を行うと発表した。(2023年7月のニュース)

現在、北海道新幹線の終着駅である新函館北斗駅。函館の名が入っているものの、実際は北斗市が所在地。函館駅からは十数㎞離れています。函館に向かうには、ここで新幹線から在来線に乗り換えなければいけません。不便です。

函館市としては、在来線部分を新幹線に代え、東京~函館間や、函館~札幌間の区間列車を走らせられればいいなぁと考えているようですね。

札幌延伸は2030年度の予定

新函館北斗駅での乗り換えがなくなるので、函館へのアクセスが向上するわけです。

対函館では新幹線は飛行機の客をたいして奪えなかった

新幹線の函館駅乗り入れ構想。考察するにあたっては、この構想を単独ではなく、「飛行機との旅客争奪競争」や「北海道新幹線の札幌延伸」も絡めて考える必要があります。なぜか? 記事を読み進めてもらえば理解できるかと。

というわけでは、まずは「飛行機との旅客争奪競争」について説明させてください。

新函館北斗駅まで新幹線が開業したときに、vs 飛行機が発生しています。東京圏から函館までの移動需要を、新幹線がどれだけ奪ったか?

実は……たいして客を奪えていません。北海道新幹線が新函館北斗駅まで開通した後も、羽田~函館の飛行機利用者数は数%の減少で済んでいます。『航空輸送統計調査』という資料によると、

  • 2015年 約110万人
    (2016年3月に北海道新幹線開業)
  • 2016年 約106万人
  • 2017年 約100万人
  • 2018年 約99万人
  • 2019年 約108万人

新幹線が飛行機のシェアを切り崩したとは言い難い。これはやはり、新函館北斗駅が函館市街地から離れており、新幹線が函館駅まで直通しない点が大きいのでしょう。新函館北斗駅で新幹線を降りたところから、在来線に乗り換えて函館駅に到着するまで約30分かかります。

まあ飛行機も同様で、函館空港から函館駅まで30分程度を要しますが。

新函館北斗駅も空港も、函館中心から少し離れているので、どっちもどっち。だったら速い飛行機の方がイイっしょ、と考え、新幹線を選ぶ人はそれほど多くないと推測できます。

「遠回り」になるため新幹線の時短効果が薄かった函館

もっと根本的に言えば、新幹線が新函館北斗駅まで開業した際、函館までの時短効果はさほどなかったんですよ。

北海道新幹線の開業前、青森~函館間は在来線特急で直通していました。これが約2時間。

後年、新幹線ができましたが、新函館北斗駅で乗り換えて函館駅に向かう形になります。ようは新函館北斗駅を経由した「遠回り」になってしまった。新幹線が速達で稼いだ時間は、遠回りで食い潰されるため、結果的に40分程度しか時短になりませんでした。

つまり、新幹線の時短効果が不十分だった(+乗り換えの手間がある)ため、飛行機から需要を奪うには力不足なわけです。

対札幌では新幹線が飛行機から需要を奪える要素がある

これが対札幌になると話が違ってきます。札幌の空の玄関口は新千歳空港ですが、札幌から少し離れています。

新千歳空港で降り、そこでレンタカーを借りて旅に出発する人には当てはまりませんが、空港から札幌駅(札幌市街地)まで移動したい人は少なくないはずです。

新千歳空港 → 札幌は、快速エアポートに乗るのが一般的。所要時間は約40分。飛行機との乗換・待ち時間を含めれば、移動に1時間程度は見ておくべきでしょう。新千歳空港で降りた場合、この約1時間──札幌までの移動がやや面倒くさい。それに比べると、北海道新幹線は札幌駅にダイレクトに到着するのが大きい。

  • 函館 → 新幹線も飛行機も、降りた後に函館市街地まで30分程度は要する
  • 札幌 → 飛行機は降りた後に札幌まで1時間ほどかかる。対して新幹線は札幌駅直結

新幹線が函館新北斗駅まで開業した際、飛行機利用者数は数%ほど減っただけ、と先ほど書きました。しかし、新幹線の札幌延伸は「乗り換えなしで市街地へ直結」つまり時短効果が大きいので、もう少し飛行機のシェアを切り崩せるでしょう。

新幹線の札幌延伸後

東京圏と札幌圏の移動は、年間約1,150万人。現在、このほぼ100%が、羽田・成田からの飛行機利用です。

対して、東京圏と函館の移動は、おそらく年間約150万人ほど。対札幌と対函館では、8倍くらい需要に差があります。

経営難のJR北海道としては、東京~札幌間の移動需要という「ボリュームたっぷりの部分」を飛行機から奪いたい。対函館ではなく、対札幌が北海道新幹線のキモ。別の言い方をすると、函館止まりでは効果が薄く、札幌まで延伸してこその北海道新幹線です。

北海道新幹線は東京~札幌間が重視すべきポイント

とまあ長々と書きましたが、結局は次の一文に集約できます。これだけ頭に入れて、残りを読み進めてください。

北海道新幹線(JR北海道)としては、需要数や飛行機との競争という観点から、東京~札幌間を重視すべきということ。

ただし、北海道新幹線が飛行機に対抗し、移動需要を獲得するためには、ある程度の本数と速達性が必要です。

現在、羽田と新千歳を結ぶ飛行機は、1時間に複数本運航されています。そして、JR東日本は、2031年度に羽田空港アクセス線を開業させる予定です。つまり、羽田からの飛行機利用は将来さらに便利になるので、それを上回るだけの魅力がないと、新幹線で札幌に行く手段は選んでもらえないわけ。

東京から札幌まで行く新幹線が、2時間に1本では厳しいと見ます。飛行機に対抗するためにも、やはり毎時1本は札幌行が欲しい。

新幹線が函館駅に乗り入れると対札幌戦略に影響する

ここで、新幹線の函館駅乗り入れ構想の話に戻ります。

函館市としては、函館駅まで新幹線を引き入れて東京~函館間という列車を走らせられれば、と思っているようですが、常識的に考えてこれは悪手。

というのは、新幹線は函館から1時間くらい走れば札幌に着きます。ですから、東京から函館まで運行したのであれば、そこ止まりにせず、もうひと頑張りして札幌まで行く方がどう考えてもコスパが良い。

もし新大阪・名古屋方面からの新幹線が、小田原駅や新横浜駅で終点だったら、「ここまで来たんなら東京まで行ってくれない?」と思うでしょう。それと同じ。

ようするに、東京発函館行のような列車を作っても、中途半端で価値が低い。なるべく多くの東京発札幌行が欲しいので、「貴重な1本」を函館止まりにされてはタマラン。ですので、いくら新幹線が函館駅まで繋がっても、東京からの列車が終着点にするかは怪しいと考えます。

じゃあ函館止まりにせず、いったん函館駅に立ち寄ってから札幌に向かう形にしては?

しかし、それだと今度は速達性が損なわれます。飛行機との対抗上、新幹線は少しでも早く札幌に着きたい。需要の小さい対函館のために、対札幌という大きな部分に影響を及ぼすのは、どう考えても得策ではありません。

【まとめ】個人的には函館駅乗り入れ構想に否定的

まとめます。

  1. 北海道新幹線は、対札幌戦略を重要視すべきで、そのためには本数と速達性が必要
  2. しかし、東京発函館行のような列車を作ってしまうと、札幌行の本数が犠牲になる
  3. 函館駅に立ち寄ってから札幌に向かうと、今度は速達性が犠牲になる

私としては、函館駅乗り入れ構想の意味というか、戦略的価値がよく見えないですね。少なくとも東京圏との関係では。というわけで、おおむね否定的な見解です。

なお、新幹線の札幌延伸というと、東京との関係ばかりがクローズアップされますが、仙台との関係にも注目です。現在、仙台から札幌まで鉄道で移動すると、約6時間かかります。ですので、鉄道を使う人は少数派でしょう。

しかし、新幹線が札幌延伸すれば、3時間半程度で行けるはず。仙台~新千歳の飛行機利用は、2019年で約87万人ありました。札幌延伸後は、この大部分を新幹線が奪うと思われます。

(2023/7/31)

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「大阪万博時にスーパーはくと増便」の案を考察(2) 臨時列車を走らせるダイヤ的余裕はあるか?

2025(令和7)年の大阪万博期間中、関西と鳥取を結ぶ特急・スーパーはくとを増便するよう、鳥取県がJR西日本に要望しました。万博来場客を鳥取への観光に誘致しようという狙いです。

このニュースについては、↓の記事で触れました。増便で車両が不足する場合、それをどう補うか? という観点で考察しました。

今回の記事では、万博に伴うスーパーはくと増便について、ダイヤ面を考えてみます。そもそも臨時列車を走らせるだけのダイヤ的余裕があるかどうか。専門的な要素も出てくるので難しいですが、それだけに、鉄道に興味がある人には面白い内容かと思います。

行き違い制約が伴う単線のダイヤ設定は難しい

スーパーはくとの走行区間は↓図の通りです。

本来は、西は倉吉・東は京都まで足を伸ばす列車だが、ここでは鳥取~大阪間のみを示す

大阪~上郡の東海道・山陽区間は、複線ということもあり、臨時列車をねじ込むのは可能だと思います。いや、そんな単純な話ではなくて、いろいろ考慮すべき要素はあるんですが……。まあ、東海道・山陽区間は大丈夫と見なして話を進めます。

問題は、智頭急行JR因美線の部分。

智頭急行と因美線は、特急の通過路ですが、いわゆるローカル線です。列車本数が少ない区間だから、臨時列車をねじ込むくらい余裕っしょ。

──などと考えるのは大間違い。智頭急行と因美線は全て単線で、複線のように駅間ですれ違いができないため、思いのほか制約が多いのです。

智頭急行には、沿線の市町村や岡山県も出資しています。決してスーパーはくとの専用路ではなく、地元民の足や、岡山方面からのアクセス(=特急スーパーいなば)も担わなければいけません。大阪方面からのアクセスばかりを重視して、はくと様が「俺のために道を開けろ! 他の列車は脇にどけオラァ!」とやるのはマズい。

したがって、前提条件として、現在のダイヤは変えない。定期列車の隙間に、臨時はくとが「みなさんの邪魔しないよう気をつけるんで、ちょっと通してください。えろうスンマセン」と頭を下げて入り込む余地があるか考えてみます。

図を使って時刻を考えてみた → 増便は上下2本ずつが限界では

ここで登場するのが、列車運行図表またはダイヤグラムと呼ばれるものです。↓図は、智頭急行と因美線をメインとした図表(注:鉄道会社の公式資料等ではなく私の自作です)。

みなさんが普段目にする時刻表は、数字の羅列ですよね。対して我々現場の指令員は、列車の動きを把握するために、こういうものを用います。xとyの一次関数グラフみたいな図です。
(→列車運行図表の読み方を知りたい人は、こちらの記事を参照)

スーパーはくとは、おおむね2時間に1本の割合で運行しています。たとえば、鳥取方面行のスーパーはくと、上郡駅12:44発の次列車は14:44発です。

では、この2本のちょうど真ん中、上郡発13:44あたりで臨時列車を作ることは可能なのか?

しかし、図表を眺めると、これは無理であることが(私のような鉄道マンには)一目でわかります。上郡発13:44と仮定したダイヤが↓図。

赤い線が上郡発13:44のスーパーはくと

図表の読み方を知らない人は「なんのこっちゃ?」と思うでしょうが、この赤線は、対向列車との正面衝突や先行列車への追突を起こしています。この時間帯を通すのは厳しいですね。

もし13時台に臨時列車を出したかったら……。うーん、上郡発13:35くらいか。

ただし、途中で対向列車行き違いのため、鳥取到着までにトータル15分くらいロスします。定期列車が邪魔になって、スマートなダイヤ設定はなかなか難しいです。

こんな感じで、臨時スーパーはくとを出せそうなダイヤの隙間を適当に探し、書き込んでみました(↓図)。

すみません。「定期列車の時刻は変えないのが前提」などと言いましたが、一部列車の時刻をいじらざるをえませんでした。そうしないと無理だったので(^^;)

実際に考えてみての印象ですが、現行ダイヤをベースにするなら、増便できるのは、せいぜい上下2本ずつまでではないでしょうか。それ以上はダイヤ面だけでなく、車両や乗務員調達の面からも現実的とは言い難く、ましてや1時間に1本などは不可能と考えます。
(抜本的にダイヤを見直すなら話は別ですが)

振り子非搭載の車両を使う場合は所要時間が増える

それから、上で示したダイヤは、「使用する車両が現行のものと同等であること」との前提条件が付きます。

どういう意味かというと──現在、スーパーはくと及びスーパーいなばには、振り子車両が使用されています。

写真左:スーパーはくとHOT7000系 写真右:スーパーいなばキハ187系

振り子とは、カーブ時に車両を内側に傾斜させることで遠心力を緩和し、カーブの高速通過を可能にするシステムです。急カーブが存在する智頭急行と因美線では、この振り子車両を使うことで、特急の所要時間を短縮しています。

しかし、振り子車両はそうそう存在しません。

もし、臨時列車の増便用に調達した車両が、振り子非搭載だと、ちょっと面倒です。高速カーブが無理なので、現行のはくと & いなばよりもスピードダウンします。当然、所要時間は増え、ダイヤも変わってきます。

ようするに、使用する車両とダイヤ設定には、密接な関係があるわけです。

ですので、まず「臨時列車にどの車両を使用するか?」を決めないと、ダイヤも検討できません。智頭急行とJR西日本が、車両調達について、どういう構想を練るのか非常に気になるところです。

(2023/6/16)

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「大阪万博時にスーパーはくと増便」の案を考察(1) 車両面の課題は?

2025(令和7)年の大阪万博期間中、関西と鳥取を結ぶ特急・スーパーはくとを増便するよう、鳥取県がJR西日本に要望。万博来場客を鳥取への観光に誘致しようという狙い。(2023年6月のニュース)

大阪万博に来た人のうち、「鉄道で鳥取に行きたい!」という人がそもそもどれだけいるか? との疑問はありますが(^^;) そこは置いといて、スーパーはくと増便について考察することにします。

列車を運行する場合、以下の3要素が必要です。

  • ダイヤ(運転時刻)
  • 車両
  • 乗務員

いくらダイヤを設定できても、車両や乗務員が調達できなければ「絵に描いた餅」です。その逆もしかり。ダイヤ・車両・乗務員が三位一体となって、列車は成立します。

今回の記事では、万博期間中のスーパーはくと増便に伴う車両調達に焦点を当てます。
(→ダイヤ面に関する考察は、こちらの記事をご覧ください)

いくら増便したくても、それ用の車両がなければ不可能です。どれくらい増便するかにもよりますが、車両が足りなくなる可能性はあります。

スーパーはくと用の新型車両の導入は難しそう

仮に現行の保有車両だけでは足りないとなった場合、どうやってカバーするか?

まず考えられるのが、新型車両の導入です。

実は智頭急行、2019年に発表した中期経営計画で、スーパーはくと用の車両の更新(新型車両導入)を示唆しています。そこで、大阪万博までに新型車両を導入し、増便で足りなくなる分を補う。万博が終わったら、余った旧型車両をポイして新型車両に切り替える。こういう構想です。

ただ、これは無理がありそう。私見ですが、智頭急行が新型車両を導入するまで、少なくともあと数年は待つ必要があると思います。大阪万博までにはさすがに……。

【理由1】財政面で問題があるのでは

理由は二つあって、まず一点目は財政面の問題。

2019年の経営計画発表直後、2020年からコロナ禍が始まりました。智頭急行も売上や利益にダメージを受け、計画が狂ったはず。早い話、車両更新を行うためのカネがあるのか? ウチの会社でもそうですが、コロナ禍による減収の影響で設備更新計画の見直しが行われ、延期や縮小がありました。

智頭急行も、コロナ禍からの財政回復期間として、数年は必要なのではないでしょうか。

【理由2】車両開発にまだ時間がかかるのでは

更新を数年待った方が良さそうな理由のもう一つは、車両の機能面の問題。スーパーはくとで使用されている車両・HOT7000系の特徴は、以下の通りです。

  • 液体式と呼ばれるタイプの気動車(ディーゼルカー)
  • 「振り子」機能を搭載

鉄道に詳しくない人、振り子ってわかります? カーブを高速で曲がろうとすると、いわゆる遠心力で外に振られますよね。そのままだと脱線するので、減速してカーブを曲がらざるをえません。

しかし、振り子車両ではカーブを曲がるときに車両を内側に傾斜させることで、遠心力を緩和し、高速通過を可能にしています。これにより、目的地までの所要時間を短縮できます。

スーパーはくとのHOT7000系は振り子搭載なので、後継車両も振り子が必須です。「お手本・モデルケース」となる振り子車両があれば、それをベースとして開発を進めたいところ。

2023年現在、振り子を搭載した最新の特急型気動車は、JR四国の2700系という車両です。2700系は、クネクネする四国の山岳路線を高速で走るため、振り子を採用しています。

この2700系をベースとして、智頭急行の新型車両も製造されるのが自然な流れです。

ところが、それは一つ問題(と私は思う)があって……。この2700系は、液体式気動車と呼ばれるタイプです。液体式とは何ぞや? については説明を省略しますが、有り体に言えば、液体式気動車は近年のトレンドから取り残されつつあります。

たとえば、ハイブリッド式って聞いたことありません? JR東海が2022年に導入したHC85系がハイブリッド式気動車です。つまり、「新型気動車は液体式以外」が最近のトレンドと言えます。

写真左:液体式のキハ85系 写真右:ハイブリッド式のHC85系

車両は20~30年は使うのが普通です。つまり、現在のタイミングで新型車両として液体式を採用した場合、10年後くらいにすっかり時代遅れになっている可能性があります。

いや、智頭急行の中で完結するならば、時代遅れでも構わないでしょうが、スーパーはくとはJR西日本との共同運行。JR西日本の事情も考慮する必要があり、保守メンテや運転士の免許の観点から、ハイブリッド式などの「次世代の気動車」を導入してほしいのがJR西日本の考えかもしれません。

話がゴチャゴチャしましたが、ようするに、スーパーはくとの新型車両としては「ハイブリッド式等の次世代型 + 振り子搭載」が望ましいわけです。

ところが、「ハイブリッド式等の次世代型 + 振り子搭載」の気動車は、2023年現在まだ存在しません。お手本・ベースとなる先行事例がない以上、開発・導入には慎重にならざるをえない。時間を要するわけで、大阪万博までには難しいでしょう。

どうやって増便分の車両を補うか? 他線区からの転属や譲渡?

というわけで、新型車両を導入して増便分を補うのは難しいと考えます。したがって、不足する分は他から融通してもらう必要があります。

智頭急行は他に特急型車両を持っていないので、JR西日本が用意するのが自然です。

JR西日本の近畿~中国エリアにおいて、気動車特急は複数存在します。大阪~鳥取を結ぶはまかぜ(キハ189系)。岡山~鳥取を結ぶスーパーいなば(キハ187系)。

スーパーいなば

これら気動車特急で使う車両に余剰があれば、一時的な転属でスーパーはくとに充てることは可能かもしれません。が、コストや管理の手間等の削減目的から、昔に比べ近年では余剰(予備)があまりないケースが多いです。

突飛な発想かもしれませんが、最悪、他社の「お古」を譲渡してもらうとか……。

JR東海では、先ほど紹介したHC85系の本格導入に伴い、“先輩”のキハ85系が間もなく引退します。まだ使えるはずなので、それを譲ってもらう案です。実際、京都丹後鉄道がお古のキハ85系を購入していますし。

再掲写真・左がキハ85系

キハ85系なら、JR西日本にもノウハウがある──つい最近まで特急ひだとして大阪まで乗り入れていた──ので、そのへんも好都合かなと。

もっとも、はまかぜのキハ189系や、JR東海のキハ85系は振り子車両ではないので、スーパーはくととして使用する場合、高速運転できずに所要時間がやや伸びそう。スーパーはくと、現行では大阪~鳥取間を約2時間半ですが、でもまあ、3時間程度で行ければ許容範囲内ではないでしょうか。

所要時間といえば──大阪から鳥取へ鉄道で行くには、スーパーはくとの「山陽本線~智頭急行ルート」以外にも方法があります。

  • 播但線~山陰本線ルート(大阪 → 姫路 → 和田山 → 鳥取)
  • 福知山線~山陰本線ルート(大阪 → 尼崎 → 福知山 → 鳥取)

ただ、山陰本線経由は特急でも約4時間かかります。スーパーはくとでの所要時間が約2時間半、高速バスで約3時間。4時間ではさすがに勝負にならないですね。やはり、臨時列車にもスーパーはくと同様のルートが必須です。

(2023/6/11)

続きの記事はこちら 「大阪万博時にスーパーはくと増便」の案を考察(2) 臨時列車を走らせるダイヤ的余裕はあるか?

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